第233話 大団円
今回が実質的な最終回です。
なんとも大騒ぎな年越しだったが、大晦日の神託から約半年が過ぎた。今は六月初旬である。ガーランドでは、雨季も明け、風が優しく穏やかで過ごしやすい季節。
「何匹産むのかなあ? 姐さん、たくさん産んだら一匹ちょうだい。」
「犬や猫みたいに言うんじゃないわよ。そんなにたくさん産むわけないでしょ。あげないし。」
クララとマチコのやり取りを聴いてクスクスとオリヴィアが笑う。隣にいるシーナの顔を見ると少し呆れているようだ。
「クララちゃんは和ませてくれるからいいわねえ。」
「いつもこんな感じなんですよねえ。それにしても、もうすぐですね。」
シーナが軽く溜息をついた。レイゾーがいなくなるからだ。
「マチコさん、お腹の子の名づけをレイゾーさんに頼んだんですよね? 」
「そうよ。産むまでは、レイゾーさんが日本に帰るのを引きとめられるわ。クッキーとガラハドさんの筋肉馬鹿二人は、フェザーライトの修理を遅らせるために筋トレグッズをホリスターの親方に作らせようとしてたけどね。」
「それは、姐さんも料理道具を作らせてたじゃない? 」
「それがねえ。あのオヤジ、優秀過ぎるのよ。簡単に注文通りの新しい道具作っちゃうんだから。」
「最近は、頼まなくても勝手に新しい調理器具を作って持ってきますけど。それはそれとして、名前考えたら、産まれる前にサクッと帰っちゃうなんてことは? 」
「あー、どうせなら一度くらい抱っこしてから帰ってくれって言ったわよ。男女両方の名前を考えるのも面倒みたいだから、産まれてから決めるんじゃないかしら? 」
シーナも納得。皆レイゾーにずっとセントアイブスにいて欲しいと思っている。だが、止められないことも承知している。あの手この手で引き延ばしに掛かっているが、有効打は、結局マチコの策だった。サキなどは気持ちよく送り出そうと、むしろレイゾーの背中を押している。
「で、そのレイゾーさんは、最近はどんな感じなんです? 」
レイゾーはもう、音楽のことで頭がいっぱいだった。実は、これまでもたまに教会へオルガンを弾きに行っていたのだが、取調室のホールにチェンバロを購入し、この半年くらいは、作曲に夢中になっていた。
年越しの神託の騒ぎのときに魔剣グラムをアランに託したが、その後アダマンタイトの鎧を俺に、片手半剣をジーンに譲った。半弓などの細かい物もガラハドに預けた。取調室の運営についてはサキ、マチコ、シーナと相談しているようだし、着々と身の回りの整理をしている。
環境や立場が変化するのは勿論レイゾーだけではない。メイはダークエルフの女王となる。エルフのギガ王やフォワード、イスズのもとへ通い礼儀作法や政治経済学を学ぶのと並行して、魔王になるための修行をしていた。具体的には魔力を上げるため、魔力消費と瞑想の繰り返しだ。
エルフやダークエルフの王は代々魔王である。神々に愛され神々と同じ姿に造られた人間の王には、信仰心さえあれば、ほぼ無条件で神託が降されるのだが、エルフやドワーフなどの亜人には、条件が付く。桁違いに大きな魔力を持つことだ。その大きな魔力を持った職能を魔王と呼ぶ。人間で一番大きな魔力を持っているのは、魔女。メイはオリヴィアとマリアにも魔力をあげる修行をつけてもらっていた。
フェザーライトを操船し、オズマと共に貿易をしながら、各地に散ったダークエルフの同胞たちを保護していたメイにとっては、退屈な日々とも言えるのだが、ダークエルフの空中都市ラヴェンダージェットシティを再興できるのは至上の喜びだった。メイの修行の間に、ドワーフや、ドワーフの鉱山都市デズモンドロックシティで庇護を受けていたダークエルフたちが新しい世界樹に移住し始めていた。
まずは仮住まいを作り、そこからは計画的に世界樹の幹や大枝をくりぬき、街となる住居や神殿、王城などを設えていく。半年の間にダークエルフたちは、その技術、魔術の限りを尽くし、立派な都市を築いていく。まだまだ完成には程遠いが、いつ世界樹が宙に浮かび上がっても、作業を続けられるように資材を運び込み、お膳立てを整えた。
オズマはといえば。フェザーライトの修繕作業を指揮しながら、エルフとの交渉である。交渉相手はサキの兄、フォワードが務めたが、エルフからの援助、主に飛行船の供与についてだ。
ダークエルフには飛行船がフェザーライト一隻しかない。外部との往来にそれでは困る。領域渡りの能力を使えば、不可能ではない。それにしても魔法に長けた種族といわれるエルフやダークエルフでも、魔力を持つ者は、全体の五十パーセントくらい。空中都市で全ての物資を自給自足できるはずもなく、移動手段の確保は重要だ。
魔物が時折出現する以外は、穏やかな時間だが、皆それぞれに忙しく、戦後の労働力不足や物資不足に対応していた。国外からの冒険者などに依頼仕事を出すギルドのマスター、ガラハドも目が回る忙しさだった。マリアがメイに魔力アップの修行をさせる時間を作るため、探索者ギルドの仕事までこなしていたからなおさらだ。
「もう駄目だ。俺は取調室にかつ丼食いに行くぞ。」
「待ってください、マスター! まだ新規のクエストのランク分けが終わってないです。」
「資料持ってついてこい。食いながら仕分けする。でねえと空腹で倒れるぞー。」
「資料多過ぎますけど。」
「おごってやるから。」
「はい! 喜んでー! 」
