第220話 次元渡り
光か闇かの精霊、または神か天使の加護、悪魔を服従させるかの違いで、勇者と魔王、二つの職能、称号が違うのだが、時と空の精霊の加護を受けるのは、同じであり、渡り能力に重要なのは、時と空の精霊である。
次元渡りとは、迷宮渡り、領域渡りを大きく越える移動能力で、距離だけでなく時間まで越える。時間旅行ができるのだ。
だが。ほんの小さな違いで未来は変わるため、未来に往ったところで現在に戻った時には、もう別の未来になっている。未来に往ってもあまり意味はない。そして、過去はどうやっても変わらない。過去に往ったところで干渉はできないのだ。よって所謂タイムパラドックスというものもない。人はただ先の見えない未来に向け現在を生きている。
オズワルドは、この能力に特化していると思えるくらいに達者だった。元々好奇心の強い彼は、様々な地域の過去へ飛び、観察して歴史を調べまくった。この世界の理を知ろうと知恵を蓄えた。
それから、次元渡りが領域渡りや迷宮渡りと違う点は、術者本人しか移動できないことだ。パーティメンバーを連れて行くことはできない。オズワルドに単独行動が多かったのはこのため。さらには、オズマはユーロックスとグローブの関係を知るために、異世界のグローブにまで往来していた。
「いやいや、ちょっと待ってよ、オズマ。術者本人しか移動できないんだよね。それだとさ、僕たちは勇者か魔王にならないといけないね。精霊などの加護を受けられるのは三つまで。僕とクッキーは、すでに火の精霊サラマンダーの加護を受けているから、勇者か魔王になるための精霊種が三つ揃わない。マチコちゃんなら、今からでも勇者か魔王に成れるかもしれないけど。」
「えっ、あたしは帰らないわよ。ずっとここでサキと暮らすんだもん。」
マチコはお腹を摩り、サキに抱きついた。マチコにとっては、なによりもサキが最優先である。
「ははは、そうだね。マチコちゃんは、それが一番いいよね。だけど、僕は帰る方法を知りたい。帰れるなら帰って、また音楽をやる。」
レイゾーはオズマに話しを続けるように促し、俺は黙っていた。俺は元の世界に帰るか、どうする? いや、帰る理由はあるか?
「だよな。レイゾーは帰りたいだろう? 続けよう。
次元渡りはな、術者によって個人差が大きい。オズワルドは時間を越えられた。過去にも未来にも行って歴史の研究をした。だが、質量にも制限があってな。ストレージャーにたいした道具も容れられなかった。だから、あまり効率良く研究は進まなかった。
俺の場合はな、時間旅行などは無理だ。オズワルドのようなことはできないが、代わりにできる事がある。フェザーライトごと渡りができる。質量も大きくて大丈夫だ。フェザーライトに荷物を積んで月の世界へ往復できる。おそらく、異世界グローブへも行ける。」
サキは知っていたらしく眉一つ動かさない。が、あとは一同驚いた。レイゾー、マチコ、クララ、勿論俺も。
「フェザーライトに乗ってグローブへ行けるのかい? 」
レイゾーが興奮気味に大きな声を出した。さすがヴォーカリスト。家の外にも響くんじゃないのか? 見事なシャウトだ。
「行ける。邪竜ニーズヘッグにダークエルフの空中都市ラヴェンダージェットシティを滅ぼされて、その後の行動をサキ、ホリスター、オズワルドと役割分担して、俺がフェザーライトの船長になったのも納得だろう?」
「でも、今、そのフェザーライトはどうしてるんだい? 」
サキの使い魔のリュウがフェザーライトの様子は把握していたが、ハーロウィーンが終わり、迷いの森、白と黒の妖精の森があるのは、遠い北の島である。領域渡りは、一度行ったことのある土地に再び向かう場合に発動できる。つまり今セントアイブスにいる俺達では、誰にも即時での移動は不可能。普通の手段で移動するしかない。ひとまずジャカランダまで行き、そこからペガサスを借りるのが、一番早いだろうか。
そして、領域渡りのできないリュウが飛翔して来るには苦労が伴ったはずだ。疲れているので今は休ませており、またすぐに折り返しフェザーライトまで行かせるわけにもいかない。メイが領域渡りで帰還してくれれば良いのだが、当のメイたちは、傷ついた船の修復と新都市になりそうな世界樹の調査のために、それどころではなかった。一緒にフェザーライトに乗っているドワーフたち六人には、渡りのできる者はいない。
