第25話 悪魔
いよいよ敵がハッキリします。
小さいデーモンとはいえ、身長は190センチくらい。角まで入れれば2メートル近い。悪魔には物理攻撃は効きにくいと聞いているので、俺の銃剣突撃が通じるかどうかもやってみなければ分からない。左自然体に短槍を構え睨みつけるが、レッサーデーモンは動かない。おそらく、こちらの様子を伺っている。
いや、目が動いた。俺の頭からつま先まで。ついでクララに目線が泳ぐ。膝を軽く曲げ上半身がやや前に傾く。明らかに身構えている。
悪魔を相手に出し惜しみをしてはいられない。使える呪文で最も強力なものを叩きこむしかない。が、魔法を使えば魔法陣が現れる。魔法を使いますと宣言するようなものだ。インスタント呪文ならば、すぐに発動するが、あまり強い魔法ではない。ソーサリー呪文は魔法陣が浮かんでから呪文の詠唱を終えて発動するまでの間に踏み込んで来る。相手が使えば俺だってそうする。
ここで思い出した。ギルマスの執務室での講義。小さな魔法陣を作る練習。今こそ使い時だろう。
(そうか。マリアさん。こういうことですね。ありがとうございます。)
短槍の柄を持った左手を開き、親指と人差し指の間で柄を支える。悪魔からは死角になって見えないであろう掌に魔法陣を作る。出来た。直径数センチの六芒星がゆらゆらと。
(よし、いいぞ。俺は本番に強い男だ。為せば成る!)
そして独り言のようにブツブツと小声で呪文を唱える。
「曇天の空、深淵の沼、気圧の谷間で、これまでの大罪を恥じ謹慎せよ。地の毒!」
レッサーデーモンの足元の石の床が黒く変色。汚泥のようになりガクンと膝まで沈む。姿勢を崩したデーモンは腕をグルグルと回しバランスを取るが、泥の色がまた変わり、今度は速乾コンクリートのように固まる。呪文は成功。脚の拘束と毒によるジワジワとした攻撃を行う大技だ。これで動きを半分は封じた。
「ヴェエエエエ!メエエエエ!」
デーモンが叫び声を上げ、こちらを睨む。と同時に、巻き角の上に六芒星の魔法陣が浮かび上がった。
(拙い!インスタントなら間に合わないだろ!)
慌てて槍をデーモンの喉を目掛け突きに行くが、遅かったようだ。何の魔法かも理解できなかったが、身体が弾かれ後ろに数メートル飛んで背中を打った。短槍を両手に持っていたせいで受け身を取れなかった。衝撃で息が詰まる。しかし遠くまで飛ばされた割りには、痛みはそれほどではない。受け身を取れなかったのに、どういうわけだろうか。とにかく立ち上がらねば。こんなときは片手武器のほうが扱いやすいか。
「大丈夫ですか?クッキーさん。ごめんなさい。あたしの魔法具の大型ナイフの能力でも防ぎきれませんでした。」
ほんの1、2メートル前にクララが立っている。クララも弾き飛ばされたようだ。ただ怪我はしていないらしい。ダガーの能力とは、なんだろうか。
「この組み合わせで大丈夫だと思うんですけどぉ。」
クララが2本の大型ナイフを交差させると、何処からか砂嵐が巻き起こった。砂で目眩ましを喰らったレッサーデーモンが怯む間に、クララはダッシュ。一気に距離を詰め両手のダガーで斬り掛かる。デーモンは長い爪で応戦するが、クララのナイフの腕が上だった。デーモンの手が切り刻まれ傷口から返り血が飛ぶ。
これは反撃のチャンスだ。クララが戦っている間にソーサリー呪文を使わせてもらおう。精霊魔術ではあるが、今の自分には最強の呪文である。地水火風の四大精霊全ての力を同時に借りて相手にぶつける衝撃波。四大精霊の一つならばインスタント呪文でも使えるが、四つ一度に使うにはソーサリー呪文になる。
「海と大地、天空の太陽と月を崇め奉る。精霊の力により難敵を退け給え。精霊波!」
