第39話 マナ
暴君登場です。
オズマ・オズボーンとマッハ男爵との海上での戦いは激化して続いていた。巻き込まれるモササウルスにとっては不幸と言えるくらいに。火力や死の呪い、呪文打消しや妨害の応酬が延々と繰り返され、業を煮やしたオズボーンが近づいて素手で殴り掛かろうとしたところへもう一体の悪魔、レッド男爵が領域渡りで現われた。レッドが拳を振り上げたオズボーンの背後からその手首を掴み、マッハに諭すように言う。
「マッハよ、もう良い。今回の作戦の目的は果たされた。」
「まだだ。港を獲るのだろう。」
「別の港を確保した。戻るぞ。ララーシュタイン閣下がお呼びだ。」
「そうか。では仕方がない。切り上げよう。」
レッド男爵が魔法で霧を張り、視界を塞ぐとそのままマッハも一緒に消えてしまった。
オズボーンは目尻がピクピクと引きつっている。苛立っているようだ。
「野郎。初歩的な手で逃げられちまった。ミスったな。」
仕方がないので、残ったモササウルス、スピノサウルスを片付けてから、飛行船フェザーライトの後を追うこととした。あのような悪魔があと何体いるのだろうかと考えながら。
恐竜が入り込んだセントアイブスでは大勢の人が逃げ惑い、騎士や一部の冒険者が街を守って奔走していた。その中には取調室の従業員らに混じってレイチェルとジーンの姉弟の姿もあった。レイチェルは水の妖精のアゲハから教わった二つの魔法、傷口の止血と清潔な水を精製するソーサリー呪文を使い怪我人に手当てを施し、ジーンは光の精霊マメゾウと共に救助活動をしていた。旧領事が使っていた城が病院として使われているので、そこに負傷者を連れていく。街が攻められたときに堅牢な城跡が病院として使われているのは、理にかなっている。戦えない人を守りやすくなる。そしてジーンは、ときおり街の路地で出くわすモノニクスなどの小型の恐竜と戦い、戦果を上げるようにもなっていて周りの大人たちを驚かせた。
俺は10メートル級のアロサウルスなどを含む恐竜を火力呪文で何頭か倒しつつ、ページ公の領事公邸に辿り着いた。そう大きな街ではないため領事館も大袈裟な建物ではなくそれなりだが、半島の付け根にあり地理的には人の往来が多く城まではいかなくとも石の砦と言えるくらいの規模はもっており、弓矢を効率的に使うための狭間を備えた外塀のおかげで恐竜の侵入を防いでいたので、ページ公は無事。ページ公自らが弓を持ち応戦していた。ロジャーたち領事に仕える騎士団も健在。それから公邸の正面アプローチには土嚢が積まれていた。工作部隊のブライアンが頑張ってくれたのだろう。いまひとつ積み方が雑だが、それは別の機会に指導しよう。
領事館の無事が確認できれば、あとは恐竜を駆逐するために動く。まずは領事官邸に周辺に跋扈している恐竜を倒すために、土嚢の陣地を活用させてもらおう。騎士団に指示を出し、領事館の食糧を外に持ち出し焼かせた。風の呪文を使える魔法使いに西向きの風を吹かせる。これで匂いに釣られて恐竜どもが領事館に集まるはず。地の精霊ノームのオキナと契約したことで、俺の精霊魔術、特に地系統の呪文は威力が上がっているので、恐竜のような大型クリーチャーでも動きを止められる。あとは騎士団が矢の雨を降らせば葬れると考えた。
肉を燃やし恐竜を引き付けるのはブライアンたち工作部隊がやってくれる。ページ公まで含めた騎士団が弓を持ち、外塀のそれぞれの狭間、櫓、領事館の屋根の上などの配置に着こうとすると、タムラが領域渡りを使って移動して来た。
「おう。了。西の砦は、なんとか目処が付いた。こっちはどうなってるんだ?」
「タムラさん!タムラさんが来てくれたら百人力です!」
ここで弓の名手が加わるのは、大きな戦力アップとなる。街中に恐竜がはいっていること、この領事館におびき寄せ籠城して倒す作戦を説明した。
「なるほど。賢明な作戦だと思うよ。自衛隊仕込みの土嚢の陣地構築も役に立ってるようだしな。」
「俺が大っぴらに火力呪文を使うと街を燃やしますから、やりにくいんですよ。でも、タムラさんなら、いざってときに魔法の矢が使えますね。あ、そうだ!毒ですよね。毒なら恐竜に効くんですよね?」
肉を燃やす準備をしている工作部隊のブライアンに、鏃に毒を塗りたいと相談する。すぐに対応してくれた。
「はい、毒薬ですね。できれば蛇の神経毒。すぐに街中で集めてきますよ。武具商人の店や騎士団の駐屯所、それから冒険者ギルドにあるでしょう。」
