第23話 使い魔
【ブライアン】
ジョブ(職業)騎士 セントアイブス騎士団分隊長
クラス(職能)騎士
評価ランク E
毎朝の筋トレとランニングだが、走り込みのコースを変えた。脚力を鍛えるために砂浜にしよう思いつき、慰霊碑の前を通ることにした。これからは毎朝息を整えながら合掌する。自分と同じく日本からこの世界へ来た人やテオのダンジョンのオーバーランで一緒に戦って亡くなった人もそこに眠っているのだ。ついでに野良猫を見かけられれば、ほっこりするし。
クララと一緒にテオのダンジョンに探索に行くと見張りの騎士が挨拶してきた。ロジャー団長、ガラハド、マリア両マスターから俺たちがオーバーラン後の調査をすることが、しっかり伝わっているようだ。
「おはようございます。クッキーさん、クララさんですね。私は3小隊4分隊の分隊長ブライアンです。我々の分隊はいわゆる工作部隊です。防衛戦で後方部隊として任務に就いておりました。お二人の素晴らしい活躍を拝見し感服しました。」
「おはようございますぅ。」
「あ、おはようございます。任務ご苦労様です。」
ブライアンとクララは、お互い右の掌を相手に見せて敬礼する。俺は掌を下に、こめかみあたりに指を持っていく自衛隊式の敬礼。(あれ、はずしたか?)
「ブライアンさん、お若いですねぇ。」
「はっ、17歳です。」
「俺がいた国では、まだ成人として扱われない年齢ですよ。」
「ガーランドでは15歳で成人です。それに、3年前のバルナック戦争でベテランの騎士はほとんど戦死しましたので。正式に騎士になっている者は、ほとんど指揮官級になっております。当方の部隊も私以外は正確には騎士の称号は持っておらず、騎士見習いです。」
「工作部隊というのは?」
「裏方仕事が多いですね。モノリスの周りの空堀やクロスボウ部隊の塹壕を掘りました。今はダンジョンの監視をしながら空堀の上に橋を架けるのが任務です。」
なるほど。工作部隊の意味は俺が思っているとおりだった。丁度いい。ストレージャーから昨日購入した麻袋を取り出した。
「ロジャー団長に相談しようと思っていたけれど、現場のほうが、話が早いだろうね。ブライアン隊長、俺のいた世界でのことなんだけれど、ガーランドでは『土嚢』は使いませんか?」
「『ドノウ』ですか?初めて聞きますね。」
「じゃあ、ちょっと手伝って。この麻袋に土を詰めます。これでもかってくらい固めにね。ショベル貸してください。」
工作部隊の見習い騎士たちが土嚢を作る。俺はそれを積み上げ、ショベルのトップの背中側でバシバシ土嚢を叩き、形を整えた。日本の城の石垣のように台形に組み上げる。クララも含め、皆珍しそうに見ていたが、すぐに有用性に気付いたようで感嘆の声が上がった。
「おおっ、これは!」
「凄い。目から鱗とは、このこと。」
「塹壕を掘ったら、その土を土嚢にして、陣地の外側、相手側に向けて積み上げるんですよ。土嚢が盾、壁となり、塹壕を掘る深さは半分で済む。自陣側からは浅いから塹壕への出入りも楽でしょう。途中に木枠などを嵌み込めば『矢狭間』として弓を使えますよ。」
この土嚢の運用をロジャー団長に話すようにしてもらった。麻袋なら費用も安く済む。彼らも身長ほどの深さの塹壕を掘るより土嚢を積む方が楽だろう。時間も短縮できる。いい事尽くめじゃないかと思う。
さて、探索だ。ダンジョンを監視する若い騎士たちが渡した足場板の上を通る。出入口になっているモノリスはだいぶ小さくなっていた。高さ1.5メートルくらい。屈まないと頭をぶつけてしまう。このモノリスの大きさはラビリンスオブドゥームの力が弱まっている証拠なのだそうだ。オーバーランを起こしたダンジョンは、その後6日間は見張りを付ける規則らしい。
この探索の一番の目的は、オーバーラン後にどのような変化があるのかの調査。潜入するとクララから様々な指示があった。
「地図の作成は基本的にあたしがやりますね。測量士って、そういう職能ですし、道具もありますから。」
サーベイヤーって地図を作る専門職なのか?たしかに探索冒険にはすごく助かる。貴重なクラスだ。クララはストレージャーからコンパスや羊皮紙にペン、紅白の縞模様になった棒切れや車輪の付いた杖など見慣れない道具を出しながら言った。
「あたしがメモを書き込んでる間などは警戒をお願いしますぅ。でも、チェックの意味もあるし、クッキーさんもマッピングの魔法を使ってみましょう。精霊魔術の地系の呪文を使うのが基本ですけど、四極魔術なら、もっと複雑なことができます。グレーのマナは空間を象徴しますから。まずは簡単な生活呪文から。方向を確かめるコンパスですね。」
