第40話 鎧竜
鎧竜ってアルマジロっぽい。
「マナがあるうちに六芒星魔術を使っちまおうか。
偉人たちを追悼せよ。殿堂にて控え賢者の来訪を待て。破魔矢六連弾!」
タムラが先手必勝の方針そのままに攻撃を掛ける。先程六条の矢を一度に当ててティラノサウルスを葬ったソーサリーだが、今度は六つ別々にアンキロサウルスを目指して飛んでいく。もし魔法に対する耐性を持っているならば、六色の有彩色のうちのどの色のマナの魔法に強いのかをこれで判断できるだろう。
「ロジャー! 俺の魔力じゃ、あと一発撃てるかどうかだ。魔法兵団への指揮を上手くやってくれよ。」
硬い皮膚に守られたアンキロサウルスだが、タムラの魔法には次々と倒れていく。特に魔法耐性といったものは持っていないようだ。ただし普通にタフらしい。苦しみつつも起き上がってくる個体がいる。やはり厚い皮膚の鎧のせいなんだろうか。あの鎧を矢が貫けないとすれば、やはりティラノサウルスよりも先にアンキロサウルスを魔法で攻撃したのは正解だといえる。
俺も続いて攻撃だ。ギルドの講習で習ったが、自分には合わないかもしれないし、ラビリンス内ではマナも豊富にあるため使う機会もなかった戦闘補助のインスタント呪文を試してみよう。
「俺もやりますよ!魔素窯!」
これは一時的にマナをかき集める青とグレーの五芒星魔術の魔法。風を象徴する青マナを使う呪文はトリッキーな効果をあげることが多い。
タムラのマナファインダーの呪文の効果がまだ続いているので、手芸用のガラスビーズみたいに見えるマナが、恐竜の周りから俺のすぐ近くへ風に飛ばされるかのように流れて来る。
成功だ。これで魔法を使うマナが確保できた。と、思った。
しかし、俺の考えが甘かった。餌を取り上げられたと勘繰った鎧竜が逆上してマナの流れを追い、こちらへ突っ込んでくるではないか。
アンキロサウルスよりも小柄で動きの速そうなノドサウルスが真っ先に向かってくる。小柄とは言っても体長5メートルから6メートルある。アンキロサウルスのハンマーのような尻尾はないとしても『こぶトカゲ』とも呼ばれる装甲車のような生物だ。体高はむしろアンキロサウルスよりも高く、太い四本脚で重い身体を支え、棘が帯状に並んだ背中は凶悪な雰囲気を醸す。人間に例えれば、トゲトゲのプロテクターを着けたアメフト選手が襲い掛かってくるようなものだろうか。
団長のロジャーが騎士たちに急いで弓を構えるように指示を出す。魔法兵団にも攻撃呪文の詠唱を命じる。
「撃ち方用意!魔法使いは、それぞれ得意な呪文でかまわない。落ち着いて呪文の詠唱を始めろ。」
おそらくリザードマンと戦ったときと同じく、鎧のような皮膚が邪魔で矢が簡単には通らないだろう。となれば、日本刀での剣術介錯剣法のように鎧の隙間を狙って攻めるのが有効。タムラならば可能だが、他の騎士たちは?
レッサーデーモンとの交戦で試した即応呪文を使おうか。青マナでの六芒星魔術だが、マナを引き寄せた後だ。丁度良いだろう。矢が届きそうな距離まで引きつけて唱える。
「捻り!」
群れの先頭を走るノドサウルスが前転。後続を数頭巻き込んで転倒した。
「いいぞ。了。その調子だ。」
タムラが俺に声を掛けつつ、隙を逃さずに矢を放つ。見事ノドサウルスの腹に命中。続いて騎士団の矢の雨、ソーサリー呪文の追撃だ。ひっくり返ると鎧のない腹を出して弱点をさらけ出す。これを繰り返すとノドサウルスについては、目処がついてきた。
しかし、その後をすぐに勢いよくティラノサウルスが走り込んで来た。最初の一頭はツイドルで転ばせたが、その後は間に合わない。どうなるかと思えば、なんと逆さまになっているノドサウルスの腹に食いついた。
一瞬気が抜けそうになったが、レックスが鎧竜の肋骨を嚙み砕く食事風景は圧巻で、あんなものに噛みつかれたら即死だという事がよく分かった。地上にジョーズがいるようなものではないか。ティラノサウルスは決して近づけてはいけない。
ティラノサウルスの食欲は旺盛だ。ノドサウルスを平らげたら次は人を食うことになる。それに対してこちらは、もうマナがほとんどない。俺は青のマナを中心に魔法を使用したが、騎士団の魔法兵団所属の魔法使い、騎士の上級職のダークナイトやパラディン、スナイパーもそれぞれ得意な呪文を使ったため、どの色のマナも残り少ない。もうペンタグラム、ヘキサグラムで戦うのは無理か。
