第230話 ファフニール
大聖堂の外にいるクララだが、マチコの安全は確保できたと思った。オリヴィアの張った結界は頑丈そうだし、シーナもいる。
「オリヴィアさん、マチコ姐さん、あたし大聖堂の中に入って一緒に戦ってきます。」
「大丈夫なの? 仲間を信じて任せたら? 」
「少しでも戦力があれば、それに越したことはないですよね?」
「クララ。行くなら、これを持って行きなさい。」
マチコは自分のストレージャーから出した手甲をクララに渡した。雷撃の手甲。サキがいざという時にマチコが自分の身を守れるようにと持たせている武具。魔法攻撃能力を持った防具だ。
「風の魔法を使えるようになったクララとは相性がいいはずよ。ブーツのほうは、御免ね。あたし達が逃げなきゃいけなくなったら使うわ。」
「はい。お借りしますねー。きっと役に立ちます。」
「クララちゃん。気を付けてね。危なかったら、すぐ逃げるのよ。」
オリヴィアに結界の中に入れてもらうと、すぐ目の前でドヴェルグのファフニールと二人のドワーフが剣と斧でぶつかり合っていた。ホリスターは手斧を拾っては投げる。フォーゼは大きな戦斧を思い切りよく振り回し、しかし躱されるということを続けている。ドヴェルグは見た目には鈍重そうな年寄なのだが、動きが軽い。
クララはすぐに加勢。火のダガーを投げつけたが、あっさりと剣で弾かれた。だが、フォーゼもその機会を見逃さず、ファフニールの頭上から戦斧を振り下ろす。
ファフニールが剣で受けた。細身の剣であるのに、なんとフォーゼの戦斧のほうが、刃が欠けた。
「うおおっ! そんな! 」
「ふん。その斧はドワーフが作ったものか? 」
「俺自身が打ったものだ。」
「ふうん。やはり駄目だな。ドワーフとは、そこまで落ちたか。ドラゴンに変身できないだけでなく、鍛冶の技術も駄目だ。鍛造が甘すぎる。鋳造と差がない脆さだ。」
鍛造とは、日本刀のように鋼を叩いて鍛え形を整えていく。材料の密度があがり、頑強な金属製品ができあがるが、技術やコストが要求される。一方、鋳造は型に溶かした鉄を流し込み、冷やして取り出す。大量生産に向き、複雑な装飾などもしやすいが、気泡や不純物などが入り込み強度が劣るとされる。
「このフロッティは、ドヴェルグが鍛えた本物の剣だ。冥途の土産に、その身で切れ味を知ると良いぞ。」
ファフニールが剣を上段に構え、振り下ろした瞬間にガラハドが投げたメカンダーの盾が飛んで来た。フォーゼの眼前で鈍い音をたて、剣と盾のスパイクが当たった。ガラハドが投げつけたメカンダーの盾がフォーゼを救った。
そしてファフニールの背後からロジャーとブライアンが斬りつけるが、頭を振って牛のような二本角の兜で受け止めた。二人の剣戟を止めただけではない。セントアイブスの騎士二人がバッタリと倒れ込んだ。何かの魔法の効果があるに違いない。
クララが手甲の雷撃を放ったが、ファフニールは、これを跳躍して避けた。
「アーティファクトのようだが、風の魔法の応用か。それならば、こちらの方が戦い易いのう。」
足下から煙が噴き出したかと思うと、ファフニールは再びドラゴンの姿となった。ドラゴンになったと同時にブレスを吐いた。毒の息だ。クララ、ホリスター、フォーゼの三人が毒を浴びる。三人ともすぐに毒と気付き、呼吸を止めるが、ロジャーとブライアンが危ない。
俺は飛び出してロジャーの脚を掴んだ。そのまま引き摺り、走り込んだのと同じ方向、ファフニールの背中側へと移動。ブライアンはサキとオズマが同様に助けた。ロジャーはなまじ気絶しているせいで、そう深くは毒を吸い込んでいない。
クララが戻ってきてくれて助かるが、やはりここは俺が頑張らないと。
「暗器! 」
強力なソーサリー呪文を使うために、まずはインスタント呪文で隙を作る。二連弾の魔法の矢で眼を狙うが、どうだ?
