第224話 答え合わせ
シンディは、七枚の大アルカナのカードのうち、おそらくは読み間違えてはいないだろうと思われる五枚のカードには補助カード一枚を重ね、読みにくかった二枚には、さらにもう一枚の補助カードを乗せた。
補助カードを表に返すと、愚者には棒のA、魔術士には棒の9、女教皇には聖杯の10、力には金貨の王、塔には金貨の6。
それぞれに、シンディが予想していたとおりに補助カードが付いた。愚者は坂上礼三、魔術士はオズマ・オズボーン、女教皇は自分の子孫であるマリア、力は、そのマリアの夫のガラハド、塔はエルフのサキ。それぞれの人物を差す事に間違いはないだろう。
そして、シンディが気になっていた二枚。皇帝と戦車。当初、皇帝はミッドガーランド王家のうちの誰かと読み、戦車は心当たりがなかった。この二枚が若い勇者を示すものなのか。
皇帝の補助カードを表にめくると、棒の小姓と女帝。これは、読みにくい。王から女王へ政権移行したものと考えれば、ミッドガーランド王だったジェフ・グレイシー。しかし、ジェフ王はララーシュタインにとって障害どころか、あっさりと暗殺された。他の王家なのか? しばし考え込んで思いついた。
「そうか。ダークエルフだ。ダークエルフの王オズワルド・オズボーンが最終戦で戦死した。オズワルド王には娘がいるはず。」
最後に気になっていた戦車の補助カードを読み解くため、二枚のカードを表に返すと剣の2,金貨の7だった。シンディは息をのんだ。
「これは、戦車は異世界人ってことかい!? だったら、あたしが知らなかったわけだね。」
剣の2のカードは、見えない世界との関わりを示す。三枚の意味を合わせれば、異世界人といっても英雄レイゾーほどの熟練の強者ではない。が、戦えば勝つ。不退転の覚悟を持てば前進を止めない、敵にすれば厄介者と言える。
「戦況報告を受けていた中から察すれば。ウィンチェスターを倒したクッキーとかいう若僧だね。あのタロスの火力担当で、生身の戦いでもゴーレムをぶっ飛ばしたとか。」
ひとまず占いの答え合わせができたことで、シンディは納得したが、不思議に思うこともあった。二人の若い勇者が出てこない。これは、勇者がいなくてもララーシュタイン、悪魔公サルガタナスは負けていたということだ。
たしかに、悪魔に止めを刺したのは、若い勇者の二人であるが、最終戦まで勇者ふたりには、たいした活躍の機会はなく、ミッドガーランドの軍がバルナック城まで攻め込んだのも、勇者二人の功績だとは言えない。悪魔公サルガタナスも、たいした実力はなかったということだろうか。
「やれやれ、サルガタナスも運がなかったのかねえ。」
しかし、それならば何故勇者がいるのだろうか。しかも、いくら若いとはいえ二人も。勇者が生まれるかどうかは、それこそ神々の思し召しのはずなのだが。神々もミスをするか。
勇者について占ってみようとしたとき、ドアの外の看守の兵がシンディを呼んだ。戦犯として裁かれるときがきたかと思った。泣く子も黙らせる魔女は、七十八枚のカードデッキ、一巻の巻物と予め書いておいた手紙を置き、牢として使われていた部屋を後にした。
「やれやれ。火炙りは勘弁してもらいたいねえ。苦しみながら死ぬくらいなら…。」
一カ月経ち、暦は十二月。もうすぐ中旬。俺は怪我も全治したので、通常運転に戻っている。通常とはいっても、戦後である。ジャカランダの城下町では飛行型ゴーレムが落とした爆弾によって吹き飛ばされた建物やインフラの瓦礫の撤去がまだ終わらず。西海岸のクライテン村では、地雷の爆破処理作業。近海にもまだ機雷らしき物さえあった。
復興への道は長そうである。セントアイブスでも随分と環境が変わった。それまでにいた働き手が戦没者となり、回らなくなってしまった産業があり、手の入らない畑、漁に出ない漁船、野良になってしまった羊や牛。技術や道具を継承していなければできない仕事をする者が減り、失業者、また就労前だった子供や無力な年寄が残され、戦没者の代わりに外部からの冒険者などが入り込んだ。
