第36話 宣戦布告
恐竜ってネタにしやすいようで、意外と難しい。
体長10メートル近いタルボサウルスの口の中に火力呪文を叩き込んだ後、顔面に向けてもう一つ火力呪文を撃つ。
「インシネレート!」
続いてタムラが目を狙って矢を放ち、見事命中。レイゾーが間合いを詰めて顎の下に滑り込み、剣を横一文字に払い腹を裂いた。
「うわっ、くっせええ!」
恐竜の血の匂いが強烈だ。肉食の方が匂うのだろうな。返り血を浴びなくて良かった。出鱈目に動きの俊敏なレイゾーも浴びてはいない。浴びてたらしばらく近寄らない。
「どうしよう。もうこんなの斬りたくない。剣が臭くなる。」
「魔法にすりゃいいんじゃねえかあ?おまえ吟遊詩人なんだからよお。」
「おう、そうだった。ガラハド珍しく冴えてるね。」
「珍しくねえよっ!いつだって冴えてるっての!」
レイゾーがジッと剣を見ている。そして目を大きく見開く。何かを思いついたらしい。
「よし、剣を洗おう。水捻出!」
剣を水で洗い流している。バシャバシャと。いや、そうじゃないだろ。洗いながら鼻歌を歌い始めた。これは・・・天国への階段?
近くにいる恐竜たちが大人しくなっていく。高速道路の騒音のように大きな唸り声が静かになり、やがて横たわり眠った。呼吸音も小さくなり、いや、息の根までが止まった。昇天したのだ。
これが呪文の詠唱の代わりに歌唱で魔法を使う吟遊詩人の能力なんだろうか。なんとも凄まじい。レイゾーを良く知っているガラハド、マリアの二人は半ば呆れている。
「あー、レイゾーがキレたぞー。」
「もう放っといて帰ろうかしら。大型クリーチャーだろうが独りで無双するわよ。」
いやいや、そんなわけにはいかないでしょ。肉食恐竜だ。街に入ったら大変だ。あとどれだけの数いるんだろうか。タムラもそのあたりは気にしているらしい。
「とりあえず、すぐ街に戻ろう。騎士団や冒険者で対応できるのか心配だからな。」
皆そのタムラの意見には賛成して頷くが、どこからかクララと契約した風の精霊ヤンマが現われた。
「クララ、一大事だ。あの蜥蜴っぽい馬鹿でかいクリーチャーなんだが、空を飛ぶものがいる。」
「それは困りましたね。どこを飛んでいるんですか?」
「シドのダンジョンの方向から飛んできて、セントアイブスの手前で回頭して北へ向かって行った。その後もフラフラと向きを変えてる。北の海岸の漁港か、商業都市クラブハウス。ひょっとしたら王都ジャカランダかもしれない。」
それを聞いたマリアは、ストレージャーから箒を取り出した。『ルンバ君』のオリジナルだろう。宙に浮かんだ箒を地面と平行にし、柄に腰かけた。
「クララ、私たちで行きましょう。」
「はい。まだ乗ったことはありませんが、やります。今がその時ですね。」
クララもルンバ君4号を取り出し、ヤンマに頼む。
「ヤンマさん、途中までなら案内できます?」
「勿論だ。一緒に行こう。」
お伽噺の魔女そのものの二人と妖精一柱が飛び立つと、マリアが開いた領域渡りの門へ入り消えた。
「そっちは頼んだわよー。」
さて、こちらに残った4人は、取り急ぎセントアイブスの街へ戻る。領域渡りのポータルを通った。レストラン取調室の近くに出ると、街の西側から喧噪が聞こえる。ガラハド、タムラに急行してもらい、レイゾーと俺は取調室に数名だけ残ったホール係の店員から話を聞くと、怪しいブリキの人形がクリーチャーの出現を知らせに来たのだという。街を守るために戦える者は、領主公邸の騎士も冒険者も取調室の店員もほぼ全員、街の西側で応戦している。西側には三年前のバルナック戦争時に街の防衛用に設けられた簡素な砦が残っているため、そこを防衛拠点として利用しているのだそうだ。丸腰の状態でも、そこに辿り着けば倉庫に多少の武具や井戸がある。シドのダンジョン周辺にいた探索者などもその砦で恐竜相手に籠城戦だ。
「なるほど。では、西の砦に行くよ。」
また領域渡りで西の砦へ移動し、四人が合流するとタムラと共に砦での防衛戦を任された。恐竜の数や習性が分からないため、レイゾーとガラハドは砦の外へ恐竜狩りに打って出る。一頭でも残すと郊外での人的被害に繋がるだろう。全ての恐竜がこの砦を目指して来るのならば、籠城戦だけやっていれば良いのだが。
