第38話 フェザーライト
「ちょっと、叔父様。言葉使いが汚いですよー。」
「うるさいなあ。悪魔相手に丁寧に喋れるかい。あんなものは駆除の対象でしかない。ゴキブリと同じだ。」
黒髪の男とやはり黒髪の細身の若い女性。船の舳先と甲板とでのやり取りだ。船は上空高く、マッハ男爵のほぼ真上まで進んだ。
「ほう。駆除と言ったか。では、やってみろ。」
「そうかい。じゃあ遠慮なく。・・・とおっ!」
黒髪の男は勢いよく跳躍して船から飛び降り、右膝を折り左脚を真っ直ぐ伸ばして悪魔の顔に目掛けて左踵で蹴りを入れる。
「くらえええ!」
「ぐああっ!」
悪魔の顔面に見事にヒットし、その後は下に落ちるかと思いきや、側頭のヤギの角を掴み強く引っ張って踏みとどまり、黒い胴体の背中側へ回った。次に悪魔の背中の蝙蝠の翼に手を掛け、腰に膝蹴りをすると、翼に食らいつき、歯ぎしりしながら翼の被膜をむしり取った。
「がああああ!」
この予想外の行動にマッハ男爵は大きな叫び声を上げ苦しむ。両名とも海に落ちるかと思われたのだが。黒髪の男は食いちぎった蝙蝠の翼の被膜を吐き捨てると呪文を詠唱する。
「幻影の翼!」
黒髪の男の身体が六芒星の魔法陣に囲まれる。彼は六芒星魔法の飛行呪文を唱え空中に留まった。勝負ありと思ったのだろう。軽口を叩く。
「うわ。まっず。というか、気持わりいもんを口に入れちまった。激しく後悔。おーい、メイ。口の中アルコール消毒するからウイスキー用意しといて。」
「昼間から飲むのは駄目だよー。」
「いいじゃないかよー。ちょっとだけだって。」
マッハ男爵は真っ逆さまに海に落ちたが、すぐにモササウルスの背に乗って浮上してきた。肩幅くらいに開いた足で直立し、腕組をして顔を上げている。千切られたはずの背中の翼がもう再生し元に戻っていた。
「フハハハハハ!我のキャラに似合わず驚いてしまったではないか。予想外であったぞ。しかし面白い人間がいるものだ。いや、ヒューマンではないか。髪の毛で耳を隠しているが、エルフか?」
マッハ男爵はサキに続いて今日二人目の戦いがいのありそうな『敵』の存在に心躍っていた。ララーシュタインの計画通りに進めば三男爵は自ら戦うことなどなくガーランド群島、大陸まで侵略するだろう。三男爵の中では一番冷めた性格だと思われがちだが、実は根っからの武闘派であるマッハは自分自身で戦いたくて仕方がないのだ。
「おい、貴様はエルフ、いやダークエルフか?
我はバルナックの領主、魔王ドルゲ・ララーシュタイン2世に仕える者。三つの軍団の一つ、海軍の将、アークデーモンのマッハ男爵だ。貴様の名を訊こう。」
上空から見下ろした黒髪のエルフは、堂々と名乗る悪魔が珍しいと思ったか、少し首を横に傾けた後、両手を腰に当て大口で笑いながら答えた。
「ハハハハハッ、悪魔の分際で、見事な口上だ。マッハ男爵よ。俺はオズマ・オズボーン。お前の推察通り、ダークエルフだ。お前の主のドルゲとやらを連れてこい。主共々土下座して俺の靴をなめろ。謝罪して、このクラブハウスの街で暴れた分を補償しろ。そうすれば大目にみて、俺のパシリにしてやってもいいぞ。俺は優しいからなあ。」
「フン。調子に乗るなよ、モジャモジャ頭。」
「おい、こら!名乗ったんだから、ちゃんと名前で呼べや。誰がモジャモジャだ?」
「おお、これは失礼した。我はあだ名を付けるのが得意でな。
ところでオズボーンよ。オズボーンとは、あのラヴェンダー・ジェット・シティの領主だったオズボーンの家系か?」
「良く知ってるじゃないか。それなら、悪魔が俺の敵だってこともわかるな?」
「理解している。我は直接関わってはいなかったが。
ところで、今頃我らがララーシュタイン軍の別働隊が、王都で宣戦布告をしているはずだ。これからは戦争になる。」
これには船の甲板の女性、メイの方が驚いていた。
「せ、戦争!?叔父様、止めなくちゃ!」
「おう、そうだな。」
「あたし王都に行くわ。フェザーライトを預かるわよ。叔父様はその悪魔と遊んでて。」
フェザーライトと呼ぶ船の脇腹から数条の魔法の矢が飛び、海岸で暴れるスピノサウルスたちを撃ち抜いた。まるで近代の軍艦が大砲を撃つような光景。そして撃ったかと思うと、すぐさまに加速し東の空へ飛び去って行った。船のほうが魔法の矢のようだった。
「おう、行きがけにミサイル置いてくとは、やるねえ。さすが俺の姪っ子。」
オズマは感心しながらも、マッハ男爵に視線を投げかける。マッハ男爵と、その足下、周囲にいる鯨に似たクリーチャーの数と位置を把握。マッハを挑発に掛かる。相当喧嘩馴れしているらしく、まずは精神的な揺さぶりを狙う。
「えーっと。マッハっつったか?
