第48話 サラマンダー
クッキーは怪獣映画が好きって設定なのですよ。
のっそりと現れたのは両生類にも爬虫類にも見える生物。赤黒く艶のある身体から外側に向けて四本の脚が生えており歯や爪は立派な物を持っている。鱗のないワニとでも言おうか。舌をチョロチョロと出すが、鼻息を吹くとバーナーから火が出たようにゴーと音が聴こえる。
「あ、まさか火蜥蜴?オキナ、ちょっと出てきてくれ。交渉に加わってくれないか?」
ここで出て来るとは思っていなかった俺はやや驚いて土の精霊ノームのオキナを呼んだ。
「ほい。呼んだかの?おう。サラマンダーか。」
「こんにちは。貴方は火の精霊では?」
火蜥蜴の動きがピタッと止まった。暫くすると頭を上げ、舌を動かしている。なにやら匂いを嗅いでいるようだ。それから二本足で立ちあがった。
「いかにも私は火の精霊だ。土の精霊を連れているとは。ひとまず敵意はないと判断して良いのか?」
「ありません。まずは安心してください。」
「おうおう。久しいのう。火の精霊よ。儂を憶えておるか?」
「おう。元気そうだな。人間と一緒にいるか。まあ、だいたい察しはつく。」
交渉のテーブルにはついてくれそうな雰囲気だ。俺たち四人は火蜥蜴に挨拶し、クララも風の精霊スプライトのヤンマを呼び出した。
「ほう。二柱とも名を付けられているということは、契約したか。」
「そうじゃ。面白い人間だろう? 昨今珍しいことだ。」
「この人間たち、異常に魔力が高い。その上にまだ伸びそうなんだよ。腹いっぱいになるぜ。」
「ふむ、私が契約するとなれば、ノームと被るが、その人間の青年か。」
精霊同士での話。どうやら、順調に進んでいるらしい。
「人間の青年よ。どうして私の能力を欲するのだ?手に入れてどうする?」
「今、強力なデーモンが現われて、その影響なのか、人間の世でも戦争が起きた。まだ本格的にはなっていないが。早めにその戦争を止めたい。無力な市井の人たちを守りたい。」
「戦争を止めるか。精霊の力で魔法を使うようになれば、それは戦争の道具にもなるのでは?矛盾はしないか?」
「あくまで防衛のためだ。俺は異世界から転移してきたエトランゼだが、前の世界でも専守防衛の組織にいた。軍事力を持っていたが、行使していない。実際に俺は災害時にその組織に命を助けられて、感銘を受けたので自分も志願して入った。この世界は前にいた世界とは違うが、戦争を止めることは不可能じゃないと思う。俺の祖国は七十年以上戦争をしていない。歴史を遡れば二百年以上戦争をしなかった時代もある。」
しばし火蜥蜴は考え込んだ。
「ふむ。人間の青年よ。お前は面白いな。お前は硝煙の匂いがする。硝煙の匂いがする人間に会うのは二度目だが、以前会った人間は硝煙に混ざって酷い臭いがした。お前には、それがない。」
「嫌な臭いがない?それは良い意味と受け取っていいんだろうか?」
「戦争を止められるかどうか、見せてみよ。私に名を付けろ。お前ならば契約ではなく加護で良いぞ。戦争を止めるのに協力してやろう。私も人間の世界だとて戦争は望まない。人間の戦争が我々精霊にも影響するからな。」
火蜥蜴は霞のように姿を消した。そして硝煙の匂いという言葉の意味を考えて驚愕した。
「マチコ姐さん!この世界に火薬はありますか?」
「火薬?ないと思うわ。まあ、この世界だって広いけど。とりあえずガーランドにはないわね。」
硝煙の匂いがする人間、もう一人は誰なんだろうか?タムラならば岐阜で林業と猟友会の副会長をやっていたそうだから、当てはまるが。熊や猪が嫌な臭いなのか?そうでなければ、他にも銃火器を使った経験のある人間がこの世界にいるということか。楽観的に考えれば花火職人とか。いや、まさかそれはないだろう。嫌な予感がする。
「クッキー、サラマンダーの名前はどうするの?」
「あ、そ、そうだ! 名前考えないと。えーっと。襟巻はなかったけど、蜥蜴っぽい名前ってことで『ジラース』にしようか。」
「ちょっと何言ってんのかわかんないわね。」
マチコに突っ込まれたが、まあ、それは放っておいていいだろう。
「おおーい、ジラース、ちょっと訊きたいことがあるんだけどー。」
出てきてくれない。オキナが説明してくれた。
「契約と加護は違うものだからな。加護は大きな力を貸してくれるし、知らぬ間に護ってもくれるが、いう事をきいてくれるわけではない。ジラースが気に入らなければ無視されることもある。主導権はあちらにあるんじゃ。契約なら対等じゃがな。」
「名前、別の考えようか?」
「いや、そんなのはどうでも良いことだろう。戦争を止めることに関わってないから興味ないんじゃな。目的意識がハッキリしたヤツじゃから。ヤツのほうから加護と言った。いざという時には味方してくれる。問題ない。」
それにしても精霊の加護を受けられるとは凄いことなのだと、皆喜んでくれた。マナをエネルギー源とする高等魔術、超高等魔術はマナが得られるかどうかという問題がある。精霊魔術はマナの有無に関わらず使用できるが、それほどのパワーはない。しかし精霊の契約、加護があれパワー不足の問題を解決できるわけだ。術者に大きな魔力がないとほとんど効果がないというインスタント呪文でも大いに役に立つ。
今回の目的を達成した俺たちはシドのダンジョンを出たが、その頃、バルナック軍に制圧された小さな漁村クライテンに輸送船が到着。ララーシュタインのインヴェイド・ゴーレム『ハイル』が上陸したのだった。
今回のネタ。
ジラースはエリマキトカゲみたいな怪獣の名前です。
あの特撮変身ヒーロー番組に、某怪獣映画の着ぐるみを借りて、怪獣王が襟巻を着けてゲスト出演しました。