若いのに頼りがいのある分隊長だ。彼のような人材がいれば、この危機も乗り越えられるはずだ。そして、ページ公とロジャー団長も士気を揚げようと檄を飛ばす。
「皆、よくやってくれている。大儀だ。領主として感謝している。これを乗り切れば、必ず何らかの形で報いよう。もう少しだ。頑張ってくれ。」
「ここが正念場だ。なんとしても守り抜くぞ!」
「「おおーっ!」」
工作部隊が肉を焼き、魔法で風を起こして恐竜どもが出現した西の方角へ向けて匂いを流していく。恐竜は焼肉の味は知らないだろうが。
そして暫くすると、足音を響かせながら10メートル級の大型肉食恐竜、その中でも一番有名であろう獰猛な二足歩行の『暴君』が街の中心地となる大通りを歩いてくる。
「ついに出やがったな。レックス!」
俺は最も顎の力が強いと言われる恐竜を睨みつけた。そう。あれはティラノサウルス・レックスだ。
「先手必勝だな。弓なら引き寄せたいが、魔法なら構わないだろう。
偉人たちを追悼せよ。殿堂にて控え賢者の来訪を待て。破魔矢六連弾!」
タムラが早速呪文を詠唱した。狙撃手という職能は射手の上級職。弓矢など狩猟用の飛道具や罠などの扱いに優れるが、さらに魔法の矢や武具の強化をする補助的な魔法など、精霊魔術と六芒星魔術を使うことができる。
テオのダンジョンのオーバーランの防衛戦では、複数の相手に対し使った破魔矢六連弾だが、六色のマナから生み出すエネルギーの波動を叩き込むマルチカラーの魔法であり、本来ならば単体の相手に使う。六色全ての特徴の耐性を持たなければ、どれかが効くであろうという、大雑把なようで効果の大きい攻撃呪文だ。それが今、ティラノサウルス単体に向けて撃たれた。
ティラノサウルスの首に直撃。もろに急所を捉えた。六条の光弾が喉を裂きティラノサウルスの巨体がドサリと地に伏す。騎士たちは歓声をあげる。気分を盛り上げることを狙って、タムラは最初から大技を披露したに違いない。指揮官ならば、かなり優秀だ。
タムラが俺に耳打ちする。他の騎士たちには聞かせたくないことか。
「これでやる気が出てくるだろうよ。だが、コイツは魔力の消耗が激しい呪文でな。そうそう撃てるもんじゃない。あとは、できるだけ引きつけて弓を使うぞ。」
「タムラさん、さすが。凄いです。あとは、俺がやりますから。」
五芒星魔術、六芒星魔術ならば自然に存在する『マナ』を、精霊魔術ならば、取引相手の精霊の魔力を、四極魔術ならば、その両方、或いは、どちらかをエネルギー源として魔法が発動する。ただし、この『マナ』は車のガソリンのようなもので、バッテリーの電気のように術者本人の魔力も魔法を使うために必要になる。ガソリンが満タンでもバッテリーがあがってしまった車は走れない。破魔矢六連弾はバッテリーの電気を食う大技だということだ。ちなみに俺がよく瞑想をしているのは、魔力を上げる効果があるトレーニングのひとつだからだ。
皆が興奮して騒いでいる間に、また次々と別のティラノサウルスやらアンキロサウルスが大通りをこちらに向かってくる。
なにやら様子がおかしい。アンキロサウルス、ノドサウルスといった植物食と思われる恐竜がティラノサウルス・レックスと一緒にいる。レックスにとっては餌ではないのか?鎧竜だから、そう簡単には食べられないということだろうか。しかし、その鎧竜どもの動きが妙だ。街中の石畳の上にいても草を食べるような仕草をしている。
「タムラさん!鎧竜のあの動きは!?」
まさかとは思うが、植物以外の何かを食べている。タムラも気づいて、ある精霊魔術のインスタント呪文を詠唱する。
「魔素視覚化!
ああ、こりゃあ大変だ。ヤツら、『マナ』を食ってやがる!」
地水火風の四つの精霊の力を一度に借りると『マナ』を可視化し、色付きのビーズのように見せることができる。そうして見えるようになったマナは、鎧竜たちの口の中に吸い込まれるように入って租借されていく。こちらでは『グローブ』と呼ばれる元の俺たちの世界に魔法がなく、科学が発展したのは、おそらく太古の恐竜たちがマナを食い尽くしてしまい、精霊もおらず、魔法が使えないからではないだろうか?
いや、今はそんなことは、どうでも良い。ペンタグラム、ヘキサグラムの魔法なしで恐竜と戦わなければならない。これは大問題だ。
思うように魔法が使えないピンチ。さて、次回恐竜とどう戦う?