第222話 決心
開店前のレストラン取調室。レイゾーが今後の事について話したいとクランSLASH を集めた。
レイゾーはユーロックスからグローブへ、元の世界、日本へと帰る決意を固めた。フェザーライトの修理は遅れ気味だが、それが済めばオズマの次元渡りの能力でグローブへ送ってもらうと。
一方でマチコは、ユーロックスへ残る。サキの子を産み、育て、サキとともに生きる。
クララが俯いて、俺の右腕を引っ張る。涙ぐんでいる。
「ね、ねえ。了ちゃん。了ちゃんは、どうするの? グローブに帰る?」
俺はドキリとして、答えが一拍遅れてしまった。これはクララには長い時間に感じたのかもしれない。
「帰らないよ。ずっとここにいる。この世界ユーロックスで暮らすよ。
理由を言おうか。自然災害のために妹は死んでしまって、両親との関係は良くない。そして、急にいなくなった俺は『脱柵』っていうんだけど、こっちの軍での脱走や敵前逃亡のような扱いになっていて、自衛隊には戻れない。日本に帰る理由はないさ。
それになんといっても、ここにはクララがいる。クララと一緒にいるよ。」
クララはメソメソと泣き始めた。何故泣く? 俺は帰らないと言ってるのに。どうしたら泣き止む? マチコが助け船を出してくれた。ありがたい。
クララをハグして声を掛けた。まあ、マチコはこれから子供をあやす機会が多くなるわけだが、クララも子供みたいなものだろうか。いや、それは言ったら怒られるな。妹みたいなものか。クララは姉を亡くしている。姉に甘えるようなものか。
「ほらほら。クッキーは帰らないで、ずっとここにいるって。泣くことないのよ~。」
レイゾーは、ここでクララを構い過ぎると拙いと思ったのだろうか。話を進めた。
「いやあ、僕が元の世界に帰ったら、取調室がどうなるのか。ちょっと気になってるんだよねえ。」
「ああ、この店がなくなるのは、あまりに惜しい。」
すぐにサキが同意した。エルフがばくばく肉食ってるのって珍しいらしいからな。この店は代え難いだろう。
「クッキーとマチコちゃんがこの世界に残るなら、これまで同様に食材を集めたり新しいメニューを作ってくれたりすると嬉しいんだけど。」
「そんなこと、畏まって言わなくってもやるわよー。今も好きでやってるんだからさ。」
マチコは前向きだ。ガラハドも同意した。
「冒険者ギルドの立場からしても、この店があると助かる。ギルドの受付に併設されて酒場や飯屋はあるが、それじゃあ足りない。探索者ギルドだってそうだ。今回の戦争の影響で人出は多くなりそうだしなあ。」
ここでマリアがしびれを切らしたようだ。レイゾーに発言を促した。
「レイゾーは、考えてることがあるのでしょう。私たちに遠慮しないで話しちゃいなさいよ。」
「そうか、では。サキ、店のオーナーを継いでくれないか。利き酒もできるよね。厨房はシーナに任せるとして。マチコちゃん、新しいメニュー、レシピ開発と、食品蔵の管理ね。味噌や醤油を作ってるからね。クッキーは今まで通りに食材調達。フレディとディーコンが亡くなってしまった分も頼むよ。」
「いよっ、クッキーは仕入れ担当重役に抜擢だなっ!」
「ガラハドさん、まぜっかえさないで。」
冒険者ギルドのマスターは、半分俺をからかうような素振りだが、それでクララを笑わせようともしている。だが、それだけでもない。
「ああ、それと。サキ、クッキー、クララな。マリアとも話したんだが、探索者ギルドの臨時職員になってくれ。」
サキに魔法講義の講師に、クララと俺には実習の教官になれとのことだった。初心者の探索者が死なないように指導しろと。
「忙しいけど、戦争やってるよりいいだろ。まあ、まずはしっかり怪我を治すことだ。それからな、俺の権限でクッキーの評価はAランクに上げるから。」
サキはあっさりと承知。意外と早く纏まった。
そして、俺達の話が終わる頃に漁港に復員船も入港した。領域渡りを使って帰って来る者もちょくちょくいるが、それほど数は多くない。復員船も半数は故人を乗せている。
明日は合同葬をするそうなので、それが終わったらクララの姉ソフィア、フレディにディーコンも土葬することになっている。オズワルドについては、まだ時間が掛かってしまうが、新しいダークエルフの空中都市に墓地を整備中だそうだ。ドワーフのスカイゼルとグランゼルもそちらに。今はセントアイブスと迷いの森に分かれて仕事をしているホリスター工房の職人たちも、ラヴェンダージェットシティの住人である。
オズマは迷いの森、フェザーライトの甲板にいた。群生した世界樹を見渡せる場所でメイと向かい合っていた。
「メイ。オズワルドを守りきれなかった事は申し訳ない。これは恨まれても仕方がないと思ってるよ。」
「やあねえ。恨まないわよ、そんなこと。」
「それより伯父様は、これからどうしようと思ってるの?」
「それだがな。覚悟は出来てるよな? おまえがダークエルフの女王になるんだ。」
「えっ、ちょっと待ってよ。伯父様が王に復帰するんじゃないの? 」
「莫迦言っちゃいけない。一度退いた者が戻るなんてのは筋が通らない。」
ダークエルフの都ラヴェンダージェットシティの支持体である世界樹を喰い荒らし、ダークエルフの国を滅ぼした邪竜ニーズヘッグと、眠っているそれを刺激し、起こして宇宙樹破壊に利用しようとした悪魔サルガタナスを打倒した。エルフの協力で第二のラヴェンダージェットシティとする世界樹もみつかった。
ラヴェンダージェットシティのインフラ工事が進めば、ドワーフの鉱山都市デズモンドロックシティに仮住まいしているダークエルフの同胞たちを移住させる。
「ドワーフのデブリ王にも挨拶にいかないとな。」
「立派な王様なのに、見た目チャラチャラのあのオッサンかあ~。」
「本人を目の前にして言っちゃ駄目だぞ。そういうとこ、おまえ女王としての自覚足んねえぞ。」
「はあーい。」
木工の得意なフォーゼは、フェザーライトの修理を買って出ていた。ただ半年から一年で浮かび上がるという世界樹を都市として開発すべく資材の搬入が優先事項なので、今はフェザーライトの船体に使う木材を切り出すのみだが。
二人の会話が終わったのを見計らってフォーゼが声尾を掛けてきた。フォーゼが今後の身の振り方についてホリスターに相談していたが、その事のようだ。
「よろしいですか、オズマの旦那、姫様。」
「おう、かまわねえよ、木材の伐採ご苦労さん。」
「この戦争で、俺もいろいろ考えちまって。ホリスターの親方には許可をもらったんですがね。ちょっと環境を変えてみようかと思いまして。この船の乗組員にしてはもらえないもんかと。」
「ほーお。いいタイミングできたなあ。」
「船の整備は一手に引き受けますよ。木工なら親方にも負けねえ自信があります。」
「ホリスターが認めたんなら。俺は何も言うことねえ。そうしろ。」
女王となれば、空中都市にいて、おいそれとは外にも出られなくなる。オズマが一人でフェザーライトを運用し、各地に散ったダークエルフを保護しに行くのもメイとしては心配なので渡りに船である。
「あたしはラヴェンダージェットシティにいることになるからね。丁度良かったわ。」
「これからは姫様じゃなく女王様ですね。」
「元国王様の我儘に付き合うのは大変よ。頑張ってねえ。」




