第30話 王子
サキとマチコが乗った馬車は王都ジャカランダの南側の街道を西に進んでいる。ミッドガーランドの南部は高い山はなく河川以外は、地形の変化に乏しい。視界を遮る物は樹木くらいなので、かなり遠くまで見渡せる。そして六騎の騎馬がゆっくり前方を横切るのが見えた。南へ向かっているようだ。
「冒険者か?南に何かあるのか?」
「海が近いから漁村ならあるんじゃないかしら。ガーランドではよく魚介類を食べるらしいわ。」
「またすぐに食べることに結び付けるな。もう腹が減ったのか?」
「いいじゃない。このダイナマイトボディを保つためには食べなきゃいけないのよ。」
マチコは自分の胸をサキの顔に押し付ける。サキもまんざらではない。もう文句一つ言わない。
まあ、のどかな風景だった。少なくとも今のところは。騎馬と言っても大きな衝槍などは持たず甲冑も軽装だ。しかし、四方の警戒はしているようで、こちらの馬車にも当然気づいている様子だ。その六騎の騎馬が急に駈歩で走り出した。
その進行方向へ目を遣ると大きな直立歩行の魔物がいた。2メートル越えの背丈で太い手足。大きな鼻に赤い顎鬚。3体のトロールだ。冒険者らしい騎馬隊は縦一列の編隊を成し迷う事なく突き進む。そしてトロールたちの周りを取り囲み、そのままグルグルと回り続ける。
戸惑い動けないトロールたち。やがて騎馬の一人が馬上で弓を構え、走りながら射る。不安定な状態で当たりはしないだろうとサキは高を括って見物していたが、見事に一体のトロールの頭部を捉えた。矢を受けたトロールが仰向けに倒れ、残りの二体は慌てて別々の方向へ逃げ出した。
六騎の中でも一番小柄な男がすぐに反応。手綱を引いて馬の向きを変えさせ、剣を抜いて一体のトロールに近づき背中を斬りつけた。トロールが仰け反るとそのまま腕、首筋をに刃を添わせる。馬に乗っているからこそ届く高さだが、まず馬を操るのがたいへんだ。かなりの手練れと言えるだろう。
そして、もう一体は馬車に向かって走ってくる。ただ移動中のこんなところで魔物と戦っても何も得るものはないのだが、降りかかる火の粉は払わねばならない。
「サキ。あたしが片付けようか?」
「いや、服が汚れるだろう?私がやろう。」
マチコがサキの横から声を掛けたが、早々にサキは呪文の詠唱を始めた。
「遠い過去からの天災地動の残響を聴き土塊から生まれたる。召喚ストーンゴーレム!」
馬車とトロールの間、地面が揺れ、土が盛り上がったかと思うと高さ4メートルほどの石の巨人が土竜が地表に顔を出すかのように現れた。騎馬も馬車の馬も驚いて逃げようとするのを宥めるのが、地味にたいへんな作業だ。しかし、ゴーレムは馬には全く構うことなく、地表へ這い出ると真っ直ぐトロールに向かい歩く。
トロールもゴーレムに気付いてはいるが、そのまま走り上半身を捻って振りかぶる。どうやらゴーレムと勝負するつもりらしい。ゴーレムのほうが頭二つ分くらいも大きいのだが。
「サキ!ボディ来るわよ!」
「おう、大丈夫だ。」
トロールの拳を腹に受けたゴーレムだが、怯まない。そのトロールの腕を脇に挟んで逃げられなくして、もう片方の腕でトロールの顔面に一撃を加えた。トロールはおぞましい魔物であるが、ストーンゴーレムとは質量差があり過ぎた。おまけに昼間明るい場所では動きが鈍くなるという弱点もあるため、サキが呼び出したストーンゴーレムには対抗できるはずもなく。ゴーレムの岩の拳がトロールの頭を打ち付けると鈍い音を発し、数度繰り返すとトロールは伏して動かなくなった。
騎馬隊が馬を引いて歩いて近づいてくるため、サキはゴーレムを土に還す。騎馬隊の先頭にいるのは剣技の冴える小柄な男。よく見ると、まだ少年だ。そしてすぐに弓で最初にトロールを仕留めた長身の男が追い付いて横に並ぶ。その弓の男が落ち着いた声で話し出した。
「お怪我はございませんか?驚かせてしまって申し訳ございません。お詫びとお礼を申し上げます。トロールを退治していただき有難うございました。当方は王都の宮廷騎士団です。最近は魔物が頻繁に出現いたしますので、見廻りの最中でした。一般の方を巻き添えにしてしまうかと肝を冷やしましたが、まさかゴーレムを使役なさるとは。」
「凄いですね。ゴーレムは初めて見ましたよ。冒険者ですか?差し支えなければ王都に寄っていってください。お礼もしたいですし、是非お話をうかがいたい。」
「アラン様、面白がっていてはなりませんよ。お礼の気持ちよりもご興味の方が勝っておりませんか?旅のお方にご迷惑なのでは?」
「ああ、ごめんよ、トリスタン。浮かれてしまったね。」
どうやら高い身分の子息に、その従者であるようだ。
サキは思い当たった。これは失礼があってはならないだろうと考え、マチコを促して馬車の御者台から降り、騎馬隊の前に跪いた。
(たしかアランという名は王家の末っ子。他の兄弟とは腹違いだが、快活な優良児と聞いたことがある。トリスタンとは宮廷騎士団のエースの一人だ。)
「いえ、とんでもないことでございます。こちらこそパトロールのお邪魔をしてしまいました。お詫び申し上げます。トロールの討伐、お見事でした。連携の取れた騎馬の動き、剣も弓も相当な腕前であろうと考えます。見惚れてしまいました。そして、お察しのとおり、私どもは冒険者ですが、現在別行動の仲間と合流するためセントアイブスへ向かう途中でございます。」
