第22話 長柄武器
【クララ】
ジョブ(職業):冒険者 探索者 評価ランク:A
クラス(職能):レンジャー(遊撃手) サーベイヤー(測量士)
所属パーティ:シルヴァ・ホエール 評価ランク:A
テオのダンジョンのオーバーランの防衛戦に参加したことで、いくらかの報奨金が出ているらしく、ギルドの1階窓口で呼び止められた。探索でダンジョンに入り同じ魔物を狩れば、もっと稼げたのではないかと思える金額だったため、遠慮せず受け取った。他の冒険者たちも同額であるそうだ。
武具や探索、冒険に必要な道具を売る店は探索者ギルドと冒険者ギルドの間に数件並んでいる。クララはもともと、この街の出身であり、冒険者としてあちこちに移動する今も半年に一度くらいのペースで帰郷するらしいので、買い物をするにも土地勘を持っており迷うことはない。
「槍とか長柄武器を買うなら、この店が良いんですよう。」
なんだか女の子らしくない事言ってるなあ。しかも笑顔で。まあ冒険者として必要な物を買うわけだから、いいか。間口は狭いが天井が高く、かなり奥行がありそうなレンガ造りの店に入る。
「このコーナーが手槍ですね。あたし、どうせ投げちゃうから投げ槍でも構わないんですけど。投げ槍は投げに特化しちゃってますから。柄が細くって他の目的にはあまり適しません。手槍って本当は攻撃よりも防御のためのものなんですよね。狭い場所でも使えますし。柄が反らずに真っ直ぐの物を選べば投げやすいはずですね。」
「へえ、さすが詳しいね。」
矢も含めて投げ槍などの投擲武器は、投げた後、今度は敵に同じように利用され返されることまで考えねばならない。その意味では、投げ専門の投げ槍よりも、本当は違う目的の手槍の方が、敵に投げ返されるリスクは減るだろう。良い選択なのではないだろうか。
何気なく見まわすと、戦斧や戦鎌まであり、品揃えに驚く。そんなに大きな街ではないはずだが、ダンジョンに近いので、それだけ需要はあるのだろう。地味だが、手槍の隣に置いてある短槍が目についた。
「あ、これ・・・。」
長槍といえば、長さ6メートルに達するものまであるが、短槍と呼ぶのは人間の身長くらいの長さまでだ。100センチから150センチくらいの手槍も短槍に含まれるので、すぐ隣に置いてあるのだろう。
銃剣道で使う『木銃』は長さだいたい166センチ。これは旧日本軍が使っていた小銃の先に短剣を着剣した長さで、戦場での銃剣突撃に槍術などを取り入れて武道とした銃剣道では理に適っている。俺の身長は177センチ。自分の身長くらいの短槍を購入して石突側を銃把、銃床の形に加工できれば、多少削られて短くなったとしても木銃、いや銃剣のように使えるのではないだろうか。
今の装備はレイゾーから、正確には取調室から貸与されている革製の鎧、帽子、手袋とブーツ、最も標準的な両刃の片手剣のブロードソードである。この片手剣は軽くて振り回しやすいのだが、日本人である俺としては、竹刀や木刀、日本刀に近い片手半剣の方がなんとなく馴染む。片手半剣とは、片手でも両手でも持てる剣のことだ。要するに、この剣では、いまひとつ心許無い。その点、短槍を銃剣道の木銃のようにできれば一番使い慣れた武器となる。石突側の加工は、まあ出来れば、だ。贅沢を言い出したらキリがない。『足るを知る』ということだな。
短槍の購入を決めた。しかし、クララの付き合いで来ているので、彼女の買い物を優先しよう。
「クララ、手槍の長さは、どれくらいにする?」
「そうですねえ。使わないときはストレージャーに入れてしまえば邪魔にはならないのですけど。」
彼女は舞うように動きまわるので、大きく感じるが、意外と小柄である。投げた時の破壊力としては質量が大きいほうが良いが、遠くまでは飛ばせない。
「標準的な長さにしておくかい?130センチくらいあれば、怪我したときの杖代わりに使うとか、何かとツブシが利くかもね。」
「はい、クッキーさんのお勧めならば、それがいいです。」
(か、かわいい。)
鼻の下が伸びそうだ。いや、すでに伸びてるかもしれない。できるだけ涼しい顔をしてやり過ごそう。
「あ、俺もついでに。短槍買ってくよ。」
自分の身長くらいの物を選ぶのだからすぐだ。短剣の部分はあとで刃を研げばいい。サッと取り上げて、一緒に会計を済ませる。
「明日からの探索に使えますよぅ。いい買い物しましたね。」
「他にも何かある?」
「マッピングなんかは、あたしができますし、とりあえず必要な物は私のストレージャーにあります。どうせ数日かかってやるものですから、後から買い足してもいいでしょう。でもせっかくだから、隣の雑貨屋にも行きませんか。」
「うん、そうだね。そうしよう。」
雑貨屋では、普段の生活から探索冒険に使う物、台所用品に保存食まであった。売れる物なら何でも扱うという商魂逞しい店だ。日本のディスカウントショップみたいなものか。バックパックやウエストポーチなどの鞄の類を物色していると、面白い物を見つけた。麻袋だ。穀物などを入れるための袋だが、口は巾着のように紐で絞って縛るので、荷物を目一杯詰められる。閃いた!
