第37話 ワルプルガ
人気の肉食恐竜は今回ので、だいたい出ましたかねえ。あとはいよいよ次あたりか?
(すでに三体の機械人形を動かしているのだが、四の五の言っている場合ではないな。)
サキはソーサリー呪文を唱え二体のストーンゴーレムを召喚した。大きさは4~5メートル程。肉食恐竜が体長10メートルとしても高さでは半分くらいなので、これで十分対抗できるはず。
「お前たちは、この周辺を歩き、あの大型クリーチャーを見つけ次第始末しろ。」
「「ハイ、マスター。」」
マチコも視界に入る範囲の恐竜は全て片付けたらしい。空を飛んでいった恐竜をどうするかの問題があるが、それはどうしようもないだろう。
恐竜が通ってきた魔法の門がまだ残っている。普通は用が済めばポータルは消えるのだが、長い時間開いているのは、それだけ術者の魔力が強いということだ。これ以上クリーチャーが出てきてはいけないと考え、サキは土の壁を作る魔法でこれを塞いだ。
「マチコ。街に戻ろう。あのクリーチャーどもが街に行っていたら被害が出る。始末せねばならん。馬車も置いてきたしな。」
「そうね。それはそれとして、クララもどうしてるんだか。」
マチコは返事をしながら、馬に乗りサキの背中にピッタリくっつく。ひと暴れした彼女は気が晴れたようだが、その一方でクララのことを心配していた。
そのクララだが。王都ジャカランダの上空でマンティコアと戦っていた。クララが携行する四本組の大型ナイフ『エレメンタルダガー』は地水火風の四大元素の精霊の能力を込めたアーティファクトで、投げつけたりしても風の精霊の力で手許に戻ってくる。空で戦うことなどを前提としたものではないが、空戦にはうってつけの武器と言える。サキとその旧知の魔導士オズボーンの二人によって造られたものだ。クララはその武器の応用力の高さに感謝した。このダガーがなければ戦えまい。突風を起こして怪物の牙を躱し石の盾を造って爪を防ぐ。霧を張って姿を晦まし灼熱の刃で斬り付け、それを逆手に持ち替えるとぶつかる気持ちで刺しに行く。通常ならば大型のモンスターを相手に一人で立ち向かうなどありえないことなのだが、それを互角以上にこなしている。『ルンバ君』の扱いに慣れていれば、さらに有利に戦えるだろう。
そのマンティコアの背に乗っていた悪魔、ガンバ男爵はというと、マリアが対峙している。
「先に騒ぎを起こしておいて宣戦布告とはおかしいでしょうに。待ちなさいな、そこの小悪魔。ララーシュタインと言ったわね?」
「誰が小悪魔だよ?人間風情がなめた口をきくな。」
一般に悪魔は身体が大きいほど力が強い。そしてこのガンバ男爵はそれに当てはまらない。小柄な事を小悪魔と馬鹿にされたと思い虫の居所が悪くなった。
「悪魔風情が人間をなめるんじゃない。ドルゲ・ララーシュタインは四年前に亡くなったバルナックの領主の名でしょう。2世ってどういうことよ?」
「どうこうもあるか。ドルゲ・ララーシュタインの長男、ユージン・ララーシュタインは出来が悪くてな。次男エルンストももうこの世にない。三男が後を継いだ。」
マリアの眼が座った。
「その長男ユージンは三年前に私たちが葬った。次男も四年前に病死したそうじゃない。でも三男がいるなんて初耳だわ。そのドルゲ2世ってのは、どんなペテン師なのかしら?」
ガンバ男爵の肩が震え出した。かなり興奮しているようだ。
「葬っただと?そうか、てめえ、あのAGI METAL とかいうパーティの一人か。じゃあ、聖女ワルプルガってのは、てめえだな?」
マリアは驚愕した。ワルプルガとは彼女の本名である。
「何故、その名を知っている?」
「ははっ、知ってるさぁ。なあ、七人目の魔女よ!泣きながらガラハドを呼んだらどうだ?」
「ふうん、そう。今の一言で随分絞られたわよ?バルナックについたのは何番目?一人くらい味方につけても、あとの五人が見逃さないわ。勿論、私もね。」
「うるせえ。宣戦布告の役目は済んだ。てめえは、この場で殺してやる。」
一触即発の空気の中、地上から無数の矢が放たれる。
「悪魔め!これが答えだ。ミッドガーランドは悪魔になど屈しない。我ら宮廷騎士団が相手になろう。さっさと降りてこい!」
王子ゴードンが騎士団を引き連れ、城の外へ出て来た。そしてゴードンの隣に立つ長髪の騎士が放った矢が、その悪魔の腹に刺さった。
