第31話 契約
「ジーン君、危ないですよ~。独りで突出しないでくださいね。」
クララが持っていた手槍をオオトカゲの足下に投げつけると、前脚を串刺しにして穂先は床面に突き刺さり蜥蜴一匹の動きを封じた。続いて腰に帯刀した四本のダガーのうちの一本を抜くと何処からか突風が起こる。一瞬クリーチャーの動きが止まると、ダガーを二本持ちにしてバレエダンサーがクルクルと回転するようにして蛙、蜥蜴の間を縫って走り抜け、ビニールのように光る皮膚とその内側の肉を切り刻んでいった。
「火霊波!」
「ジーン、こっちへ戻って!」
俺はジーンの近くにいるクリーチャーから狙って火力を叩き込む。その隣でジーンを連れ戻そうとレイチェルが声を出す。
仕方がない。クララの腕前が凄いのは分かっているし信用していないわけでもないが、前に出た。カエルの舌が伸びるとすると間合いがどれくらいになるのか予想がつかない。とにかくジーンよりも前へ。クリーチャーとジーンの間に入って盾になることだ。短槍を両手に持ち、穂先で衝くよりも柄で蛙の舌や蜥蜴の爪を捌き、隙をみてはインスタント呪文を撃つ。これを繰り返すうちにクリーチャーの数は減っていき、最後のオオトカゲ一匹は、ジーンが尾を踏みつけ剣を凪ぐと尻尾を切り離して逃げていった。
「ジーン、また勝手なことをして。クッキーさんとクララさんに謝りなさい。」
「う、ご、ごめんなさい。」
しっかり者の姉レイチェルに叱られシュンとするジーンだがその頭の上にスプライトたちが集まってくる。
「オイラにまかせてくれって。最初に声かけたんだしさぁ。」
「あんたじゃ頼りないのよ。年長者に任せたらどうなの?」
「いや、ちょっと待てよ。四人とも資質ありだよ。凄いね、この人間たち。」
何やら妖精たちが揉めている。と、思ったらスプライトはクララとレイチェルの頭にも。俺のもとにはノームが寄ってきた。
「よお、丈夫そうなあんちゃん。地系の魔法が使えるよなぁ。ワシ等の一人と契約しないか?ワシ等ノームは地の精霊。契約すれば、魔法が強くなる。ワシ等もあんたの魔力から力を得る。共生ってヤツなんだがどうだい?」
「え?四大元素の地の精霊?魔法使いとして精霊と契約ってこと?」
「そうじゃよ。そう言うとる。
いいかい、あんちゃん。精霊魔術や一部の四極魔術の魔法を使う場合、状況によってマナを利用するか、精霊と一時的な取引で、精霊が力を貸して魔法が発動するんじゃよ。
マナがあればマナで。近くに精霊がいるか召喚されるか等、精霊が力を貸せれば精霊がやる。どちらも駄目ならば、魔法は上手く使えない。
しかし、契約しておれば、マナがない場合も、すぐに精霊召喚して精霊の力を使って魔法が発動する。安定して精霊魔術が使えるわけじゃ。そして安定するだけじゃなくパワーもあるぞ、と。
そして、呪文でなくともアーティファクトやマジックアイテムの使用でも精霊が力を貸すようになるからな。魔法使いでなくとも、高い魔力を持つ者は精霊と契約しておくと得じゃ。」
クララを見ると無言で頷いた。クララも同じ理由で蜻蛉の羽根のスプライトにせまられているようだ。これはマリアさんに教わった精霊や天使、悪魔との契約や加護ってヤツだろう。こんな処で精霊と契約とは、棚から牡丹餅だ。
「わ、分かった。頼みます。魔法の修行中の身なので、光栄ですよ。俺の魔力が役に立つなら使ってください。」
ノームの言う事には、精霊との契約には魔法陣を展開し、契約者がその陣の中心に入らなければならないらしい。四人とも魔力が高く、精霊と契約する資質はあるが、この場に魔法使いが一人もいなければ契約できないところだったと。それでノームはまず俺に魔法が使えるかと訊いたのか。
兎にも角にも、まず俺自身が四大元素を表すスクエアの魔法陣を作って、その中心に立ち、地の精霊ノームとの契約をする。契約といっても、こちらでは何もやることはない。魔法陣を作り、その中に入るだけ。手続きのような何かは、精霊のほうがやってくれる。ただ、最後に精霊から名前を付けろと言われた。考えるのも一寸面倒だし、呼びやすければ良いか、と単純なものにした。白い髭をたくわえた小さなお爺さんといった容貌なので『オキナ』と名付けた。本当に白雪姫の七人の小人のイメージそのものなのだ。あと六柱契約できないだろうか。いや、白雪姫になりたいわけではない。
