第24話 想定外
一羽の鳥と一緒にいて気まずい。なんだ、この状況は?やっぱりミミズクのリュウはじっとこっちを見ている。凝視している。面の向きはこっちのまま、時計の針がグルグル回るように、顔の上下が入れ替わる。横並びの眼が縦に並び、また横並びに。首を傾げる、とは言わないよな。顔が逆さまになるのだ。フクロウは眼球が動かない分、首の可動範囲が大きいのは知っているけれど、ここまで近くで実物を見ると興味深いものではあるが圧迫感もある。目を逸らしたら敗けのような気がする。睨むわけでもないが、こっちもずっとリュウの顔を見たまま動かない。笑わせるという目的がないので、ある意味睨めっこよりも辛い。クララ早く戻って来てくれ。リュウに何か話しかけてみるか。いや、何を?
「はい、お待たせ~。」
よし、クララが戻ってきた。両手に水とチャーシューが入ったボウルを持って。
「リュウ、このお肉はご馳走よ~。しっかり味わって食べてねえ。」
リュウは片足立ち。もう片方の足でチャーシューを掴み食べ始めた。手のように動く。器用だ。あっと言う間に食べ終わり、もう一つのボウルに入った水を飲む。
すると今度は、チャーシューの入っていた空いた器をつつき始めた。止まった。クララを見る。首を回して俺を見る。どうやらおかわりの催促らしい。
「うん、わかった。肉食いてえんだな。おかわりもらってくらあ。」
なんとなく、リュウと一対一だと間が持たない気がするので、ボウルを持って厨房へ逃げた。いや、鳥が苦手なわけではない。動物全般にかわいいと思っているが、なんでガン見してくるんだ?しかし、動物。エサを与えれば、それで懐くものなのだよ。すぐに解決だ。
個室席に戻ってリュウにチャーシューを与えると、すぐに貪り、満足したのか羽根を繕う。リュウの前に手を出してみると、豚肉を掴んだその足で『お手』をした。
(よし、勝った。勝ったって何に?)
「ねー、かわいいでしょ?」
「あ、うん、そうだね。馴れてくれたかな。」
「はい、この子のマスターのサキとも仲良くしてもらえると嬉しいです。」
先ほどの伝言の内容だと、あと数日で此処に来るということか。
「ちょっといいかな。4年ぶりなので領域渡りは使えないって、どういう意味?」
「ああ、それですか。クッキーさんは、まだ領域渡りを使ったことないですよね。
魔法の門をくぐることで瞬時に過去に行ったことのある場所へ行く、ちょっとズルい移動手段として、探索者の使う迷宮渡りと冒険者の使う領域渡りは、本来は空間と時間を象徴するグレーとクリアーのマナを利用する魔法なんです。四極魔術か五芒星魔術の使える魔法使いがいないと駄目なんですよ。
でも、そういう移動手段は探索や冒険には欠かせません。それでギルドの神殿に務める呪術師が技能として探索者、冒険者に授けるんです。
あ、呪術師っていうのは、効果を発揮し続ける魔法、エンチャント、呪いを掛ける人って意味で、時を象徴する色のクリアーのマナの呪文を得意とする魔法使いですね。
一度行ったことのある場所なら魔法の門を通って、またすぐ行けます。でも、それって3年くらいで期限切れなんですよね。3年空けずに通うようにしないと忘れられちゃうらしいんです。
サキとマチコ姐さんがこの街へ来たのは4年前ですから。あたしはそのときにパーティに入ったんですよ。」
なるほど。時間と空間にまつわる魔法か。強力なものなら期限が伸びるのだろうか?で、クララのパーティメンバーは、普通に移動してここへ向かっているということか。
「4年前かあ。3年前の戦争の時には、ここにいなかったんだね?」
「お隣の国にいましたよぅ。ウエストガーランドに。戦争をおこしたバルナック領はウエストガーランドから切り捨てられましたけど、そこに新しい国境ができたわけで。うちのパーティは、ウエストガーランドから、その国境警備の依頼を受けました。」
「へえ。じゃあ評価の高いパーティなんだね。」
「Aクラスですけど、限りなくSに近いと言われてます。大物専門というのは、ちょっと特殊なので。」
かなり高評価のパーティだというのは分かるのだが、あの『英雄』のパーティしか知らないもので実感としてない。まだまだ、この世界に馴染んでいないということか。そのためには探索を進めることだろうな。
