第225話 手紙
魔女シンディは自害した。そして遺品がマリアに届けられた。タロットカードのデッキ、呪われた巻物火炎奇書、そして手紙はマリアとガラハドに向けられた物だった。
「親愛なるマリアへ。
このガーランド群島はジャザム人の土地だった。五百年前に南東の大陸からアーナム人の移民が始まり、三百年前にはジャザム人よりアーナム人の人口が多くなった。するとアーナム人同士が、領地と権力を奪い合い戦争を始め、ジャザム人やホビット、ゴブリンなどの他種族も巻き込んだ。あたしの夫と五人の子供のうちの三人は、アーナム人に殺された。あたしはアーナム人に復讐するために魔法を学び、長寿になり魔女と呼ばれるようになった。
その戦争を平定し、ミッドガーランド王国を建国したのがペンドラゴン王。アルトリウス王の先祖。戦争を終わらせたペンドラゴン王には感謝もしているが、ペンドラゴンもアーナム人。アーナム人は許せない。あたしはアーナム人をガーランドから追い出して、ジャザム人の土地を取り返したかった。
あたしの夫と子供の墓がジャザランダの郊外にあるんだよ。今はジャカランダと呼ばれている土地だが。
しかし、あたしの末っ子の子孫がアーナム人と混じり、大陸で生まれたあんたが弟子のサリバンに育てられ、またガーランドに戻っていたとは、皮肉なことだね。
もう察しはつくだろうが、ラーンスロットはジャザム人だ。だから、あんたが魔女狩りで拉致された折には相談にのり、その息子のガラハドに助けに行かせた。
そして、半分は感謝し、もう半分は憎んでいるペンドラゴンの子孫、アルトリウスの骸をゾンビとして今回の戦争に利用した。最強の騎士と謳われていたわりには、あっさり英雄レイゾーたちに敗けたのは予想外だったが。
他にもなにやら怪しいゾンビが混ざっていたようだが、それはあたしには分からない。カタコンベの死体を全て把握しているわけではないし、ララーシュタインが細工していたようだ。
ララーシュタインは、アーナム人を追い出すのではなく、根絶やしにするのが目的だったようだね。大陸にも攻め込むつもりでいた。だから軍船や空飛ぶゴーレムを造った。その正体は大悪魔サルガタナスだ。あたしも気付くのが遅かったよ。
別件だが、『六人の魔女』ってのは、もともと危険極まりない禁書やアーティファクトを管理するために、あたしが体裁を整えた組織だ。この世に残され実在する火炎奇書は六本だと云われている。本当に六本あるのかどうか分からないがね。巻物の形とも限らない。その禁呪を自分で使ってしまったあたしは魔女失格さね。
あんたが「魔女」になり、あたしの跡をついで禁書を管理してくれる事を期待してるよ。別紙に四人の魔女の名前と居場所を記す。
あたしが使っていたアーティファクト、タロットデッキとパイロノミコンはあんたに託す。しっかりと管理しておくれ。処分するならば欠片も残さないように。
それから、怪力の騎士ガラハドヘ。ワルプルギスの夜では世話になった。ありがとうよ。あたしの幼名もワルプルガというんだ。あんたの女を見る目はしっかりしてるよ。あたしの子孫を選んだんだからね。マリアのことを頼むよ。」
シンディの遺書を読みマリアとガラハドはしばし沈黙していたが、ガラハドが堰を切って話した。ガラハドは、自分の父ラーンスロットがジャザム人であることを知らなかった。
「よし! おまえの事は頼まれた。引き受けよう。」
ガラハドはマリアの肩を抱いた。マリアは内心嬉しいのだが、眼をつぶって照れ隠しにガラハドの脇腹に肘打ちする。
「サリバン先生は、俺の親父がジャザム人だって知っていたんだろうな。シンビジウム王国にいたから、大陸系の民族なんだと思ってたよ。お袋はもっと東方の民族の出身のはずだが。俺は半分ジャザム人だってことだな。」
「ん。まあ、それはそれとして。この手紙の内容は、皆に話さないといけないわね。」
別紙に記されている四人の魔女の一人はオリヴィア。少なくとも一人は味方だ。相談もできるだろう。