で、取調室の店の前で同じ状況のマリアと探索者ギルドの職員に会ってしまい、一緒に店の二階の個室で食事を摂りつつ、仕事をこなす。取調室がギルドマスターの執務室になってしまっている。
セントアイブスでも、ジャカランダでも騎士たちは治安維持の仕事に忙しく、アランやジーンまで夜警の巡回をしていた。夜道を見回りながらジーンとアランは話す。『勇者』とは何か? 自分たちは何をすべきか? 答えはでない。しかし、この二人の距離は近くなっていく。二人の若い勇者が、ガーランドの将来を背負っていくのだろう。
忙しく働いているのは、ドワーフたちも同じだ。フォーゼはフェザーライトの修繕。三人はラヴェンダージェットシティの工事。あとの三人とホリスターは、タロスの修理。欠損した左腕と左胸に一部を新しく造った。素材はミスリルではない。ドワーフの鉱山都市デズモンドロックシティの在庫でもミスリルは足りなかった。ニーズヘッグとの戦いで使用したホリスタートマホーク二丁
「トマホークは惜しいけどな。隻腕じゃ戦えまいよ。背に腹は代えられねえやな。」
オリハルコン混じりの、ほぼミスリルゴーレムとなった。左腕も赤く釉薬が塗られている。オリハルコンなら酸にも強いので釉薬は必要ないのだが。見た目には元のタロスとまったく同じ。
「ガラハドに試運転してもらうかあ? マチコがさっさと産んでくれりゃあ、マチコに動かしてもらって新しい腕の具合を最終調整するんだがなあ。」
そして、翌週。そのマチコは無事女の子を出産した。俺も含めた男どもは、出産に立ち会うこともできないので、取調室で飲んだくれていた。マリアが吉報を伝えに来ると、酔っ払いどもは皆、泣いて喜んだ。
「サキとクッキー、レイゾーはすぐに会いに行って。」
「あー、俺も。」
ガラハドもついて行こうとする。赤ちゃんの誕生を祝いたい。クランのメンバーでもあるし。目尻がたれて顔の表情は緩んでいる。
「なに言っての。あんたは駄目よ。」
「えー、なんでだよ。」
「あんたの顔見たら赤ちゃんが怖がって泣くでしょうが。自重しなさい。他の皆もね。絶対に大勢でおしかけたりしちゃ駄目だからね。」
「そんなあ、あんまりだあ~。」
ロジャーが笑いながらガラハドの肩を叩いた。しょぼくれるガラハドを見てロジャーだけでなく他も笑っている。
「まあまあ、何も急ぐ必要ないんだから。今日は俺たちと飲みましょう。」
「しょうがねえな。ウイスキーを樽で持ってきてくれえ。」
ロジャーはつまみにチャーシューとモロキュウを追加注文。マリアにガラハドの隣の席を勧めた。
サキ、レイゾー、俺は、クララが迎える家に帰ると、驚いたことに、もうマチコは子供を抱いて歩き回っていた。やはり只者ではない。いや、人間なのか? 強過ぎるわ。もう魔物レベルだろ。
「マチコ、よく頑張ったな。」
「「おめでとうございます!」」
「ありがとう。あたしに似て美人さんでしょ~。」
マチコはサキに赤ん坊を抱かせながら、とても元気な子だと主張。俺とクララの顔を見ると、またクララをからかいだした。口角があがりニヤニヤしている。
「次はあんたたちだからね~。」
「姐さんにもらわなくても、自分でいっぱい産みますよー。」
どういう会話なんだ。なんだか、今一つついていけない。
「ところで、レイゾーさん。赤ちゃんの名前は考えてくれた? 」
「ああ、勿論。可愛い女の子の名前ね。『カレン』なんてどう? 」
『加恋』? それってどこかで聞いたような名前だけど・・・。気のせいか?
「へえ。タムラさんの娘さんの名前よね? 」
ああ、やっぱりそうか。誰も会ったことはないけど。タムラさんの家族の名前だ。
「料理の師匠の娘さんの名前。いいじゃない。取調室の味を継いでもらえるかもね。」
「ああ。私も良い名前だと思う。」
サキも賛成。子供の名前が決まった。皆から可愛がられるだろうな。
この翌日。ガラハドは珍しく二日酔いだ。それでも寝てはいられない。よろよろと歩きながら見送りにきた。レイゾーが日本へ。元の世界、グローブへ帰る日だ。
修理が済み、オズマとフォーゼが操船する飛行船フェザーライトに乗り込むレイゾー。満面の笑みを浮かべ、大勢の人に手を振りながら出航していった。
「皆ありがとう。世話になったね。元気で。」
「レイゾーーー! 元気でなあああああ! 」
ガラハドが人目もはばからず大泣きしている。おいおい、親が死んでも泣かない人だろ。マリアにくっついて離れない。意外な一面だった。マリアが言うには。
「ああ。子供の頃、喧嘩ばっかりして乱暴者でとおってたから、友達少ないのよ、コイツ。」
なんだか、俺もつられて悲しくなってきた。このユーロックスに来たときに出会った同郷の恩人二人がいなくなってしまった。これからはガラハドと仲良くしておこう。とりあえず、一緒に筋トレな。
この日の夜、寝室で二人だけになったときに、涙目のクララが訊いてきた。俺の手をギュッと握り離さない。
「ねえ。了ちゃんも、いつか元の世界に帰るの? 」
「いや、帰らないさ。帰る場所はない。両親は不仲になって一家離散。自衛隊では脱柵扱いになってるだろうから、復職は無理だ。
それに、この世界にはクララがいる。俺はずっとクララと一緒にいたい。」
涙目のクララが笑顔になった。これで良いのだと思う。この世界で暮らしていくよ。
次回エピローグで完結となります。




