第34話 服従
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残ったレッサーデーモンを数えてみると、たった四体。もともと群れていたのだ。どれくらいいたのか知らないが、悪魔の死体の数える気にもならない。その生き残りの一番近いものにレイゾーが剣を向ける。喉元に刃が当たっている。
「僕の剣は防げない。この距離じゃなくてもね。」
「じゃあ、質問させてもらうわよ。ガーランドの英雄は躊躇わずに剣を振るうから、素直に応じなさい。」
レッサーデーモンの一体が口を開いた。一歩奥にいた個体だ。
「人間ごときが、調子にっ!ぐえっ!」
ガラハドの蹴りが頭に入った。踵落としがヤギの角を折り頭骨を砕く。しかし、それと同時にレイゾーの剣も水平に動き、同じ個体の延髄を斬っていた。そしてすぐに元の一番近いデーモンの急所を狙う位置へ戻る。さらに驚いたことに音がしない。
「あと3匹ね。全部地獄へ送り返すことにならないかしら?」
「おう、おめえら。さっさと吐いちまえよ。俺たちゃ気が短いんでな。」
ガラハドが普段よりも低い声で煽る。
「何故、悪魔がゴキブリのようにホイホイ湧いて出るのか、答えなさい。誰かに召喚された?」
「くっ、殺せ!」
「あら、そう。一匹だけ残して片付けていいわよ。」
レイゾーが一体、ガラハドがもう一体の首を刎ね、頭を潰す。
「思った以上にオツムが弱いわねえ。理解できるかしら?
精霊ならば、取引、契約、加護。悪魔ならば、取引、契約、盟約。人間が精霊魔術や黒魔術を使ううえでの霊的存在との関わり方なんだけど、それ以外にもあるのよね、悪魔には。一つは憑依。悪魔が人間の精神と身体を乗っ取ること。もう一つは、その逆で『服従』。私に服従してもらうわよ。」
「そんなことができるものか。人間が悪魔を従えるなど。」
マリアは黙って円陣の真ん中に十字架を含む直径3メートル程の魔法陣を出した。四極魔術を使う為のものだ。その魔法陣から浮き出るように大きな身体の悪魔が現れる。筋骨隆々として太い角や厚い翼が黒光りしている。
「ま、まさか!上位種を!」
「そのまさかよ。マノン。ちょっと可愛がっておあげなさいな。こっちの質問に答えたくなるまでね。」
マリアが召喚し、マノンと呼んだのはグレーターデーモン。レッサーデーモンより三階級格上の悪魔である。マノンが指一本動かすわけでもなく、ただ睨むとレッサーデーモンが苦しみだした。
「汝、我が主人に逆らうか?幾つかの質問に答えるだけで見逃してやろうというのだが?」
「わ、分かりました。どのような?」
「聞いておらなんだか?すぐに消されたいのか?何故、汝ら下級悪魔がこのダンジョンに現れるようになったか答えよ。」
マノンが抑揚のない声で尋問するとレッサーデーモンが観念して喋りだした。三年前に西の地に上位階級のデーモンが実体化し、その周囲半径数百キロのラビリンスオブドゥーム、マナプール、魔物などがその影響を受けたが、その上位階級のデーモンの活動が最近活発になった為、釣られてこのダンジョンも動きが激しいのだという。また、つい最近何者かが上位のデーモンを呼び出した際、赤い月の裏側と、その同じ西の地を繋いだ魔法の門が長い時間開きっ放しになったことから、予想外の悪魔や魔物も西の地に実体化したとのことだった。続いてレイゾーが質問を詰めていく。
「西の地とは、ウエストガーランドの空白地帯のことか?三年前に実体化したデーモンとは具体的になんだ?三年前から今もずっといるんだな?」
「フン、我のような下級悪魔には分からんわ。だが、西の地とは、おそらく、その空白地帯であろうな。方向は合っている。」
あとは、たいしたことは知らないらしい。貴重な情報ではあるが、細部まで期待できなかった。
