第41話 バリスタ
サキの使い魔のリュウにひとりでに動くブリキの案山子、地の精霊の小人。皆信じがたいことばかりで呆気に取られているが、急がねばならない。後ろのドアは嵌め殺しにして構わないので、開けたウインドウを通してロープで弩砲をルーフの上にグルグル巻きに留める。後部座席を倒して荷室をつくり、大型弩砲の矢になるのだが、羽根つきの槍を積めるだけ積む。そして助手席のドアを開ける。
「シーナ、ここに座ってくれ。車を動かすから、道案内を頼む。」
運転席に座りエンジンをかけ、発車するとシーナが驚きの声を上げるが、すぐに大人しくなった。レイゾーが集めた取調室のスタッフは、さすがに肝が据わっている。
そして、セントアイブスの街中を抜け、領事館の南西、恐竜の群れから300メートルくらいの位置に着けた。動きがいくらか鈍くなった恐竜たちに向けて矢が飛んでいるのが見える。ここからなら、十字砲火を浴びせられる。俺は車のルーフに上がり、シーナから矢を受け取り、バリスタの胴のガイドに沿って乗せる。
「そうです。次は船の総舵輪みたいなハンドルを外側に回してください。固くなったら、その棒を差して梃にして、もっときつく締めます。」
照準を合わせる。大きなクロスボウを使う感覚だ。こちらから見て前後に動いているのは構わないが、上下左右に動いているものは、撃った後にブレて外れるかもしれない。慎重に目標を選んで発射した。意外と振動が大きい。ただ、撃ったと実感できるのは良いことだ。矢は命中。ティラノサウルスの胸を貫いた。貫通すれば、さすがに大型でも倒れる。しかし、本当は首を狙った。次でどこまで修正できる?
シーナから次弾を受け取りながら、オキナに仕事を依頼する。この車の前に土や石を積んで壁を作れないか、と。オキナより先に後部座席の矢の上に荷物のように横になって載ってきた案山子が無言で動き出し、手作業を始めた。
「ああ、分かったって。オートマトンなんぞよりもワシが役に立つって見せてやるから。」
俺は魔力が身体から抜けていくのを感じたが、その分、立派な盾となる土塀をオキナが魔法で造ってくれた。これで恐竜たちが、こちらに注目しても、多少の時間を稼げるだろう。
上空からリュウがバリスタのアップライトピアノのような形になった箱型の弓部のパーツの上に降り立ち、低い声で話し出した。どう考えても人の話し声だが、取調室の個室を訪ねてきたときと同じ声色だ。
「バリスタを移動させたか。機転が利くな。できれば鎧竜を先に倒せ。あれは弱点の腹を狙わないと、普通の弓矢では倒せない。バリスタならば鎧を貫ける。
ワニのバケモノは騎士にまかせて、バリスタでしか倒せない鎧竜を相手にするんだ。もう少し時間を稼げば、応援に駆け付ける。」
理解した。これはリュウの主のサキの伝言だ。クララのパーティが助太刀してくれるということか。モチベーション上がってきたぞ。
「よし、あのでっかいアルマジロみたいなヤツを先に狙おう。」
「アルマジロ?」
ユーロックスにはアルマジロはいないのか。いたとしてもずっと遠い場所なんだろうな。
バリスタの操作を早め、アンキロサウルスを狙い次々に撃っていく。個体差はあるが、ティラノサウルスに比べるとやや小ぶりなため慎重に狙う。するとティラノがアンキロサウルスを食べるという二次効果が出始め、それなりの時間稼ぎとなった。これは有利な誤算だった。
しかし、俺も冷静さを欠いていた。草食の鎧竜と肉食のティラノサウルスが一緒に行動しているわけはなく、ティラノサウルスは餌となる鎧竜を追ってきたんじゃないのか。だとしたらティラノサウルスは、まだ他にも現れるのではないか?