「セントアイブスですか。我が兄も3年前には冒険者として其処に滞在しておりました。良い処だと聞いています。」
アランは冒険者という言葉に敏感らしい。サキが口をきいたことがうれしそうだ。
「アラン様、あまり引き留めても。」
「ん。私はアラン・グレイシーです。もし良かったら名を教えてください。」
「サキ・ヴィシュヌと申します。連れはマチコ・エンジョウです。」
「いつか、お手すきになられましたら、是非王都にお寄りください。この街道を真っ直ぐ進めばセントアイブスです。どうかお気をつけて。本当にありがとうございました。」
「失礼ながら、お伺いしてもよろしいでしょうか?私どもは希少金属ミスリルと、オズボーンという人物を探しております。ご存知ではありませんか?」
「残念ですが、それは分かりません。」
トリスタンも他の騎士たちも首を横に振った。
サキたちは再び歩を進める。たいした時間的なロスはないし、王家に顔を売ったと考えればむしろプラスか。しかし、タロスの修復のことが頭の片隅に常にあるのだった。
おそらくアランは14~15歳くらいだろう。従者の騎士をつれて王都周辺を警戒していることを考えれば、すでに成人しているか。だとすれば15歳以上。
「マチコ。あのアランという王子、ハッキリとは身分を明かさなかったが、将来が楽しみだな。」
「えっ、あの子、王子様なの?」
「なんだ、分からなかったのか。それで黙っていたんだな。彼はミドルネームを名乗らなかったが『アラン・ガーランド・グレイシー』だろう。王家、グレイシー家の五男だよ。あの従者も有名人だ。トリスタンと言えば弓の名手だよ。」
「まさか、お偉いさんが自分で王都の周辺の見廻りをするなんて思わなかったわ。」
「いや、だからグレイシー家は優秀だしミッドガーランドは大きな国になったんだ。落ち着いたら本当に王都を訪ねて、あの王子に近づくのも面白いかもしれんな。」
そして、その優秀なグレイシー家の兄が滞在していたこともあるセントアイブスでは、今も規模は小さいが警戒態勢が続いていた。街付近のマナの流れに異常があり、迷宮でのマナ暴走などが起きやすい状況だ。
そんな中で、街の郊外西側にあるシドのダンジョンを探索している。探索とはいっても、今回はレイチェル、ジーンの二人を鍛えるのが目的の一つになっているため程々の魔物を倒すことが多くなるだろう。しかし、こんな時にクララはとてもいい働きをしてくれる。まあ、クララがいなければレイチェルとジーンを連れてダンジョンに入ることもなかったが。
クララが単独先行してダンジョンの奥の様子を探り、魔物を発見しては戻り、種類や数を知らせることで効率よく危険を避け、狩れる魔物を狩っていく。レイチェル、ジーンに魔物の攻撃が当たりそうだと思えば、インスタント呪文で対応し魔物の動きを妨害する。クララが二人を守りつつ、いくらか弱らせると両脇に並んだ二人がすかさず止めを刺しに行く。探索者、冒険者のパーティというのは、こういったそれぞれの個性や能力を活かしていくものだというのが、ギルドの座学ではなく実践として勉強できた。
しかし、自分自身も強くならなければ。どうやら自分の職能や扱う魔法の呪文、武具などを考慮すると、実力の程はさておき、かなり攻撃よりで防御面はスカスカのようである。それはそれでパーティ全体で考えてバランスを取る事なのかもしれない。だが、今回はレイチェルやジーンを守らなければならないし、今回のこのパーティ、正確にはレイドでは、一番危険なのはクララである。彼女も守らなければならない。シドのダンジョンの低階層を歩き周りながら、どうすべきか考えた。
他の人に比べての自分の利点は、ウィザードなので、鍛錬次第では、かなりの種類の魔法が使えるようになりそうだということ。そしてインスタント呪文がそれなりに強力であるらしいこと。格闘戦に関しては、自衛隊格闘術でナイフや徒手空拳を使えるが、一番得意なのは銃剣道を元にした槍での突きなので、いざという時に前に出れば良い。やはり後衛としての役割になりそうか。将来的にいろいろな呪文を使えるようになるとしても、いつのことか分からない。どんな魔法から優先していくか。正解とは言えないかもしれないが、自分なりの答えを出した。『返し技』だ。『カウンター呪文』ならば、攻防一体の動きができる。インスタント呪文であるので、覚えられそうな気がする。
そんなことを考えながら2階層のマナプールへ来ると、先客がいたようだ。戦闘が行われている。クリーチャーのジャイアントフロッグとオオトカゲの団体。相手になっているのは、背中に蝶や蜻蛉の羽根の付いたフィギュアのような妖精スプライトと白雪姫に出てくる七人の小人のような妖精のノームたちだ。どう見てもカエルの餌になりそうだが、魔法で応戦している。スプライトの一体が俺たちを見つけ、ジーンの後ろにサッと隠れた。
「あっ、いいとこに来てくれた!助けてよ。ボクたちの味方をすれば必ずいいことあるからさ。」
「そうなの?よし、助けるよ!」
ジーンは剣を両手に構え、巨大なカエルの群れに突っ込んで行く。クララが慌てて追いかけて行った。
王家のネーミングはサンダーバードから。
宮廷騎士たちはアーサー王伝説の円卓の騎士からです。
ミッドガーランドはイギリスをモデルにしておりますので。