「下級悪魔なんて生かしておきたくはないけれど、約束は約束ね。」
マリアが送還の呪文を唱える。召喚とは逆の過程で霊的な存在となった悪魔の魂は赤い月に送られ、身体を実体化するための依り代として贄にされた人間の死体、おそらく冒険者の骸が残された。
身元が分かっているのならば、地上に連れ帰ってやりたいところだが、損傷が酷い。悪魔の実体化の贄となった者の遺体となれば忌み嫌われるかもしれない。焼くことになった。こういう時に重宝する五芒星魔術の呪文がある。赤と白のマナによるマルチカラーの魔法。死体の再生や悪用を防ぐものだ。ゾンビ化させない。
「クッキー。魔法陣を小さく作る練習を兼ねてやってみて。ペンタグラムのマルチといっても大量のマナは必要ないインスタント呪文よ。」
「はい。火葬!」
直径5センチ程だろうか。掌にすっぽり覆えるくらいの大きさに絞った二重の魔法陣を出し、その中心から火の球が飛ぶ。さすが魔導士しか使えないという超高等魔術の一つ。衝撃などよりも強力。すぐに死体を焼いた。
レイゾーは目を閉じ合掌している。俺もそれに倣った。
ちなみにレッサーデーモンなどはクリーチャーではなくモンスターであるため、死体は残らずマナに還元され、トークンを戦利品として落とすのみ。下級の悪魔では、他のドロップアイテムもあまり期待できないようだ。
「新しく議題ができたけどね、サクッとこの階層を探索してマナプールを潰しておこうか。さっさと帰って対策を練ろうよ。まさか12階層まではないだろうな。」
その頃、話題の西の空白地帯バルナックでは、ララーシュタインの部下たちがミッドガーランドへ向けて軍事侵攻の準備を進めていた。レッド、マッハ、ガンバの三男爵が開戦の火蓋を切ることになるわけだ。
作戦を立案したレッド男爵が真っ先に戦場へ赴きたいところではあるが、彼は前線の指揮をマッハ男爵に任せることにした。指揮といっても実際には特にやることもなし。バルナックに留まり果たすべき役割もレッドにはあった。本来ならば戦力外の戦力をバルナック領内で纏め、東のミッドガーランドへ送り出すことである。
ミッドガーランドへ先に侵入したマッハがそれを見届ければ、あとは戦力外の戦力を好きに暴れさせてやれば良い。予備戦力の投入を担うガンバの方が、よほど忙しそうであった。
「マッハよ、おまえはミッドガーランドに潜入したら、フィールドウォークのポータルを開き口を大きくしておけば良い。あとは私がそこへ戦力を送る。」
「潜入するだけか。移動の確認をしたら、もう何もやることがない。楽だが退屈な役だな。」
「まあ、そう言うな。これは宣戦布告して、後の陸海軍の上陸地点を確保するのが、目的だ。そこからが本番で、おまえが暴れる機会は存分にあるだろう。」
「まあ、そうであれば良い。今回の作戦での我が海軍の軍勢はすでに出発させた。ガンバの空軍もすぐに進軍を始めるだろう。」
ガンバ男爵の率いる空軍は、今回の侵攻では主戦力ではないが、ミッドガーランドに揺さぶりを掛ける意味では重要である。航空機など存在しないこの世界で制空権を握るとはどういう意味か、理解できる者は数少ない。ユーロックスの空はララーシュタインの物であると宣言するのだ。
ガンバ男爵は人を喰らう魔物の群れの先頭の背に乗り、部下たちに号令を掛ける。いよいよ進軍開始。
その様子を城塞の塔の上から見下ろすララーシュタインと熟年の魔女。
「ガンバは荷物を途中で落としたりしないかねえ?」
「三男爵の中では未熟だが、そこまで間抜けではないだろう。ばば様は心配性だ。」
「いや、占いの邪魔者の中にマリアやガラハドがいるのはねえ。どうしたって気になるだろうさ。」
マリアが服従させているグレーターデーモン「マノン」のネーミングは
「巨神ゴーグ」からです。