第35話 開戦
ララーシュタインの軍団が動き出します。
サキとマチコの馬車が街道を抜けセントアイブスの街に到着した。半島の根本にありアザラシのいる海が見える村といっても良いくらいの小さな街は、静かだが近くにラビリンスも多く意外と人の往来は多い。
クララの実家があるとは聞いていたが、二人はこの街を訪れるのは初めてであるため、クララの住まいがどこかまでは分からない。アドレスを頼りに行きついたが留守のようだ。耳木兎のリュウを飛ばしてクララを探させることにし、二人は冒険者ギルドの周辺のバーで情報収集することにした。生真面目なクララのことだから、帰郷してまでミスリルを探しているのだろうと思った。
真昼間であるため、まだ客入りは少ない。探索者であればラビリンスに入り、一般の職業であっても汗して労働している時間であろう。ただ、その分、店員とは落ち着いて話ができた。南にあるテオのダンジョンでつい最近オーバーランが起こったことや、この付近では魔物が増え気味なこと、詳細については街の南端のレストラン『取調室』で訊けば良いことを教えてもらった。
マチコにとっては、その取調室のメニューが気になるらしい。
「ラーメンにカツ丼って、元の私の世界、グローブの食べ物よ。それも作るのに手間が掛かるものなの。食べないと後悔するわ。きっと異世界人がやっている店よ。日本人の可能性高いわね。」
「まあ、それも興味深いが。あの戦争の英雄がいるかもしれないというなら、是非会ってみよう。クララも興味を持つだろうからな。そこにいるんじゃないか?」
しかし、街中を移動中にリュウが引き返してきた。珍しく慌てているようで羽音をたててサキの肩に止まる。
「マスター、大型クリーチャーの気配!」
「なに!どこだ?」
「西から。西のダンジョンのさらに向こう。」
「サキ、行きましょ。」
サキは召喚ではなく、ストレージャーから三体の機械人形を出し、リュウに命令した。街の人たち、とくに冒険者ギルドと領主の館に知らせ、警戒、避難をするようにと。機械人形はアーティファクトクリーチャー。術者の魔力によって起動するアーティファクトであり生物のように自律的に動く。しかも人型をしており、言葉を発し、簡単な道具も使える。銀色の機体は、まるでオズの魔法使いに登場するブリキの木こりのようである。戦闘時には斧などを持たせているが、今は大型クリーチャーの出現を知らせることが目的のため丸腰だ。
リュウは領主の館の騎士団の詰め所へ。機械人形はそれぞれ、領主の館、冒険者ギルド、先程のバーへと有事を知らせに行った。怪しまれないかは気になるが、それどころではない。
サキとマチコは馬車をその場に置き、馬の背に二人で乗り急いで馬の脇腹を蹴り西へ向かう。馬に揺られながら西の空を見上げると、鳥の群れのような影が。先頭には人食い怪物が飛んでいる。背中には人影か。そして、マンティコアの獅子のような腕が、なにやら丸い物を抱えている。それは恐竜の卵だった。卵を持ち去られた翼竜、プテラノドンに、さらに大きく首が長いケツァルコアトルスが後を追っているのだった。
「なによ、アレ。恐竜じゃないの。ハリウッド映画じゃあるまいし。」
マチコは驚くが、すぐにサキに説明する。
「あれはグローブの生き物よ。ただし、古代のね。もう何百万年も前に滅んだはずの生物。それがユーロックスにいるなんて。誰か、魔法使いの悪意以外にないわねえ。」
「その生物の卵を盗んで来たようだな。怒って追っているんだ。」
「人のいないとこに行きなさいよ、まったく。卵を返せば許してくれるかしら。恐竜の脳ミソはミートボールくらいしかないって聞いてるから、無理っぽいなあ。」
しかし、空を飛ぶ相手では分が悪い。どうやって卵を放棄させれば良いものか。サキが考えあぐねているうちに、マンティコアは左に、北の方角へ方向転換し加速する。セントアイブスとは違う場所を目指すようだ。
どう判断したら良いか、サキは迷っていた。翼竜の群れは違う方向へ飛び去ろうとしているが、そちらにも人がいるかもしれない。だが、対抗策もない。召喚士、呪術師、白魔導士として地系の魔法を得意とするサキには、飛び道具系の攻撃魔法がほとんどない。ゴーレムのタロスと投擲武器が得意のクララがいれば、投石などで対応はできるが、今の状況では、ないものねだりだろう。なんとも歯がゆい気持ちだった。
「マチコ。リュウが言っていたのは、あれじゃない。あれも関係しているのだろうが、本筋ではない。ひとまず、このまま西を目指して走るぞ。」
セントアイブスはガーランド群島で一番大きなミッドガーランド島、その南西に突き出る半島の付け根に位置する街。東のほうが海に近いが、西の方向でもいくらか進むとやがて海に出る。しかも地形が緩やかであまり高低差もないため、西の海岸までもそれほどの時間は掛からない。街と海岸の丁度中間あたりに西のダンジョンとも呼ばれるシドのダンジョンがあり、それを通りすぎたあたりで草原に奇妙なものが見えた。
