第232話 役目
自分自身の能力を返し技で喰らい、倒れて手足が細かく痙攣するラジエルを見下しアスタロトは高笑いだ。腹を抱えて笑うというのは、こう言う事か。
「ざまあないわねえ、ラジエル! 見事に引っ掛かってくれたわ。天使になるかどうかハッキリ分からない人間の餓鬼二匹よりも現役の座天使を潰すほうが、重要でしょう。」
この悪魔、最初から天使を殺すために降臨して来たのか? 二体のドラゴンを捨て駒にするのも見越しての事か? やり口が気に入らねえ。ぶっとばしてやる。まだベアリング球はある。
「ブレッスン・フォー! 吹き荒れろ、電磁波の嵐。やって来い、暗黒物質を荒らす雷撃の将軍よ。超電磁砲! 」
けたたましく笑うアスタロトの右肩にベアリング弾が飛び込み、肉を貫通して背中に抜ける。途端にアスタロトは顔を歪め、俺に向けてインスタント呪文を撃った。
「塵旋風!」
風の呪文だ。砂粒が混ざった強風が押し寄せる。勿論ただの砂ではない。金属粉みたいな物で、風に巻き上げられ当たれば、金属ヤスリで削られるような効果がある。打ち消さなければ危ない。しかし、打消しのインスタント呪文、ディスペルなどを使うタイミングとしては、もう遅いか。
ふいに俺の目の前に何かが飛び込んできて視界を塞いだ。金属の板、盾だろうか? オートマトンだ。タルエルが俺を庇ってくれたようだ。
「魔素抑制!」
一定時間マナの動き、効果すべてを半減させる呪文。自分の魔法も使いにくくなるが、それどころではない。だが、俺一人で戦っているわけじゃない。真っ先にレイゾーが魔剣グラムを投げつけ、アスタロトの腹に刺さった。普段使っている片手半剣に持ち替え斬りかかる。
腹に大きな魔剣が刺さったままアスタロトは動き回り、レイゾーのあとに続くガラハド、サキの攻撃を避けて飛ぶ。トリスタンの弓さえも避けた。オズマが切り札を切る。
「ちょこまか動きやがって! これで止まりやがれ!
時の精霊の魂に願い奉る。古の祭壇、未来の燭台、零れ落ちる砂時計を止めて一粒の砂の色を民に伝えるために、その御業を示し給え。背徳の掟!」
オズマがアスタロトの時間を止めた。翼がはためいてもいないのに、宙に浮いて動かない。一斉攻撃。だが。再びトリスタンが射貫くが、アスタロトの身体は矢を弾く。サキのサーベルも刺さらず、押し込んでも剣が大きく弓のように反るだけだ。オズマの骨切り包丁などは折れてしまった。
「このお! 規格外じゃねえか! どうやって倒すんだよ? レイゾーのグラムを引っこ抜いて、もう一回か? 」
イライラを隠さないオズマだが、勇者の二人が間に出た。
「当たりさえすれば、僕たちでイケる気がする! 」
「ああ、今まで一度もクリーンヒットがなかった。 だけど、今なら! 相手は動けない。」
ジーンとアランが助走をつけて跳躍し、勇者ならではのスキルを乗せた武術の大技を繰り出した。
「天恵の串刺し! 」
「天恵の突撃! 」
これは効き目があるらしい。アスタロトの皮膚が、肉が裂けて出血する。空中にいたアスタロトの身体が傾き、地に落ちた。アスタロトとラジエルが並ぶ。
高い階位の天使ほど、地に足が着く事を嫌うというのだが、神々の側に仕えるラジエルと、元ラジエルと同格の堕天使で最高位悪魔のアスタロトが、人間が造った大聖堂の床の真ん中に横たわる。もう二度とこんな光景はないかもしれない。
アスタロトは完全に息絶えた。光の束が柱のように垂直に立ち、堕天使の身体がマナに還元され消えていく。トークンとしては大きすぎる金魚鉢のような大きさの黒いガラス玉のようなマナの結晶が残った。
そして、そのマナの結晶の側に落ちた魔剣グラムを拾うオートマトン。逆手に持った。ブリキの木こりのような、その鉄のボディは、アスタロトの風の魔法塵旋風を喰らったダメージでボロボロだ。風化して赤錆のような色で、虫食い状態の細かい穴があちこちに目立つ。
「コノ魔剣ぐらむナラバ、天使ヤ悪魔ノ身体デモ斬ルコトガデキソウダ。」
ラジエルの傍らに立ち、足蹴にして、うつ伏せのラジエルを仰向けに、顔を上に向かせた。タルエルは、ラジエルの青白い顔を見下ろし、質問する。
「苦シイデスカ? ソシテ、理解デキマシタカ? 」
ラジエルは声も出ないのか、口をパクパクと動かしタルエルの魂が入ったオートマトンを見つめる。
「私モ堕天使トシテ扱ワレルカモ知レマセンネ。シカシ、神々トテ絶対完全ナ存在デハ、ナイノデス。デナケレバ、何故、精霊ヤ悪魔ガ生マレルノデショウカ?