正方形を含む魔法陣から放たれる白い光の束が悪魔に命中し、黒い身体を押し倒す。骨を砕くような鈍い音が響くが、悪魔は咆哮と共にすぐ立ち上がった。ここで畳み込まないと、また魔法を使われるかもしれない。踏み込んで短槍を胸に突き刺す。手応えを感じたが、同時にレッサーデーモンの右フックを左肩に受けた。また弾き飛ばされるが、今度は背中からではなく、右斜め前方に飛んだので前回り受け身をとったが、やはり痛い。短槍を手放してしまったが、デーモンの胸に刺さったままだ。立ち上がって腰の片手剣を抜くが、その間に短槍をクララがさらに押し込んでいる。
「衝撃!」
クララを援護しようとインスタントの火力呪文をデーモンの顔に叩きこんだ。怯んだ隙にクララは1、2歩後退し、持ち替えたダガーを投げた。ヤギの頭の眉間に深く刺さったダガーから炎があがる。
「なかなかしぶといですけど、これでどう?内側から焼けるでしょう。頭蓋骨は貫いたはず。」
(うわ、凄い。容赦ないな、クララ。)
そして、また一本のダガーを投げると腹に刺さり、不自然なくらいに大量の血が流れ出す。これくらいやらないと悪魔に止めは刺せないか。
「『水』のダガーなら、血液の動きを操れます。そろそろ昇天してくださいね。あ、悪魔でしたね。昇天じゃなく地獄へ堕ちてください。」
勝負あったらしい。俺がキョトンとしているとクララが肩を貸してくれる。そして簡単に説明してくれた。
「クッキーさん、怪我は大丈夫ですか?あたしは呪文が使えないので今は無理ですけど、あとで手当てしましょう。ダンジョンを出ましょうか。」
「まあ、大丈夫だよ。気にしないで。それはそうと、そのダガーは?」
「あたしのダガーですか。それぞれ四大精霊の力を宿した魔法具です。だから4本組。あたしは魔法使いの職能はないから呪文は無理でも、魔力そのものは持っているので、道具があれば、ああいう事が出来ます。」
「ああ、そういうこと。」
探索は、ここまでということで引き返した。ギルドには事後報告になるが、10階層のマナプールは全て壊してから帰還した。
そして同じ頃、空白地帯となった元ウエストガーランド領のバルナック、バルナック城の地下で密談が行われていた。指令室と呼ばれる部屋だ。
逆立った長い白髪と同じく長く白い顎鬚が老けたイメージを与えるが、筋骨隆々とした大男は、僧侶のような白いローブを羽織っている。大袈裟な装飾を施された椅子に掛けると、低い声で側近に命じる。
「チビ、デブ、ノッポを呼べ。」
隣室から、すぐに3人の男が現れ、白髪の大男の前の半円のテーブルのひじ掛け付きの椅子に着席した。そして真ん中に座った樽のような体形の『デブ』が発言した。
「親父殿。兵たちの手前もありますので、その呼び方はいささか・・・。」
「フン、私には子はおらんぞ。」
「いえいえ、召喚主となれば親も同然でございます。我々は兵どもには三男爵と呼ばれておりますが、それぞれレッド、マッハ、ガンバとの名がありますゆえ。」
「では、貴様も親父は止めぬか。」
「はっ、総統閣下!」
この三男爵には序列があるらしく、真ん中の『デブ』レッドを筆頭に、『ノッポ』のマッハ、『チビ』のガンバでの順である。そして『召喚主』という白髪の大男はバルナック城の現在の主で、ドルゲ・ララーシュタイン2世と名乗っている。
この会合は秘密裡にしたいらしく、人払いで側近の兵たちも指令室から退室させた。ララーシュタインは三男爵の顔を見回し、咳払いをしてから話し始めた。
「デイヴ・マルムスティンから報告があった。例のシルヴァホエールのゴーレムだが、応急処置をしてヴァナヘイムに送還されたようだ。しばらくは動けぬであろう。
今が好機やもしれぬ。準備を急がせろ。」
三男爵がどよめく。歓喜の表情が浮かんでいる。
「では、いよいよでございますね!?総統閣下!」
「うむ、悲願達成の時は近い。三軍の軍備の進捗状況を知らせよ。」
「「ははぁっ!」」
悪役の名前は特撮のバロン3部作
「スーパーロボット レッドバロン」
「スーパーロボット マッハバロン」
「小さなスーパーマン ガンバロン」
が元ネタです。
「超人バロムワン」からも悪魔の使いドルゲをネタにしています。