第44話 ゴーレム
ここから新章に入ります。
段差のある高い位置から輿に掛けたララーシュタインはデーモンの三男爵を前にしてやや不機嫌そうであった。領内での庭の番犬としてしか利用価値がないであろうと思われていた異世界の古代生物の恐竜を開戦の先兵として嗾け、ミッドガーランドに脅威を与えるという目的は達成したが、思わぬ穴が見付かったのである。ひじ掛けから右腕を起こし、指をパチンと鳴らす。
「ウインチェスターよ、説明してやれ。」
ウインチェスターはララーシュタインに協力する異世界人。グローブの博物学者である。ララーシュタインによって、この世界ユーロックスに転移させされた。ララーシュタインより一段低い位置から立ち上がった彼は手帳を開いた。
「草食恐竜はマナを食べる。T・レックスやアロサウルスといった肉食恐竜と一緒に召喚した鎧竜だが、大気中のマナを食べていることが判明した。草を食べるのは、草にマナが多く含まれるためだ。そして肉食恐竜も草食恐竜を捕食することで間接的にマナを接種している可能性があり、恐竜に食われたマナは還元することがない。つまりは恐竜がいれば、この世からマナが無くなり、ペンタグラムやヘキサグラムの魔法は使えない。それどころかマナからできた肉体によってこの世に実体化している魔族や魔物は存在そのものが怪しくなる。」
驚く三男爵。それまで頭を垂れていたが、一斉に顔を上げた。
「「そ、そんな!」」
とくにレッド男爵は戦々恐々としている。
「も、申し訳ございません!閣下!あれを召喚した私の責任でございます。今すぐに殺処分してまいります。」
「よい。すでにデイヴにやらせている。別の働きをせよ。」
「はっ!畏まりました!」
言葉通りに畏まるレッド男爵。
「デイヴに処分を任せたが、それについてはインヴェイド・ゴーレム試作第一号の『ハイル』を貸し与えた。恐竜退治をしながらデータを集めてくるだろう。そのデータ解析と三軍に合わせた改良案を提出しろ。以上だ。下がれ。」
「「ははあっ!」」
前室に下がった三男爵は、そのまま廊下まで出て別室へ向かった。まず口を開いたのはマッハ男爵である。
「全員お咎めなしか。まずは良かったではないか。」
続いてガンバ男爵も首の皮一枚で繋がったと安堵した。
「僕はあの魔女に敗北したも同然だった。罰を受けるものと思っていた。」
「しかし、安心してはいられまい。これからどう行動するか?」
レッドの質問にマッハが答える。
「『ハイル』を直接見にいこうではないか。我々もまだインヴェイド・ゴーレムが動くのを見ていないのだ。あのデイヴとかいう小賢しいヒューマンの手並みも見てみたいし、な。当然手は出さない。」
レッドもガンバも納得した。
俺は今、取調室の南側の草原にいる。AGI METAL、シルヴァホエール、フェザーライトのクランの名前がSLASHに決まり、そのSLASHの最初の会合だ。クランのマスターはレイゾー。活動の本部事務局は取調室ということで此処に集まっている。サキの発言から始まる。
「私は二体のゴーレムを放っている。恐竜を探して始末するようにとの命令を与えてあるが、まだ活動中。恐竜がまだいるということだ。一体は北へ向かい、もう一体は南。コーンフロール半島の先端へ移動している。残りの恐竜を駆逐するのは勿論、もしまた恐竜が送り込まれてくるようならば、それに備えるためにタロスの修復を急ぐ。」
サキが四極魔法の直径10メートル程の大きな魔法陣を地面に出し、その魔法陣から浮かび上がるように銀色のボディのゴーレムが現われた。なんでも普段は青い月の裏側にあるヨツンヘイムという処にいてサキが召喚すると、この地上の人間たちの世界ミズガルズへ実体化するとか。歓声が上がる。ただ、よく見ると上半身はところどころ白っぽくなっている。光の反射の仕方が違っているようだ。強い酸で傷んだ部分を削り取ったらしい。
「へえ。ゴーレムを見るのは初めてじゃないけどね。こんなに大きくて立派なのは今までないなあ。」
「ええ、素材はミスリルと聞いたけど、よくこれだけの大きさの物を造ったわね。」
「ほーお。俺の拳でも凹むかねえ?」
「矢は刺さらねえよなあ。厚さはどれくらいなんだ?」
AGI METALの豪傑も驚いている。サキはストレージャーから四体のオートマトンを出し、作業に取り掛からせる。
「タロス、座れ。まずは棘を交換だ。これは素早くやらねばならん。」
フェザーライトの船倉から出て来たパーツが次々と交換されていくが、不思議なのは薄い金属テープのような銀色の箔が包帯よろしく巻かれていくことだ。
「人間の怪我の治療みたいだなあ。」
思わず感想が漏れたが、メイが説明してくれた。
「三大希少金属というのがありまして。ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン。どれも地上には少なく、それぞれ三つの月では鉱石が多く採れるそうです。共通する特徴としては、どれも生体金属なんです。」
「生体金属?」
「名前のとおり、生きた金属です。意思もあるらしいですが、蜂や蟻だとか、群体で活動する生き物に近いそうです。三大希少金属でできた物は、たとえば少しくらい凹んだりしても勝手に元通りに修復します。タロスは腐食した部分を止む無く削ったんですが、包帯のように新しいミスリル箔を巻いておけば、そのうちに同化してくっ付きます。」
「月で鉱石が採れるというのは?」
「はい、採ってきたんですよ。フェザーライトで、青い月まで行ってきたんです。」
「ええっ、月行けるの?空気あるの?」
「空気、ですか?それはよく分かりませんけど。魔法で結界を作るので。月で作業をするのは別のゴーレムたちですし。青い月は精霊、妖精の棲むところなので、月での作業も精霊たちに任せます。」
「へ、へえ~。あ、でも、それならこの作業も青い月でやれば良かったんじゃないのかな?」
「あ~、やっぱりそう思いますよね。でも青い月でタロスがいる場所、ヨツンヘイムには巨人しか入れませんから、それも難しいんです。別のゴーレムを送り込んでもヨツンヘイムに入ると私達の制御から外れちゃうんです。」
「なんかいろいろ複雑なんだ。」
「月はもともと私達人間がいる場所じゃないんですよね。」
飛行船フェザーライトは月へ行ける。おまけに船倉で鉱石を銑鉄したと。見かけは中世のガレオン船に近いが、中身は大きく異なるようだ。
また、月へ行くとは、それだけで凄いことだが、宇宙ってどうなっているのだろうか。やはり元の俺たちの世界、グローブとは違っているのだろう。ここは別の世界だ。そういうものだと割り切るしかないのか。
このゴーレム『タロス』も俺の常識では通用しないことが多々あるのだろう。しかし、恐竜や大型の魔物などと事を構えるならば、大きな戦力になるのは間違いないだろう。
俺はこれから、クランSLASH内でシルヴァホエールのメンバーとしてタロスの運用に関わっていくことになる。クララとマチコが両脇から、俺の肩に手を掛けて来た。
「クッキーの魔法やグローブでの格闘技術、必ず役に立ちます。一緒に頑張りましょうね。」
「大丈夫よ。このお姐さんにドーンと任せときなさい。」