「な、なんだとおおっ!」
「さすがだ。トリスタン。」
隙を逃さずマリアは呪文の詠唱を始める。ペンタグラムの魔法陣が左右の掌に浮かび、両腕を大きく広げた。
「戦争を始めた政治家は嘘を重ね、笑うサタンは黒い翼を翻す。暗闇の中で神の裁きを待つが良い。地を這う豚!」
割れた卵の周りで半狂乱の翼竜たちが王都の住人たちを襲っていたが、そのすぐ横にガンバが落下した。強い衝撃で石畳が凸凹になり舗装されていた通路が台無しだ。そしてガンバだけでなく翼竜たちも巻き込み、大きな重力が掛かり身体を押し潰そうとする。
「グオオオオッ!」
「どう?動けないでしょう。時間が経つと重力は強くなっていくわよ。」
さらに地面がすり鉢状に凹み、アリジゴクの罠に嵌った蟻のように翼竜たちがぺちゃんこになっていく。ガンバ男爵は自分の身体の下に向けて火力呪文を放ち、大爆発が起きて地面ごと自らの身体を吹き飛ばした。プテラノドンたちはとばっちりを喰らって四散したが、ガンバはこれによりマリアの呪文の大重力の束縛から逃れた。
「くそっ、魔女め!」
クララと空中戦に最中だったマンティコアが破れかぶれの体当たりでクララを弾き飛ばすと、すぐにガンバの下へ飛んできてガンバの首根っこを咥える。すると、ガンバはすかさず領域渡りの魔法の門を開き、マンティコアはそれを潜っていった。まんまと逃げられた。
クララは馴れない空中戦を有利に進めながらもマンティコアに致命傷を与えるに及ばず。マリアも、まさかこんな自殺覚悟の大胆な方法で高重力の檻を抜け出すとは思わず、虚を突かれた。
「マリアさん、すみません。止めを刺せず、逃がしてしまいました。」
「いいえ、私のせいよ。貴方はよくやったわ。それよりも、今の悪魔の話、黙っておいてね。ほとんど私とガラハドしか知らないことなのよ。」
クララはてっきりマリアとガラハドの男女間のことが絡むものなのかと思い、二つ返事だ。
「はい、勿論です。あたしは、口数は多くても余計なことは喋りませんよ。」
サキの前から消えたマッハ男爵はバルナック軍の海軍の指揮官として、もう一つの役割を果たすため北へと移動していた。ミッドガーランドの第二の都市、商業の中心地クラブハウスの西海岸にある港を占領するのが目的だ。
バルナックでは急ぎ軍艦を建造中ではあるが、まだ数が足りない。船よりも優先する物があるからだ。一度に数で圧倒することができないバルナック軍を手際よくミッドガーランド島へ上陸させるには港を接収するのが良いと考えたレッド男爵の立案で、現在、鯨によく似た水棲の肉食爬虫類モササウルスと水かきを持つ魚食の最大級の恐竜スピノサウルスを港に放っている。
水棲の恐竜たちは港に出入り、停泊している船を転覆させ、漁船であれば、その積み荷の魚介類を食べ、人間が海に落ちれば、それさえも食糧とした。マッハ男爵配下の下級悪魔たちが船を襲い、船員を海に落とし、人間の血の匂いを恐竜に教えた。港は大混乱である。
クラブハウスは商業都市であるため商人や冒険者たちが幅を利かせ、役人や騎士は疎まれがちのため公的な戦力が不足しているのが不運。ミッドガーランドの水軍は、ウエストガーランドだけでなく、陸続きの北の隣国のノースガーランドにも対する備えであるため、軍港はもっと北の街にあるのだった。水軍の軍艦が出撃して来るにしても時間が掛かる。バルナック側もほとんど戦力らしい戦力は動かしていないのだが、巨大な恐竜たちは住民を恐れさせ、ミッドガーランドの第二の都市が呆気なく蹂躙されていくのだった。
それを見たマッハ男爵は満足気だ。作戦を練ったのはレッド男爵だが、戦果としてはマッハの指揮する海軍が大きいだろう。
「ハハハハハッ、よくやっておるではないか!」
その笑い声を遮るように上空から物音が響いた。帆船の帆を左右に開いたような奇妙な形の船が宙に浮き、その船から火力魔法が降り注ぐ。パタパタと飛び回るレッサーデーモンたちを全て撃ち落とし、
「オイ、コラ、そこの悪魔ァ!うちの取引先を荒らすとは、いい度胸してるじゃないか。謝罪と補償を要求するぞ。」
船の舳先に立つ黒髪の男から怒号が飛ぶ。
マリアの呪文名のネタです。
ブラックサバスの代表曲「ウォーピッグス」
はじめは曲名「ワルプルギス」だったのですが、変更された経緯があります。