そこへブライアンたち工作部隊が蛇の神経毒を持って戻ってきた。天の助け。皆早々に鏃に毒を塗る。
「皆狙いどころは分かってるな。神経毒だ。できるだけ首。でなければ関節に当てろ。動きを封じて、魔法が使える者が精霊魔法で止めを刺せ。矢を無駄に撃つなよ。」
ロジャーが号令を掛けると、一斉に動き出した。ティラノサウルスはアンキロサウルスを食べようとする個体もいるが、腹を出さぬように身を低く構えて尻尾のハンマーで反撃するアンキロに手を焼き、また人間には弓を向けられ、そのほとんどがただ本能のままに暴れ回るようになっていた。一部は館の外塀に体当たりし、中に入ろうと藻掻いている。なんとかしなければ。魔法以外に戦う術はないものかと考え、閃いた。うまくいくとは限らないが、やらなければ成果はゼロだ。やろうと決意した。
「タムラさん!しばらく時間を稼げますか?」
「おっ、何か思いついたな?いいぜ。此処はまかしとけよ。やってみるといい。」
「ロジャー団長!暫く外れます。時間を稼いでください。必ず戻ります!」
ありがたい。タムラは本当に頼りになる先輩だと痛感する。
俺は領域渡りを使い、レストラン取調室の前に移動した。大急ぎでエントランスを潜り留守番の店員に声を掛ける。取調室のスタッフは、セントアイブスの街の防衛のため、レイゾーが集めた元騎士や冒険者たちだ。ホール係の従業員は全員大型クリーチャーと戦うために武器を持ち、店を出たようだが、厨房のスタッフは街を守る砦として、この店の留守を預かっていた。
「おおい、手伝ってくれ!非常事態だ。」
俺は何をやろうとしているのか説明し、大きな荷物を運ぶ人手が要る事、街の南端のこの店から恐竜たちの側面、領主の公邸の南西側に出る道を案内して欲しい事を伝えた。
「クッキーさん、私はシェフ見習いのシーナです。この街は地元です。案内はまかせてください。武器も扱えます。」
「ありがとう。では頼む。」
たしか、煮込み料理担当の娘だ。ラーメンのスープやかつ丼の仕上げをやっている。この娘も含め、店のスタッフには、あとで何かお礼をしないといけない、と考えていたところ、厨房の奥から耳木菟のリュウが飛んできた。
「お、リュウ。お前も無事か。とりあえず良かったよ。」
そしてリュウの後をオズの魔法使いに登場するブリキの木こりのような銀色の人形が付いてきた。シーナの話では、この耳木菟とブリキ人形が西側から大型クリーチャーが来るので警戒するように知らせに来たという。短い言葉だが、その時には喋っていたと。だとすれば、この案山子のようなブリキ人形はリュウと同類、味方だと判断していいだろう。
「このブリキ君は、味方だ。サキって冒険者が寄越したんだと思う。クララの仲間だから安心して。」
スタッフは二階に上がる者、倉庫へ行く者とに分かれ、キビキビと動き出す。俺は一度二階の自分の個室へ鍵を取りに行き、そのまま窓から飛び降りた。とは言っても、飛び降りた先は、前の世界グローブから乗ってきたマイカーのボンネットである。店の外へ出て、数週間ぶりに自分のミニバンのハンドルを握った。
前の世界で追突したはずが、何故かほとんど無傷の車を動かし、テラス席の下まで行き車の後部のトランク部を店の壁寄りに止め、後ろのドアを跳ね上げ、両側ともウインドウのガラスを開けた。倉庫から持ってきた角材を車の屋根のルーフレールとテラス席の腰壁の手摺とにロープで結び、安っぽいが鉄道のレール風に梯子を渡した。
「よし、動かそう。」
こんなことをするのは初めてで、皆驚いていたが、やると決めて動き出せば、早い。優秀なスタッフたちだ。テラス席の奥の物置にしまってあった据え置き式大型弩砲を俺の車に載せて運びだす作戦だ。南側のダンジョンからモンスターなどが襲ってくることを想定して設置されていた弩砲だが、普段はレストランとしての営業があるので、物置の中。有事にテラスに出すために砲座の下には小さな車輪が二つある。二本の角材に沿わせて車に載せるのだが、テラスの腰壁を越えるのが、まず大変だ。
しかし、ここで思わぬ援軍が。先程のブリキ君が手伝ってくれている。しかも相当な力持ちである。動きは少しぎこちないので、さらなる援軍を呼んだ。
「オキナ。手伝ってくれ。」
「ほいほい。おまえさん、結構人使い荒いのう。いや、人ではないんじゃが。」
地の精霊ノームのオキナは、文句を言いながらも石でできた壁や木の角材などを魔法で操り、俺の車の上に大型弩砲を載せてくれた。