そして、もう一度スクエアの魔法陣を作るとクララが真ん中に立つ。蜻蛉の羽根を持ったスプライトは風の精霊だそうで、その契約を果たしたクララは精霊に『ヤンマ』と名付けた。発想が俺と近いので、思わず苦笑いしてしまった。『V3』じゃなくて良かった。知るはずもないが。
同様にレイチェルが蝶の羽根のスプライトで水の精霊『アゲハ』と契約。これから魔法を勉強しないといけないだろうな。しかし水の魔法が強化されるとは頼もしい。
それから、ジーンなんだが。カナブンのようなスプライトが契約ではなく加護をもたらすという。ただ、スクエアではなくダイヤグラムの魔法陣を作るように指示された。カナブン、ではなく蛍のスプライトは光の精霊だと言うのだ。蛍だったのか。カナブンだと思っていた。加護となると取引、契約のさらに格上になるが、精霊の協力で魔法が強くなるだけではない。精霊そのものが、魔除けとなりジーンを災厄から護るのだそうだ。ジーンには、さらに光以外にも加護を受けられるものがありそうだとも。ジーンは、実は凄い才能を持っているのではないだろうか?その蛍の妖精は、他のスプライトと比べても若く小さかったので『マメゾウ』と名付けられた。一寸不満そうではあるが。
「やっぱちっちゃいのは豆だよ。マメゾウ。嫌ならノミゾウにしちゃうぞ。」
「それはやめて~。うう、マメゾウでいいです。」
さらに驚くことをオキナが告げた。俺自身のことなのだが。
「クッキー。お前さん、実は風も水も契約できる素養がある。だが、火と地が強すぎて風と水を妨げてしまっている。いっそ尖って火と地を集中的に鍛えたほうが面白そうなんじゃ。」
どうやら俺は本当に火力寄りのキャラらしい。守りは捨てて攻めるだけで勝負しろと?
「このダンジョンのもっと深い処まで進め。火蜥蜴が棲んでおる。火の精霊じゃ。」
この火蜥蜴にはクララが敏感に反応した。
(なんということでしょう。これでクッキーさんが火の精霊と契約して、うちのパーティに入ったら、タロスの火力は相当強力なものになりますね。)
「クッキーさん、行きましょう!」
「いや、行きましょうったって今すぐは無理でしょ。ジーンとレイチェルどうすんの。」
「なんとかなります。ジーン君は光の精霊が守ってくれますし。」
「イケイケだな、おい。」
馬鹿なやり取りにレイチェルが隣であきれ返っているが、まずは探索者ギルドの講習で使う演習場を借りて精霊魔術を試そうとクララを説得し、シドのダンジョンを出たのだった。講習をやっていない日ならば、マリアの講習の時の弓の射場を借りられるだろう。
一方、空白地帯のララーシュタインの下には三男爵が訪れていた。レッド男爵を真ん中にして並び跪く。
「上申とは、何か?」
「作戦を立案したいのです。切り札となるべきものが、現在はテスト段階でございます。そして艦船もまだ建造中で数が足りておりません。先遣として現状の戦力、いえ、戦力外のものを使い、今すぐにでもミッドガーランドを混乱させる作戦。もとより戦力外ですので、万が一の失敗があっても我が軍には何も損はないのです。費用対効果で大きな期待を持てましょう。」
レッド男爵は静かに、しかし自信に満ちて堂々と話す。三男爵での上申としているが、この発案はもともと彼のものである。内心鼻高々に違いない。
「安上りな手を考えたというのか。」
「はっ、同時に陸軍主力を送り込むための上陸地点を確保します。」
「それが宣戦布告ということになるのか?」
ララーシュタインは、初戦としての華々しい戦果と後の権力者、覇者として権威の示し方を気にしているのだった。
「見た目はかなり派手なものとなります。ミッドガーランドだけでなく、大陸の各国にも脅威と恐怖を与えるでしょう。」
ララーシュタインの眉がピクリと動いた。何か思うところがあったか。
「ほう。大陸にもか。では、具体的に話せ。」
妖精たちのネーミングはミクロイドSからです。
ミクロイドSでは、まめぞう はカブトムシですが。