領主ページに仕える騎士たちは、復興に全力を注ぎたいところだが、治安維持が第一の仕事になってしまっている。魔物の狩りや討伐を行う冒険者には粗暴な者もおり、その対応をしなければならない。
そして、凌ぎの生活の糧を得るために迷宮に入る「にわか探索者」たちをサポートするために俺とクララは頻繁に取調室に近い地下迷宮に潜っていた。年寄だけのパーティ、女子供だけのパーティが結構いる。自然の怖さを知らない登山客みたいなものだろうか。
「またクッキーが怪我人を担いで帰ってきたんだって? 」
「行く度に遭難者を助けてきますね。」
「マリアも頑張ってるけど、ギルドに登録もしないまま迷宮に入る無知で迂闊な人、多いのよね。」
マチコとシーナの会話だが、本当は彼女たちこそ迷宮に入りたい。そこをこらえて取調室から素人の探索者へと情報が流れるように啓蒙活動に徹していた。マチコは妊娠中なので動くわけにもいかないが、それにつけても人手不足でどうしようもないのだった。
外部からの人の流れがあるのに、取調室も人員が減っている。タムラ、フレディ、ディーコン。サキとレイゾーは戦争で伴侶を失った後家たちから数人を採用して、取調室の厨房、ホールへと配置。
食材の調達と、裏の顔、町の南端の守りの砦としての新戦力は、そのうちに俺とクララが連れて来るものとして期待されているようだ。
女王ペネロープはジョンとアランに命じ、水軍の再編成を進めている。やはり島国にとっては海上の守りは重要案件だ。
「ケーヨ。控室にガレス卿を待たせているので、謁見室まで連れて来てくれる?」
「陛下。私はガレス卿とは面識がございませんが。」
「会えば分かるわよ。あの人によく似ているから。」
「は? あの人とは? 」
「会えば分かりますよ。兄弟なのよ。」
ケーヨは訝しいとは思いつつガレス卿を謁見室に案内するために控室に向かったが、本当に言われたとおりだった。ガウェインを控えめにしたような男が背筋を伸ばして椅子に座っていた。ケーヨは息を飲んだ。ガレスに一目惚れしたようなものだ。心拍数が上がるのが自分で分かるが、できるだけ平静を装って話し掛けた。
「ガレス卿でございますね? 女王陛下のもとへご案内いたします。」
「はい。お願いいたします。」
ガレスが椅子から立ち上がったが、立ち居振る舞いもガウェインによく似ている。身分の差、年齢差から遠慮してしまい打ち明けられなかった片思いの相手をそのまま若くしたような男が目の前にいる。
謁見の間まで案内して共に歩きながら、ガウェインとの関係について訊いてみた。いや、訊かずにはいられなかった。
「ガウェインは兄です。四人兄弟の一番上の兄ですね。私は末っ子ですので歳は十二も離れていますが。」
「今回の出征で戦死なされたことは、ご存知なのですよね? 」
「ええ、それは勿論。」
「お悔やみ申し上げます。」
「ご丁寧に。恐れ入ります。」
「お兄様のガウェイン卿には、たいへん良くしていただきましたので。」
ペネロープ女王、アラン国防大臣と謁見したガレスは、現在の水軍東南方面部隊から北西方面への転属を命じられた。戦後の人手不足ではあっても栄転である。
「水軍の北西方面部隊は壊滅状態です。ほとんどの船が沈みました。ただ、バルナックの軍船を幾つか接収しました。それを使って北西方面部隊の再編制を決定しました。
最新式のスクリュー推進ですが、帆を張らずに進むのは、今、卿が操船しているメイフラワーと同様。スクリュー推進式のうちの一隻の船長に任命します。」
「はっ、謹んでお受けいたします。」
この辞令が済んだあと、ペネロープはしてやったりと、ニヤリと笑いケーヨをからかった。パーカーもそっぽを向いて笑っていた。
「ガレス卿とは書類のやり取りが増えるわ。連絡はケーヨにお願いするわよ。
ガレス卿ならケーヨと歳も近いわね。ガウェインじゃなくガレスにチューしてあげなさい。」
ケーヨは頬を赤く染め、照れ隠しに首を横にふっていたが、内心はペネロープに感謝した。翌日、ガウェインの墓に花を供えに行ったのだった。
もうあと数話で完結する予定ですが、伏線はしっかり回収して終わらせるつもりです。




