エピローグ
俺、ワジーは半長靴の手入れをしている。中敷きを足の形、大きさに合わせて鋏で切って調節中。
バタバタと三枚の紙切れを持って走り込んで来た男がいる。サングラスを掛けて肩幅の広い筋肉質。目尻が下がり、嬉しそうに報告した。
「ワジーさん、取れましたよ! チケット三枚。」
「なに! ホントか! でかした! 」
「俺、ケンさんにも知らせてきます! 」
チケットとは、お隣の山梨県のホールで、近く催されるロックフェスの入場券だ。毎年楽しみにしているが、昨年、一昨年と配信で見るばかりだった。
四年前に目黒のライブ会場のボヤ騒ぎがあり、それ以来音沙汰のなかったバンドがこのイベントで復帰するというので、ノブがチケットを取ってくれた。そのバンドとはアンティフォナ。ヴォーカルのシャウトが素晴らしく、演奏テクニックも巧なメタルバンド。
ノブはクッキーの代わりに配属された、うちらの車両の砲手。以前は90式戦車の砲手だった。経験も実力も申し分のない戦車乗りだ。まあ、90式戦車も10式戦車も主砲は同じ120ミリ滑腔砲だしな。
戦車の乗員というのは、じつは割とハッキリと上下関係ができている。戦車長に何かあった場合、砲手が代理として指揮を執る。ところが、戦車内でナンバー2である砲手のクッキーよりも操縦手のケンの方が、経験も階級も上。ケンが出世欲はないので、まったく気にせず。クッキーが優秀であったせいもあるのだが、通常の上下関係とは、一寸ちがっていた。まあ、俺とケンが伊達に年を取り過ぎたか?
ノブは年齢、階級も近いため、この関係も多少解消された。これには上官たちの方がホッとしているようだ。
そして、ノブとは音楽の趣味も似ている。仲良くやっていたクッキーが行方不明となり、俺もケンも気分が落ち込んでいたが、ノブのお陰で仕事が楽しくなってきた。
で、次の休暇には、三人揃ってロックフェスに行く。思いっきりヘッドバンギングしてやるぜ。
その甲府市でのロックフェスは、シート無しのスタンディングで四百から五百人くらいの会場だが、開場の二時間くらい前から行列ができている。ロックなど盛んな地域ではないと思うが、わりと有名なバンドばかりが出演するため、県外からも集客がある。
迷彩服ではなくロックTシャツを着たイケオジの俺達三人が列に並ぶと、前にいたのは、ぽっちゃりとして品の良い中年女性と学生の娘の親子だった。
「お母さん、こういう場所は苦手じゃないの? 」
「大丈夫よ。結婚前には、お父さんとよく来てたから。名古屋のライブハウスだったけどね。」
「へえ。お父さんも音楽好きだったんだ。」
「イヤフォンでよく聴いてたわよ。ジャパメタ。」
ケンは、最近はジャパメタも裾野が広がって来たのか、オバンギャなのか、どっちだろうと思いつつ、娘を連れてきて客層が広がるのは嬉しかった。「オバンギャ」は、バンドの追っかけをするギャル「バンギャ」がそのまま歳を重ねた「オバさま」をくっつけた造語、業界用語だ。そのうちに入場の列も進む。
「招待をいただいてきたんですが。」
「お名前と人数は? 」
「田村と申します。二名です。
「はい、伺っております。坂本さんからの招待ですよね。ドリンクチケットも出ておりますから、これをどうぞ。坂本さんのアンティフォナの出番は最後ですから、ゆっくりしていってください。ソフトドリンクもあります。」
「ありがとう。楽しみね。」
レイゾーからの招待でライブ会場を訪れたのは、タムラの妻と娘だった。わざわざ岐阜高山から山梨甲府まで来ていたのだった。アンティフォナのメンバーからの招待とは、なんとも羨ましい。
レイゾーのバンド、アンティフォナの出番はトリだった。四年ぶりにライブに出演するバンドが最後に、というのは、それだけ人気と実力のあるバンドなのである。
レイゾーがユーロックスにいた最後の半年間に取調室のホールに設置したチェンバロを使って書いた曲から始まった。静かに始まる曲が、途中から変調を繰り返して激しく速くなる。変化に富み一本の映画を観るようなものだった。
メンバー紹介してから、お喋りでの観客との絡みになった。オリジナルメンバーはレイゾーのみ。あとの三人は、ぞれぞれ実績のあるミュージシャンだが、初の組み合わせであるため、常連の追っかけからは質問が飛んだ。
「訳があってメンバーは入れ替わったけど、前のほうにいるお客さんは顔見知りが多くいるので、なんだかホッとしますねえ。」
「レイゾーさーん、四年間どうしてたのー?」
「ああ、実はねえ。異世界に行ってましたー。」
常連はどっと笑いだした。こんなキャラだったっけ?と不思議に思う人々もいる。
「いやあ、笑わないでよ。大変だったんだから。ゾンビやドラゴンと戦ってさー。」
やはり常連客はゲラゲラ笑うが、それ以降のレイゾーが書いた新曲には、皆変化を感じたようだ。前々からあった高揚感がさらに増し、自身の音楽にたいしての欲求が巧みに表現されている。ファンたちは、良い方向に受け留めた。
それから、今後の活動の告知では、仙台、石巻、新潟、能登、神戸、熊本などの災害の被災地を巡ってライブを行うとの事だった。大胆なメンバーチェンジも経て、何か心境の変化はあるのだろうな。
俺達三人は大いにヘッドバンギングしてストレスを発散した。四年ぶりに素晴らしいバンドが復活、さらに進歩した事を嬉しく思う。
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ムラがありつつ、週に二回程度の更新で約二年間、おつきあいくださって有難うございました。コロナ禍で引き篭もっているときに時間を持て余しタブレットのアプリで漫画やウェブ小説を読みましたが、自分にも書けるだろうかと始めたものです。
さて、主人公のクッキーは、異世界モノによくある勇者や英雄ではないですし、魔王でもありません。自衛官だし冒険者としては優秀な部類なので、普通の人とはいいませんが、それでもナンバーワンになるようなことはありません。一部、得意分野に特化でもしない限りは、ちょっとだけ優秀な普通の人間。
レイゾーやサキ、ガラハドにマリア、オズボーンファミリー、さらにはもっと若い勇者のジーンにアランと、上には上がいるわけです。
現実世界で、うだつの上がらない主人公が異世界転移したら、都合よく女神さまにいただいたチート能力でたいした努力もせずに強敵を倒し、ハーレムつくってウハウハしてるだなんて話にはしたくなかったのです。主人公は辛くっても頑張ってる後ろ姿を見せないと。そういう意味では、ストレスフリーでライトな読み物を期待しているウェブ小説の読者さんたちを裏切っているとの自覚はあります。
しかし、大事なのは、そんな事じゃない。肩書とか一番になるとか、無敵とか無双するとかじゃなく、目的を持って行動すること。例えばララーシュタインとの戦いでは、クッキーはあまり役に立っていませんが、自分がカタをつけると決めたウィンチェスターに対してはキチンと結果を出しています。
クッキーは、今後もユーロックスで暮らしていきますが、「決して一番ではないけれど、かなり頼りになる冒険者」として、努力して工夫して仲間と協力して、なんとかやっていくのでしょう。クッキーの異世界での冒険譚はこれでおしまいですが、また別の物語で皆さまに関わる機会を得られれば幸いです。