今、マリアの手許には、シンディが残した物と、サリバンが残した物、二巻の火炎奇書がある。シンディはガラハドにもメカンダーの盾を残した。大きな力が知らぬ間に集中している。
バルナックでの戦後処理は少しずつだが、確実に進んでいた。軍船はすべて接収され、銃器やゴーレムを作製していた工廠は破壊された。
戦犯を処刑することは、女王ペネロープの意思で避けられていたのだが、火薬、銃器やインヴェイドゴーレムの製造法を知っている技術者や魔法使いは斬首された。戦争を繰り返す要素を排除するために。
大きな戦争をやらかして軍資金の出処が不明だったが、ララーシュタインにはスポンサーが付いていたらしく、内容については誰も知らない。規模からすれば、大陸の国家かもしれないが。
そして、バルナック独立はならず、またウエストガーランド王国の一地方へと戻った。年明けには新しい領主がウエストガーランド王国の貴族の中から着任する。
残る問題はウエストガーランド王国とミッドガーランド王国の国家間での政治だ。賠償と新しい軍事協定。ペネロープ女王、バージル外務大臣の仕事だ。
ホリスターとフォーゼも怪我が完治。ドワーフの職人たちの仕事も進捗状況が良くなった。ホリスターは飛行船フェザーライトの修繕をフォーゼに一任したが、フェザーライトの乗組員となることが決まっているフォーゼは張り切って仕事をこなし、年内に完了するようである。
そしてホリスターがどうしているのかと言えば、レストラン取調室の南側の開けた草原の中に反射炉を造り始めた。完成すれば、これまでよりも高温の炉で銑鉄作業ができる。
「確かに作業効率は上がるけど、炉から造っちまうなんて、親方はやっぱり凄えなあ。」
「効率どうこうじゃねえんだよ。これがねえと出来ねえんだ。」
「何をやるつもりなんです?」
「フェザーライトに乗り込むおまえに、最後に反射炉の作り方を見せてやりてぇってのもあるけどなあ。オリハルコンの加工には反射炉が要る。」
ホリスターの言葉にフォーゼは驚いた。オリハルコン、究極の希少金属だ。その加工を見せてもらえるのかと。しかし、オリハルコンなど何処にあるのか。鉱石も素材としての
金属材料なども見た憶えはない。
「もうミスリルの在庫が少なくてな。タロスの欠損した左腕を修理するにも足りねえ。そこでな、トマホークを溶解してオリハルコン製の左腕を新しく造る。ハイエルフたちが一本無くしたトマホークを見つけて運んできてくれたのには感謝しねえとな。」
そのハイエルフたちだが。トマホークを運んで来たことで、セントアイブスまで領域渡りが使えるようになった。仰々しく飛行船で押し掛けなくとも渡りで頻繁に訪れるようになっていた。
サキがオーナーを引き継ぐことが決まったこともあり、エルフたちが取調室に入り浸るようになった。エルフの王ギガが、もともとサキの外交官としての能力を高く評価していたことや、取調室の料理がエルフにとっても美味であることから、サキの兄夫婦フォワードとイスズが部下を引き連れて来店。地元民に農業技術や冒険者に魔法の知識を教えるなど、すっかりセントアイブスに馴染んできた。
こうしてミッドガーランド王国とアッパージェットシティの間での交流、協力関係が生まれ、俺にとっても良い事があった。エルフから野菜などの食材の買い付けをできるようになったのだ。
「フォワードさん、イスズさん、防衛部隊の兵隊さんばかりじゃなく商人さんとか連れて来てもらえませんかね? 」
「ああ、構いませんよ。では、次回は商人を連れてきます。何か欲しいものでも?」
「ええ、食材なんですけどね。胡麻なんて手に入りませんか?」
「胡麻、セサミンですか? エルフにも人気の食材ですわね。アッパージェットシティで栽培はしていませんが、南の大陸の国々と取引があるので、簡単に手に入りますわ。」
「本当ですか? 是非お願いします。ラーメンやトンカツと相性が良いので。」
なんてこった。もっと早くハイエルフと縁を持ちたかった。レイゾーが日本に帰る前に一つ良い報告が出来そうだ。できれば、タムラの墓にも供えたい。