さっきアークデーモンとか言ったっけ?本当はどうなんだ?そんだけ弱っちいと最下級のレッサーデーモンだろう?まあ、せいぜいレッサーの上のネザーデーモンだよな。」
「愚かな。爵位を持つのだ。悪魔のなかでも貴族。アークデーモンだ。」
商業都市クラブハウスの西海岸の海上にて壮絶な魔力のぶつかり合いが起こった。数頭残ったスピノサウルスは、マジックミサイルに怯えつつも旺盛な食欲のため海岸沿いの漁師の作業小屋などを襲いながらオズマを睨む。海中のモササウルスも攻撃型潜水艦のごとく、鳥のように宙を舞うエルフの男を狙うのだった。
フェザーライトを駆るメイが王都に着くと見知った顔がいた。クララだ。しかし箒に乗って飛んでいるのは初めて見るし、一緒に飛んでいるマリアのことも知らない。フェザーライトに向かって手を振るクララにマリアが質問している。
「なあに?あの空飛ぶ帆船みたいなの。クララは知ってるの?」
「はい。『飛行船フェザーライト』。船長も乗組員も知っています。同じパーティではないですが、冒険者仲間みたいなものですね。頼りになる人たちですよ。」
「そう。じゃあ、後で紹介して。まずは王都の宮廷騎士団の詰め所に挨拶に行ってくるから。」
マリアは王城へと降りて行った。第四王子ゴードンとトリスタン達騎士が待っている場所、王城の防壁の櫓の上へ。
「ゴードン王子、トリスタン卿、ご無沙汰しております。大変なことになってしまいましたね。実はセントアイブス近くに新種の大型クリーチャーが現われました。あちらは陸棲の蜥蜴に近い種だったので、レイゾーやガラハドに任せてあるのですが、空を飛べる私達二人で鳥に近い新種を追ってきたのです。まさか悪魔が紛れていて、しかも宣戦布告とは。」
「やあ、マリア。来てくれたんだね。ありがとう。よりによってガウェインがいないタイミングで悪魔が攻めて来るとは思わなかったよ。」
このゴードン王子こそ、AGI METALの旧メンバーである。父のジェフ王が王子の身の心配をした為に連れ戻されたが、しばらくは冒険者パーティの前衛として活躍した実力者。そして、騎士ガウェインは離れた場所にいるが、現行のAGI METALメンバーだ。
「その空を飛べるもう一人と、あの帆が横に付いた大型船は?」
ガンバ男爵の腹に矢を命中させた騎士トリスタンが尋ねた。
「セントアイブス出身の冒険者なの。あの船が降りても良さそうな場所へ誘導したいのだけれど。この城壁に横付けして構わないかしら?」
マリアがフェザーライトへ出向き、暫くすると横に開いて翼のようだった帆を上に向け、普通の洋上帆船の形になった大きな船が地上に舞い降りた。
オズボーンの名前はオジー・オズボーンからです。
跳び方は宇宙刑事。