俺が当たりか外れか判定をする間もなく、レイゾーとガラハドが踏み込んだ。さすがAGI METAL のパーティ名は伊達じゃない。速い。レイゾーの魔剣グラムがファフニールの心臓を一突き。ガラハドのアロンダイトは喉を突いていた。ドラゴンファフニールの固い鱗を見事に貫いた。
それでも絶命しないファフニールは毒のブレスを吐くが、ガラハドは素早く頭の角を掴んで後頭部へ回り込み、両脚でドラゴンの首を蟹ばさみ。そのまま締め上げた。レイゾーはドラゴンの胸に深々と突き刺した両手剣を揺さぶり、振り下ろし、腹まで裂いた。念には念を入れ、マリアが魔法を叩き込む。
「灰は灰に《アッシュトゥアッシュ》! 」
黒褐色のドラゴンの身体が崩れた。鉄筋の入っていないおから工事のコンクリートが崩れるように砂塵が上から下へ流れ、土埃がたつと、やがてマナに還元され、消え去った。大きな黒いトークンが幾つも残ったが。
マリアとレイチェルがクララ、ロジャー、ブライアン、ホリスター、フォーゼの解毒をする。暫くは動けないが、命には別条はなさそうだ。
これで、残る相手は堕天使アスタロト。この最上級の悪魔に対抗できるのか? ジーンとアランが剣技の限りを尽くし挑んでいるが、いっこうに敵わない。しかし、この勇者二人を遊び相手のようにいなしながら、他者には無関心。これならソーサリー呪文を撃ちこむチャンスだろう。
まずは、弱点を探る。どの色のマナが有効か調べてみたい。
「偉人たちを追悼せよ。殿堂にて控え賢者の来訪を待て。破魔矢六連弾! 」
ヘキサグラムの魔法陣からRGB,CMY三原色の二組、六条の光の矢がアスタロトを捉え向かって行く。だが。アスタロトに当たる前に消えた。六つとも全部。
これは、有彩色のマナには、どれも耐性があり効き目がないということか。では、無彩色のマナを扱う四極魔術か、立体魔法陣で有彩色無彩色の十色全てをあやつる超高等魔術の魔法を使わなければならない。
ペンタグラムとなると、魔法で攻撃できるのは、魔導士である俺かマリア。魔王のオズマ。あとは、大聖堂の外で、この結界を張っている魔女オリヴィア。この四人か。
四極魔術が効くならば、これにサキが加わる。あと希望的な見方だが、狙撃手であるトリスタンも。魔法を使わずに、魔力をストレージャーに振って、矢を多く持っているって話だったはず。矢を捨ててしまえば、魔力を魔法に振り分けられるかもしれない。
「なんだか外野が五月蠅いわねえ。せっかく勇者二人をいたぶって遊べる機会なのに。ニーズヘッグもファフニールも不甲斐ない。」
アスタロトが悪態をついているが、吠え面かくなよ。俺が火力呪文を撃ってもジーン、アランに当たらない位置を探して立つ。すると自動人形のタルエルが俺の動きに合わせ移動した。俺とタルエルからアスタロトをみると丁度直角に交わる位置関係。これは、そう『十字砲火』を狙えるポジショニングだ。タロスとして、いろいろ学習したようだ。俺とタルエルで同時に火力呪文を詠唱する。
「「遠い世界で静かに眠れ。汝の使命はここで終わる。争いを止め平穏を求める声に耳を傾け、目を閉じよ。魔素粒子加速砲!! 」」
俺とオートマトンの前面に二重の五芒星の立体魔法陣。その魔法陣からアスタロトに向けマナの大波が押し寄せる。アスタロトの主観ではどう感じているのかは知らないが、マナが光速で飛んでいる。避けようはないはずだ。後は破壊力がどれ程なのか?
しかし、思わぬ結果に失望した。防がれてしまった。破魔矢六連弾と同じだった。アスタロトに届く直前に、加速して撃ちだされたマナの粒子が消えてしまった。
「あ~ららら。残念ねえ。魔素阻害という能力なのよ。マナの動きを直近でブロックしちゃうから、魔法のダメージは入らないわぁ。」
アスタロトが高笑いする。腕組みをして顎をしゃくり背筋は仰け反り、明らかに俺達人間を見下している。
「マナの動きを直近でブロックする」というこの言葉が本当だとして、何か突破口を開くヒントになるはずだ。考えろ。
大きな声で笑うアスタロトだが、実は背中にはトリスタンが射かけた矢が刺さっていた。物理攻撃が全く効かないわけではないのだ。