やはりそうだった。ティラノサウルスの後続がぞろぞろと。
それにしても。恐竜も群れで行動していたらしいが、肉食恐竜まで、レックスまでが群れで行動していたのだろうか。いや、何かの外的要因で送り込まれてきたのだろう。考えても仕方がないな。とにかく恐竜を駆逐しよう。ティラノサウルス・レックスが何頭もいるなど危険極まりない。
アンキロサウルスを撃ちまくり、だいたい片付いた頃にはティラノサウルスの数も減っていた。領主公邸からの毒矢の攻撃が効いている。とはいえ、体長10メートル以上の大きな身体。簡単に済まない。こちらからも狙い撃つが、そろそろ矢が尽きる。そして首筋を撃ち抜いた、その隣の個体がこちらに注意を向けた。毒矢の雨が降る公邸ではなく弾幕の薄い方へと突進してくる。矢を番うのが、間に合わない。
「液状化現象!」
初めて使うが、精霊魔術、地系統の即応呪文だ。それほどの効果は期待していないのだが、時間を稼げれば良い。足下を液状化させて少しでも動きを鈍らせれば、その間にバリスタを準備する。そういう考えだったが、地の精霊ノームとの契約は効果が大きいらしい。水たまりに足を滑らせる程度を想像していたが、震度2から3程度の揺れを感じた後、石畳の道路が沼のようになりティラノサウルスの脚がすべて、腹が付くくらいまで沈んでいる。その地震の揺れだって恐竜の走る振動でかき消されるくらいのものだったが。
ともあれ、これで水堀ができたようなものだ。恐竜の頭を撃ち抜いた。最後の一本の矢の準備をし、シーナに装填手としての役目はもう十分なので避難するようにと指示を出す。
「シーナ、ありがとう。あとは任せて逃げてくれ。リュウ、上から安全な場所を探せるか?」
「そ、そんな!」
「いや、餅は餅屋だよ。俺はあっちの世界で、バリスタやカタパルトを撃つのが仕事だったんだ。車の運転も俺しかできない。俺はやれるとこまでやったら逃げるから、先に行ってくれ。」
リュウが一声鳴いて南の空へ飛び立つ。シーナは名残惜しそうにリュウを追って走った。これで一安心。
最後の矢をこちらに歩いてくるティラノサウルス一頭に向けて放ち、あとは地の精霊魔術で石の塊を作る。バリスタの矢を置くガイドにさえ沿うことができれば、矢でなくとも飛ばせるはずだ。石の弾丸で叩けば良い。狙う場所が首ではなく頭になるだけだ。
公邸からの毒矢。こちらからの石礫。十字砲火で撃ちまくって、恐竜が残り一体となったとき、俺の魔力は尽き石の弾丸は無くなった。おそらくタムラも魔力が底をついたのだろう。あちらでも魔法をつかっている様子はない。この残り一体。なんとしても叩く。逃がしたら被害者が出る。後顧の憂いは断たなければ。
車の上にバリスタを無理矢理括り付けていたロープを解いた。車の前面ならばフロントガラス、エンジンルームのクラッシャブルゾーンで多少の傾斜があるので、そちらの方向にバリスタを落とす。なんとかバリスタを壊さずに済んだ。
そして愛車に乗り込み、燃料計をチェック。バリスタを壊さないように後進して回頭、液状化した道路を迂回して恐竜の脇に出る。ティラノサウルスの重さがどれくらいかなんて知らないが、乗用車の何倍もあるだろう。ぶつかれば潰れるのは車の方だ。念のため、ドアをロックしてないか確認して、ギアを一段落とし思い切りアクセルを踏み込んだ。
ギリギリまで近づき、エンジンブレーキが掛からないようにギアをドライブ位置に戻し、ドアを開けて飛び降りる。自衛隊の空挺団、平たく言ってパラシュート部隊には、五接地転回法という落下傘降下での着地法がある。戦車乗りの俺には、当然そんな高難度なことはできないが、要は身体を捻って衝撃を分散させることだ。車の運転席に座った状態からなので姿勢も違うが、できるだけイメージだけでも真似して膝と反対方向へ上半身を曲げ転がってみた。いてえ。訓練なしに無理。
ティラノサウルスの片脚、脇腹に車が激突。ティラノサウルスは車の上に倒れ込んだ。体中に痛みを感じながら、最後にほんのわずかに残った魔力をつぎ込む。対象をピンポイントに絞らないといけないので集中力が要るが、もうアドレナリン、エンドルフィンがビンビンだ。やらなきゃやられる。
「火花!」
この世界に来て、衝撃、焚き付けなどと一緒に初めに覚えた呪文。一番簡単で魔力消費も少ない呪文だ。もう使う機会はないかもしれないと思っていた。ライター、火打石の代わりに生活魔法としては役に立つが、戦闘では火矢に着火するくらいかと。
その威力の低い火の魔法を車のガソリンタンクに撃ちこんだ。車は炎上。乗り馴れて愛着もあるミニバンだったが、どうせこの世界では給油もできない。そして火に包まれたティラノサウルスは車の上でのた打つ。成功した。
「怪獣を退治した地球防衛軍ってこんな気分なんだなあ。」
独り言を言った。膝や肘が痛い。ブリキの案山子が俺の身体を抱き起こした。
液状化現象の呪文をリクエファクション・フェノメノンにするとバオーみたいなので止めときました。