第46話 春キャベツ
初めてのメンバーのパーティでシドのダンジョンへ挑む。これでお互いの為人もわかるだろう。今回の探索は目的がハッキリしている。まずは俺が火の精霊と契約すること。
それからクララとしては、風の精霊ピクシーのヤンマの能力の確認。マリアから譲り受けたルンバ君4号も披露したいらしい。なにも天井が高いわけでもなし、飛ぶ必要はないのだが浮かんだ箒に腰かけて脚をブラブラと振っている。
「あら~。クララったら面白い玩具をもらったのねえ~。一寸うらやましいわあ。」
「はい。これ結構高く飛べるし、スピードも出るんです。楽しいんですよ~。」
「タロスの修復の間にミスリル鉱石を探しながら戦力アップするなんて、えらいじゃない。よくやったわ。いつかユーロックスでプロレス興行した暁には、あたしとタッグ組んであげてもいいわよ~。」
「べつにプロレスラーになろうとは思ってないですけど~。」
この能天気な会話をしている女性二人が前衛で、上背もある仏頂面の男二人が後衛。珍しい編成の冒険者パーティだが、職能からしてもこれがベストなのだ。
クララが先行してパーティに安全な道をみつけ、罠を処理。鉢合わせしても弱い魔物ならばそのまま単独で退治する。
マチコは格闘家として亜人含め人型のクリーチャーに対して圧倒的な制圧能力を持っているらしい。
サキは状況把握が鋭く判断が適切で守備、回復系の呪文が得意。また召喚術が使えるが、これはゴーレムだけではないそうだ。ただ、魔力の消費が多いのでいざというときにしか使わないとも。
シドのダンジョンに入ってすぐにオキナ、ヤンマと契約した処までは迷宮渡りを使って移動。其処から深い階層を目指す。クララがすぐに階層を昇降する階段を見つけてくるが、またダンジョンの変化があるという。
「それでは火の精霊も移動しているかも知れんな。」
「まあ、なんとかなるんじゃない?見付けさえすれば。クッキーは契約できそうなんでしょ?」
元々ここに棲んでいたオキナにサキ、マチコが尋ねる。
「ああ、出会いさえすれば。ワシら地の精霊よりも火の精霊のほうが、相性が良いはずじゃ。」
「だったら問題ないわ。進みましょう。」
マチコは前向きである。悪く言えば楽観的か。
話している傍から虫の羽音が聞こえてくる。クララが偵察に行ったのとは反対側の背後から。ウサギ程の大きさがある蜂。殺人蜂だ。魔物ではなく生物なので、人間に敵対しているとは限らないもののラビリンスの中で出くわせば、それは彼女らの縄張りの中に入ったということであり、天敵と見なされ攻撃対象になる。彼女らというのは、働き蜂は全てメスだからだ。
俺は真っ先に一歩前に出て呪文を唱える。蜂は熱に弱いと聞いたことがある。
「火炎放射!」
インスタント呪文としては、使い方によってはかなり強力な部類に入る。火が当たった蜂は黒焦げて落下。直接当たらずとも熱にやられ飛べなくなるか、ごく一部は逃げ出していく。しかし残りの大半の蜂は怯まずに襲い掛かってくる。衝撃のインスタント呪文を混ぜて使いつつ、ブロードソードで防いだ。
クララは精霊のナイフの四本のうち、火のダガーを持ち蜂の動きに合わせ巧みに振って応戦。サキとマチコは腰のサーベルを構えた。二人も素早い反応で斬ったり突いたりで蜂を倒していく。
「あたしが最も尊敬するプロレスラー、タイガー・ジート・シンが良く使った凶器がサーベルなのよ。プロレスでは斬り掛かりはせず大抵柄で殴ったりするんだけどね。ダンジョンの攻略になら遠慮はなし。これを持つと、お姐さんテンション上がっちゃうんだから覚悟なさい。」
「蜂にそんなこと言ってもしょうがないぞ。マチコ。」
「あら、蜂って女王蜂よりも働き蜂の方が知能高いんじゃなかった? 」
「そうなのか? しかし蜂だ。」
「これだけ大きければ、比例して脳みそも大きいんじゃないの? 」
「なるほど。そういうことにしておこう。」
なんだ、なんだ。サキも意外と能天気だった。しかし、これくらい軽いとプレッシャーを感じなくなる。恐怖感や焦燥感がない。クララが言っていたようにどんなピンチもへっちゃらになる良い気分だ。AGI METALとはまた違った安心感があるパーティ。
しかし生物の蜂を倒しても戦利品は期待できない。馬鹿みたいに大きな蜂の死骸では、なんとも利用できない。ユーロックスでは昆虫食の習慣はないらしい。俺もちょっと遠慮したい。巣を壊せれば蜂蜜が手に入るだろうが。こんな地下迷宮で、どんな花があるというのだろう。植物系魔物の花から採った蜂蜜とは不気味な。
目的は火の精霊に会うことなので、ついでなのだが戦利品はないよりあった方がいい。次に出て来たのは、これまた巨大なワームだった。ワームとはドラゴンと尺取虫の中間のような魔物。手足のない龍のような恰好。違う言い方をすれば、頭に角や鬣や髭が生えて、鱗が有ったり無かったりする大蛇。
ワームとの戦闘は、クララとマチコが動き回って翻弄する間にサキがサーベルを胴体に深く突き刺し、そのサーベルを媒体として石化の呪文を唱え、固めてしまった。そして石化したワームがマナに還元され、姿を消したかと思うと、その跡に残っていたのは、大量のキャベツだった。緩くまん丸に柔らかく結球している。これは、キャベツはキャベツでも春キャベツだ。
「あ!これ!生食用のキャベツだよな。サキ、これ、俺がもらってもいい?取調室に持って行きたい。」
「ああ、構わないぞ。」
「うふふーん、キャベツを使った料理でも思いついたのねえ?」
「え?それは取調室で新しい料理を食べられるってことですか?わー、楽しみですねぇ。タムラさんの料理おいしいからぁ。あの店の豚肉柔らかいからロールキャベツとかいいなあ。」
「よーし、楽しみができた。頑張ってサクッとこのダンジョン攻略するぞー。」
俺は、ストレージャーにキャベツを仕舞い込みながら、仕事の後のディナーを想像して胸躍らせた。しかし、一筋縄にはいかないのが、この異世界だ。
一つ深い階層に進むと不気味な魔物が待っていた。まさに異形。ギリシャ神話やダンテの神曲って、想像力豊かなのか? 狂ってるのか? いや、おかしいのは、この世界の創造主だろうな。
次回、ダンジョン攻略で異形の魔物との戦い。