「今はメイとホリスターの弟子六人が運用してるんだ。世界樹の下調べをよっぽど念入りにやっているか、そうでなけりゃ、どこかに寄り道でもしてやがるんだろう。まあ、そのうちに取調室で使う食材でも積んで帰ってくると思うぜ。」
にわかに外が騒がしくなってきた。何事だろうかと、俺は外へ様子をうかがいに出た。聞き覚えのある風切り音が頭上から聴こえる。見上げるとフェザーライト、ではなかった。
フェザーライトよりも一回り大きく、船体は白く塗られている。これは、作戦終了後に報告を聞いたハイエルフの飛行船だろうか? 慌てて家の中へサキを呼びに行った。
タムラのサングラスを掛け上空を見上げたサキは、やはりこの飛行船を知っていた。船首と帆には、白い蛇と鷲を絡めたような図柄の浮彫。ハイエルフの王家のエンブレムだ。
「ああ。ハイエルフの防空部隊のフラッグシップだ。外交では王家の移動にも使われる軍船。人事異動がなければ、船長は私の知り合いだ。問題はなかろう。」
飛行船が左右に開いていた帆をカモメの翼のように上に持ち上げ、洋上船の姿になるとレストラン取調室の南側に着陸。俺達がいるクララの家からは一寸遠いが、大きな船なので見失うことはない。セントアイブスの大勢の人が飛行船の周りに集まった。
エルフの飛行船から降りて来たのは、三人のエルフ。見目麗しい男女を羨望の眼差しと感嘆の声が出迎えた。両脇を固めるのはエルフの将軍フォワードと防空部隊の船団長イスズ。そして真ん中にいるのは、エルフの王ギガである。身分の高い者が不用心にも思えるが、船上の魔法使いたちが防御結界を張っているのだった。
慌てて駆けつけたサキとオズマ。サキは片膝を着く。
「息災かね、サキ。久しいな。オズマ殿下もまた会えて嬉しい。天使タルエルと共に邪竜ニーズヘッグを退治してくれたようで、全てのエルフを代表して感謝する。そしておめでとう。」
「勿体無いお言葉です。陛下。ニーズヘッグを打倒するのに多くの時間を費やしてしまいました。お許しください。」
フォワードとイスズもサキに声を掛けた。フォワードはサキの兄。イスズは義理の姉である。フォワード、イスズ、サキとも黒髪。エルフとしても黒髪はたいへん珍しく、そのために幼少時より仲間意識のようなものが強く仲が良かった。サキが黒髪の日本人の俺達と上手くやっているのも、これが一因かもしれない。
「サキ。久しぶりだな。打倒ニーズヘッグ、よくやり遂げた。この数千年、誰も成し遂げられなかった偉業だ。兄弟として誇らしい。」
「また三人で飲みましょう。話したいことが沢山あるわ。」
「ああ。結婚おめでとう。使い魔から二人が結婚したらしいと聞いた。そのうちに祝いの品を持って顔を出す。
それから、こちらからも知らせることがある。子供ができた。」
後方をゆっくり歩いて来る身重のマチコの方に目線を向けた。マチコにはクララが付き添っているが、マチコはお腹を擦りながら歩くので、すぐにそれと分かったようだ。
「まあ! それじゃあサキも結婚したのね。」
「いや、人種が違うし籍は入れていない。彼女は異世界人だ。」
「そうか、それでは、彼女にニーズヘッグを倒すために協力してもらったのだな? 良い相手を見つけたな。おめでとう。」
「そうかそうか。邪竜が滅び、それを嗾けていたと思われるデーモンも退けた。フォワードとサキの兄弟がそれぞれ新しい家族をつくった。こんなにめでたいことはないぞ。ところで、オズマ殿下。」
ギガ王は、話を纏めようとしているのか、広げようとしているのか、良く分からないのだが。エルフの王と、元ダークエルフの王の会話だ。大事なことだろう。
「メイちゃんなんだけどねえ。とってもいい娘に育ったねえ。オズワルド陛下の教育の賜物だね。父王の死を堪えて、もうラヴェンダージェットシティを再興しようと頑張っているよ。」
エルフのギガ王もダークエルフの王族とはフランクな関係のようだ。この後、セントアイブスの領主館へと場所を移し、ページ公にガラハド、マリアも含めての会談となった。
それから、エルフの飛行船には大きな土産が積まれていた。タロスがニーズヘッグへと投げつけたホリスタートマホークの一本だ。万全ではないフェザーライトに代わってオリハルコン製の巨大な武具を運んでくれた。
元の世界へ帰れるかも。どうする?
それから、ダークエルフの都の再建は?