弓を持ち砦の櫓の上に登ると、そこで応戦中の冒険者から、街や領主ページ公の公邸にまでクリーチャーが押しかけていそうだとの情報を得た。正確な情報だろうか。こうなれば、すぐにこの場を収めて街中に入らなければならない。
俺は地の精霊、ノームのオキナを呼び出した。契約精霊の力を借りてでも早く終わらせたい。
「オキナ、力を貸してくれ。時間が惜しい。地系のソーサリーを使う。」
「ほっほ。いいぞ。存分にやれ。」
相手は知能の低そうな大柄な獣脚類の肉食恐竜。今は砦の櫓にいることだし、俺を狙った反撃はないだろう。余計なことには神経を使わず、大っぴらに正方形のパターンが刻まれた魔法陣を頭上に作り出した。
「緑成す恵みの大地、四季折々の花々と果実、太い枝と蔦に留まる極楽鳥がもたらす福音よ。禍を運ぶ獣を制圧せよ。平穏な深緑!」
大声で呪文を詠唱した。これは広範囲に及ぶ、複数の対象の動きを封じる魔法。ノームのオキナの存在があるので、その能力を借りて一頭でも多くの恐竜を拘束してほしいとの期待を込めて使ってみた。オキナがトレントなどの植物の精霊に働きかけ、協力を得た。
地面がめくれ上がり、土が盛り上がる。液状化した土地に足を取られ、歩けなくなった恐竜たちの胴体に竜のようになった大木の幹が絡まり締め上げる。蔓性の植物は四肢を拘束。鋭い鉤爪を持ったアロサウルスも、敏捷な動きをする二本角のカルノタウルスも捕縛され身動きができなくなった上に大蛇のような植物に巻き付かれ苦しんでいる。
そこへタムラが檄を飛ばす。良いフォローだ。
「毒矢を使え!こいつ等は魔物じゃない。生物だ。毒が効くはずだ。マムシやガラガラヘビの神経毒を持ってきて撃ちこめ!」
どうやら、この砦の周辺の恐竜は制圧できたようだ。もともと大量に魔力を消費する強力な呪文。その上に地の精霊のオキナがいた。郊外にいる恐竜はレイゾー、ガラハドの英雄たちが狩ってくれるだろう。
「タムラさん!此処は頼みます。俺は街中の様子を看てきます。」
「おう、そっち頼む。街に被害がでたら酷いことになるからな。」
この場の恐竜たちの動きは封じたので、おれは単独で再び領域渡りの魔法の門をくぐり、セントアイブスの街中に出たが、其処は修羅場だった。血の匂いが漂う。王都から戻ったばかりの騎士団長ロジャーが指揮を執り、懸命に戦っているが、体長10メートル近い肉食恐竜が急に街中に入り込んでしまったら組織的な軍事行動などできはしない。簡素なレンガや木造の建物は崩れ、逃げられなかった一般市民は餌食となり血の海となっていた。
俺は何をやっているんだ?街を守れないなんて自衛官失格じゃないか!
「畜生!遅かったか!
ショック!ハイドロブラスト!」
ページ公の領事公邸に向かって走りながら、矢を番え弓を引き、攻撃魔法の呪文を撃ちまくったが、街中では派手な火力呪文を使えない。街を燃やしてしまう。
その頃、翼竜のあとを追ったクララとマリアは王都ジャカランダの上空にいた。マンティコアとそれに続く翼竜の群れは、セントアイブスの北東にあるミッドガーランド西海岸の港町とさらにもう少し北にある第二の都市、商業の街クラブハウスを通過し、ジャカランダまで来ていたが、このジャカランダでやっと追いついたのだった。追いついたときには、すでに街からは火の手が上がり、人々が逃げ惑う様子が窺えた。
マンティコアの背に乗った人影が立ち上がった。よく見ると人ではない。頭の両側に巻き角があり、背中には黒い翼が生えている。そして眼下の王城に向かい叫ぶ。
「聴けえっ、ミッドガーランドのジェフ王よ!バルナック領主、ドルゲ・ララーシュタイン2世よりの伝言だァ!
バルナックはミッドガーランドへ宣戦布告する!ミッドガーランドはこれより我らが領土とする。我らの前に跪けば良し。そうでなければ武力によって蹂躙する。今すぐに返答しろ!」
マンティコアは、その太い前脚に抱いていた恐竜の卵を王城と城下町に落とす。プテラノドン、ケツァルコアトルスたちは、自分たちの卵を追って急降下していった。
ティラノサウルスがまだ出てないですねえ。