らじえる、痛イデショウ。今、止メヲクレテヤリマスヨ。」
タルエルは両手で魔剣グラムを刃先を下向きに垂直に持ち上げ、そのまま数歩だけ歩く。ラジエルの胸に突き立て、降ろした。肺と心臓の位置だ。大天使ラジエルが喀血し、咽た。やがて呼吸が止まった。
肺が膨れたり縮んだりの胸の動きがないことをタルエルは確認。ラジエルの身体も白いマナに還元されていく。すると、風に腐食して脆くなっていたオートマトンのボディがビーチに積まれた砂の城のように崩れる。
「さき、おずま、サヨウナラ・・・。」
自動人形は、あくまでも自動人形。錆になって崩れた鉄くずは、その場に残ったが、その隙間から白いマナが拡散して消えていった。トークンは残らなかった。
「タルエル。役目を果たしたってことだな。お疲れ。」
「おう。タルエル。よくやってくれたぜ。天使の中でも、もっとも義理堅い性格だったろうな。おかげでニーズヘッグを退治してダークエルフの国は再興できる。ありがとうよ。」
天使タルエルが死んだのか? タロスはどうなる? いや、タロスはいいとして。この世界の神っていうのが、どんな存在なのか、俺にはいまひとつ分かっていない。とりあえず、多神教だってことくらい。
天使のタルエルが『堕天使として扱われる』とか『神々は絶対完全ではない』とか、サラッとヤバいこと言ってなかったか? しかし、サキとオズマはスッキリした顔してるじゃないか。
「クッキー。ひとまず終わったよ。お疲れさん。」
「え? ああ、はい。お疲れ様です。」
レイゾーに声を掛けられ、やっと終わったんだと分かった。なんだか納得はしていないのだが。
カササギのウルドが、マリアの肩に降りて来た。サリバンからオズワルドへと主が代わったが、オズワルドも亡くなり、これからは同僚と二羽と共に、マリアを主とするようだ。
そのウルドが、オズワルドの声で話し始めた。
「天使の軍団と悪魔の軍団の対立は何万年と続いている事だ。それこそ、人知れず。神々が愛する人間を天使が巻き込むことは基本的にはないはずだ。
今回は、と言っても、三年前の第一次バルナック戦争からだが、稀有な例だろう。もう人間が巻き込まれることは、そうそうない。
万が一、悪魔が人間に干渉した場合のセーフティとして、「勇者」という者がときおり生まれるようになっていたが、それもアーナム人には、今後はない。天使が人間を守る、警戒を強くするという意味ではないだろうか。」
「オズワルドの声とはいえ、随分饒舌に喋るじゃないか。」
オズワルドの声を聞いて、サキは嬉しかったのだろうか。サキがウルドに突っ込むと、ウルドは答えた。
「これは、主から預かっていた伝言です。主は時間旅行をして、あらゆる事の背景を調べていました。」
そのウルドを肩に乗せたマリアが、やれやれといった表情で大聖堂の外で待つ者たちに声掛けした。
「終わりましたよ。人騒がせな神託でしたけど。オリヴィア先生、檻から出してくださいな。」
そして、レイゾーはラジエルがいなくなったあと、床に刺さっていた魔剣グラムを引き抜き、アランに渡した。
「この魔剣グラム、これからは、アラン殿下がお使いください。大きく重く、扱いにくいでしょうが、殿下もすぐに身体が大きくなります。
もう僕には武具は必要ない。元の世界グローブへ帰るので。」
皆、眼を大きく開いて、レイゾーを見た。役目を果たしたのはタルエルだけではなかったか。
次回で事実上の最終回。
次々回でエピローグをやって終了となります。
次回は一寸時間をかけて、じっくり長めに書くかもしれないです。