冒険者の長距離移動手段領域渡りの魔法の門らしい黒いカーテンのようなものだが、常識はずれに大きい。高さ10メートル、横幅6メートル程だろうか。あんな大きな門を作れるのは、相当強大な魔力をもった魔法使いであろう。
その近くに立つ人影は、身長3メートル前後。いや、人影ではない。人ではないだろう。赤と黒の衣装に身を包んだ細身の二本足で直立するヤギ。悪魔だった。ララーシュタインの配下、海軍の将マッハ男爵である。右手を上に挙げ、振り下ろすと、ポータルからは陸棲の恐竜たちが歩み出る。まずは動きの速いディノニクス。顎の大きなタルボサウルス、大型のギガノトサウルスと続く。
「さあ!此処には、おまえたちの餌となる人間どもが大勢いるぞ。存分に食うがよい!」
恐竜たちは頭を持ち上げ上に向くと周囲の匂いを嗅ぎ、サキたちに向かって走り出した。
「拙いな。新手のクリーチャーでは、対処法が確立していない。力任せにいくか、いろいろ試すか、だな。」
「サキ。馬を逃がす?食べられちゃうわよ~。」
「逃げ切れるか?恐竜とやらの動きが分からんが、歩幅からして無理じゃないのか?」
「じゃあ、サキは馬上で戦ってちょうだい。あたし、降りるわね。」
「ああ、頼むよ。無理はしないように。」
サキの心配を他所にマチコは喜々としている。普段はほとんど使わない武具を試せるせいかもしれない。日本で女子プロレスラーだったマチコは、肌の露出こそないが、スポーツウェアのような服装で防御よりも動きやすさ重視の装備だ。恐竜に嚙まれたら即死だと思われる。ただ、手足には特殊なアーティファクトを着けている。雷撃の手甲、土石流の靴。サキと旧知の魔導士が共同で造ったもので、マチコが最も信頼する対大物用の攻防一体の武器。普通に人間や人間並みの大きさの魔物であれば、投げ技と肘膝の当身を得意とするので、徒手空拳で戦うのだが、巨大生物が相手となればアーティファクトを利用する。マチコに言わせれば、人の道に外れるわけでもなし観客を沸かせるためには凶器でも反則でもなんでもあり、なのだ。
「サンダーボルトウィップ!」
大きな衝撃音とともに鞭状になった雷が恐竜に叩きつけられ、巨体が次々と黒こげになり倒れていく。恐竜はマチコに近づくこともできない。
サキは、有効に魔法を使う。マチコを守るための防御壁やスタミナ強化などの補助呪文を使ったあとは、とんでもない大きさの衝き槍や戦斧を周辺の岩から造りだし、馬上から恐竜に攻撃を加える。振りかざして隙ができたかと思えば、すぐに次の槍や剣が出てきては消える。馬術も見事なもので騎兵としてかなりの腕前をもっているようだ。二人とも腰にサーベルを帯刀しているのだが、これらは飾りなのだろうか?
勇敢に戦う二人ではあるが、一体、また一体と恐竜が倒される度に、散り散りに逃げていく。馬を駆るサキが追いかけるが、手に負える数ではない。また倒そうとも、それ以上にポータルから出て来るのだった。恐竜を諦め、悪魔を倒すことに注力しようとポータルを目指すが、悪魔の背には蝙蝠のような翼があるのだった。上空に飛び上がった悪魔は胸の前に腕を組んだままサキに問う。
「我は魔王ララーシュタインの軍団の海軍の将、マッハ男爵。汝の名を訊こう。」
「私は冒険者で自由民だ。冒険者パーティ『シルヴァホエール』のリーダー、サキ。マスターオブパペッツとも呼ばれている。貴様らの目的はなんだ?」
「ミッドガーランドの国に対する正式なものは、今頃、同胞の空軍の将、ガンバ男爵がやっておろうが、今日は宣戦布告だ。旧ウエストガーランドのバルナック領の領主ドルゲ・ララーシュタイン2世はミッドガーランドに侵攻する。汝、自由民ならば、ミッドガーランドの民ではないな。侵攻の対象ではないが、邪魔するならば容赦はせん。ミッドガーランドから立ち去れ。」
「断る。この国には多少の縁があるのでな。」
「そうであるか。では、後日、戦場で相まみえることもあるかもしれんな。」
マッハ男爵は飛び去った。サキは岩の槍を投げつけるが、当たらなかった。
この少し後、俺たち『AGI METAL』がテオのダンジョンから出てくると、いきなり恐竜と出くわした。大きな口を開け鋭い歯を見せつけるタルボサウルスだ。
「うえっ、恐竜?うっそお!」
レイゾーや他のメンバーは驚くが、子供の頃から怪獣映画を観ては大砲を撃ち込んでやりたいと思っていた俺は、迷いなくインスタント呪文を唱えていた。10式戦車の滑腔砲でないのが残念でならない。
「パイロブラスト!」
ミッドガーランドはイギリスがモデル。
ララーシュタインの領地バルナックはドイツっぽくしています。