テオのダンジョンを立ち入り禁止にして騎士団が監視するのは一週間。こちらの世界では六日間。つまり、あと三日。三日間で残りの調査を全て終わらせたい。まあ、終わらなくても深い層を立ち入り禁止にすれば済むらしいが。キリの良いところまで行かないと、気分が悪い。二人だけでの調査とはいえ、クララはAクラスの冒険者だし、テオのダンジョンは最深層のマナプールを破壊されて、だいぶ弱体化している。できないわけはない。
「よし、クララ。パーティメンバーに再会するまでにテオのダンジョンの調査を済ませよう。」
「はい、そうですね。頑張りましょう。」
リュウがホウホウと鳴き、翼を広げて窓に向いた。人間の言葉を理解しているようだ。クララはリュウの脚に筒のような物を巻きつけた。
「リュウ、もう戻りますか?気をつけてね。サキとマチコ姐さんに宜しく。」
「もう行くのか?働き者だなあ。」
ミミズクは翼を広げると案外大きい。音をたてずフワリと浮き上がり窓の外へ滑るように飛び出していった。
そして翌朝、探索者組合へダンジョンの入口から3階層分のマップを届け、さらに中層の調査へと向かった。多少、魔物が出現するようにはなっているが、大したことはなく槍と魔法の練習になるくらいであった。
マナプールの位置なども当然チェックしていくのだが、或る程度の時間が掛からないとマナの影響は出ないそうなので、マナプール周辺に変わったことなどもそうそうなく、珍しい戦利品を入手することもない。胡麻はいつ手に入るのだろうか。6階層まで調査して切り上げ。夕刻はまた取調室にてマップの清書、魔法の勉強。
問題は、その翌日から。7階層から最深の10階層では、ギルドマスターにしてAGI METALの前衛、力自慢のガラハドが穿ち抜いた壁や床がどうなっているか。またオーバーランで10階層に出現した魔物はデーモンであり、これは要注意事項。まだデーモンがいるようならば、すぐにギルドに報告しなければならない。単にデーモンが強力な魔物だというだけではなく、3年前の戦争の影響も考えられるそうだ。ギルドの窓口では、デーモンと戦って敵わないと思えば、すぐに逃げ帰れとも言われた。
7,8,9階層ではツリーフォークなども現れたが、魔法の使い方がわかってきたので、もう敵ではなかった。相手の特徴を考えて足止め、火力、打撃、補助と複数の魔法を組み合わせると、だいたいの事はなんとかなる。素晴らしい講師に感謝だ。
(クララ、マリアさん、ありがとう。)
壁や床の破損が見つからず、迷路が組み替えられており、やはりマップの作成が主な作業だった。たった数日で迷路が変化していることに驚いたが。
6日間ダンジョンを立ち入り禁止にする、その最終日。最深の10階層に潜ったのだが、ここで想定外のことがあった。この階層のマナプールは全て壊されたはずが、大半が回復している。この調子だと弱体化したはずのダンジョンが、すぐにもとの難易度にまで戻る。いや、戻るだけならば、それほどの問題はない。
さらに階層が増えているのだ。11階層へ進む。新しい階層に入ってすぐは、他の階層と変わらなかったが、歩くと段々と暗くなっていく。白のマナは光、赤のマナは火を象徴するので五芒星魔法の練習のつもりで照明を作り出し、奥へと進んでいく。暗くなっていくというのは、ひょっとしてダンジョンが広がっている最中ということなのだろうか?足下に注意しながら、突当りまで行ってみようか。
しかし、突当りまで行く前に、いた。魔物だ。ヤギの頭。巻き角。黒い翼。クララが目を細める。
「クッキーさん、あれは、どうやらレッサーデーモンみたいですよ。」
「レッサー?普通のデーモンと違う?」
デーモン、状況によっては逃げ帰れって指示だったよな。しかし『レッサー』と。聞き馴れない名前なので質問してみた。
「基本的には同じなんですけど。小さいですね。そしてデーモンは大きいほど強いです。レッサーデーモンは、やや劣るデーモンってことですかね。」
「俺たちで、勝てると思う?」
「多分大丈夫ですよぅ。」
クララは両手に大型ナイフを構える。俺も槍を持つ手に力を込めた。
(さて、悪魔の出鼻をくじくためには、どの呪文を使おうか。)
まずはクララを守るために防御系の呪文を唱えるべきだろうが、あまり得意ではない。ここで、また課題ができたな。