「これ! 土嚢を作れるじゃないか!」
「ドノウ?」
クララは知らないらしい。とても実用的なんだが、このユーロックスって世界にはないのだろうな。日本では治水や土木で頻繁に出番があるけれども。自衛官の俺にとっては身近な物だ。陣地を作るのには必需品。
「これがあるとね、塹壕を掘ったりする作業が楽になるんだよ。ロジャーさんのところへ持って行って薦めてみよう。」
とりあえず10袋買ってみた。土嚢の積み方を説明するだけなら、これで十分だろう。
そして夕食なんだが、クララが朝、俺の部屋のドアをノックする前に情報を掴んだらしい。出汁巻き玉子とは別に、今朝また新しいメニューを作っていたというのだ。目敏いな。情報通なのか、食いしん坊なのか?
何はともあれ、取調室に戻って食べることにした。楽しい我が家だな。今日は奥の個室よりもエントランス近くのホールの方が混んでいた。
「よお、お二人さん。お前らも入れよ。俺のテーブル人数少ねえんだ。」
ガラハドが声を掛ける。これはテオのダンジョンのオーバーランで攻略戦に参加した冒険者たちの団体さんだ。攻略の直接の手柄はAGI METALの三人だとしても、そのお膳立てと行方不明の探索者夫婦の救出に尽力した。三組の冒険者パーティは皆満面の笑顔だ。
「ダンジョンの中で、おまえら頑張ってっからカツ丼おごってやるなんて言っちまったもんでよ。まあ、ギルドのマスターとしては、これくらい労ってやんねえとな。」
「まあ、マスターのお仕事もたいへんですねえ。」
「そうでしたか。ガラハドさん、理想の上司じゃないですか。」
ガラハドの鼻がヒクヒクと動く。てれてるんだろうか。
「ところでガラハドさん、新しいメニューができたとか。」
クララが小声で訊く。するとガラハドは、親指で背中の壁を無言で指さす。
指さされた先にはブラックボードがあり、
お食事:豚骨ラーメン、貝出汁塩ラーメン、カツ丼、親子丼
つまみ:チャーシュー、煮玉子、出汁巻き玉子
ドリンク:各種
とチョークで書かれている。
親子丼だって?そうか、ラーメンのスープに鶏ガラも入ってるから、前々から鶏は仕入れができた。レイチェルとジーンの姉弟のおかげで出汁が加わったから、親子丼ができるようになったのか。貝出汁の塩ラーメンも出汁巻き玉子ももうメニューに入ってるし。厨房スタッフも仕事早すぎるだろう。
「クッキーさん、親子ってなんでしょう?」
「あー、ちょっとこの名前は残酷に思えるかもしれないけどね。鶏と玉子の親子なんだよ。それを丼料理にしたの。」
「あらあら。凄いセンスのネーミングですねえ。じゃ、それ食べてみましょう。」
(やっぱ食うんかい!? )
余計なことを考えつつも、俺も親子丼食べたい。エールと親子丼を注文して乾杯した。取調室のメニューはまた増えていくのだろう。食材調達係としては、胡麻も探さないといけないな。
エールはビールの一種です。酒飲まない人、未成年だと分からないよね。