クララは魔法の知識もかなりあるようだ。これは予想していなかったが、お蔭で、実践で魔法を勉強できる。オーバーランの影響でダンジョン内部の構造が変わり、迷路も罠もマナプールも刷新された坑道のような地下道のような薄暗い石畳を歩き周って新しい地図を作りながら探索し、魔物の数がかなり減っていることが分かった。とはいえ、まったく魔物が出ないわけでもない。クララの手槍も新しく購入した短槍も役に立ってくれた。今日のところは戦闘向きの魔法はあまり使う機会がないものの、風の魔法から迷路の出入り口を探す方法、火の魔法から照明弾を作るなど、生活や探索に便利そうな技術を身につけた。
魔物が減ったことと、マナプールが新しくなり、まだ溜まっているマナが少ないことで、マナプール周辺に特筆するような物事がないことから、一日で順調に3階層まで進んだ。クララは魔法について豊富な知識を教えてくれる上にけっこう御喋りなので、彼女との距離も縮まった気がする。この調子ならば、あと数日とかからず10階層まで探索は終わるのではないだろうか。あまり早く終わるのは残念とも思ったが、彼女とはミスリルの鉱石を探す約束もしているので、まだ当分一緒に活動するはずだ。
夕刻からは取調室の個室を一室借り、クララは6人掛けの席でマップの図面清書をし、俺は4人掛けの席でノートに一日の出来事を書き込み魔法の勉強の復習だ。その間にもクララはよく喋る。ながら仕事をこなせるタイプか?シルヴァホエールというパーティでも、こんな調子なんだろうか。
「そういえばさ、クララが所属してるパーティって、シルヴァホエールだっけ?どんな人たちなの?」
「あたしたちは大型のクリーチャーやモンスターを専門に討伐してるんですよう。リーダーのサキが召喚士で、こちらも大きなモンスターを呼び出して相手をさせるんです。」
「うん、そこは聞いたかな。タロスっていう泥人形を使うとか。」
「はい、呼び出すっていうか、生み出すことまでできますよ。タロスって17メートルもあるので、そこまで大きくない相手なら、その場にある土とか石とか木材で新しいゴーレム作っちゃいますし、四大精霊とか恐竜まで呼び出すので、もう滅茶苦茶ですね。」
(きょ、恐竜だって?この世界恐竜いるのか?)
恐竜は戦ってみたい。恐竜ってか、実在するなら怪獣だよな。10式の滑腔砲をぶち込んでみたい。男のロマンだ。
「おいおい、それってレイゾーさんたちより強いんじゃない?」
「あ、それはないです。レイゾーさんなら、鉄の塊でも一刀両断にしますよぅ。英雄って伊達じゃないです。ガラハドさんは拳で大岩を砕くし、マリアさんは解呪して動けなくしちゃうでしょう。ガーランドの最強戦力ですもの。」
本当かよ。スゲエな、あの人達。まあ、あの三人は規格外。なんでも有りか。
「えっと、サキはエルフなんですけど、声が低くて長い黒髪で、わりと渋みがかった、まあ、イケメン?ですかね。あたしの両親とは知り合いみたいなんです。どんな関係かは、訊いてないですけど。」
エルフか。亜人の一種。まだ会ったことないけどな。
「異世界人で、格闘家のマチコ姐さんは、いっつも前向きでイケイケでムードメーカーです。身体が資本だから食事は大事よって口癖のようにしていて料理も上手です。サキの胃袋掴んだみたいで、サキはもともとビーガンだったのに、姐さんが料理をつくると肉でも魚でも食べます。」
前向きでイケイケでムードメーカーがクララと一緒だったら賑やかだろうなあ。それはそれとして、大型の獲物の討伐じゃなくても召喚士、格闘家、遊撃手ならば、バランスはとれていそうなパーティだ。
「あとは?パーティの上限は6人だよね?それで全員なの?」
この質問で、クララがうつむいた。なにか拙いことを訊いただろうか。
「あ、あの、それなんですけどね。今うちのパーティには魔法使いが欲しいんです。無理なことは・・・」
コンコンとドアをノックするような乾いた、もう少し高い音。しかし、窓からだ。窓を見るとガラスの向こうに大きな鳥、フクロウがいる。猫耳のような羽角。耳木菟だな。窓越しとはいえ、こんなに近くで見るなんて初めてだ。その短い嘴で窓ガラスをつついている。
「あ、リュウ!この子、ミミズクのリュウっていいます。サキの使い魔です。きっとサキのメッセージを持って来たんです。」
クララが窓の格子枠を上げると丸々とした体形のリュウが入ってきた。羽根を広げたかと思うと、すぐに畳み、首を回すとクララの方へ頭を向け、なんと喋り出した。
「クララ、伝言だ。タロスの応急措置を済ませた。一度合流しよう。マチコとセントアイブスへ向かう。コーンフロール半島へは4年ぶりくらいなので、領域渡りは使えない。数日掛かる。」
「うん、リュウ、了解って伝えて。今、お水とお肉をもらってくるから、ちょっと待っててね。」
ミミズクが低い声を出すので、ちょっと驚いた。まるっきり人の声のようだ。クララは厨房へ飲み水とチャーシューをもらいに行った。その間、個室にこのミミズクと向かい合っていたわけだが、ずっと鳥の目線を感じていた。
ミミズクのリュウ のネタは
科学忍者隊ガッチャマン の みみずくの竜 です。