第219話 新天地
メイと三人のドワーフは、フェザーライトを離れ、イスズからの情報を確かめに世界樹の調査をしていた。その世界樹はほぼ綺麗な円形に広がり直径十キロ弱。周囲三十キロほど。世界樹の根や幹からは、さらに様々な種類の植物が芽吹いていおり、鳥や小動物の巣にもなり、ビオトープを造っている。複雑に多種の植物が絡み合っているため、よく観察しなければ、一本の木とは分からない。
「姫様、こりゃあいい。元のラヴェンダージェットシティよりは小さいが、世界樹は空に浮かんでからも成長を続ける。」
「そうね。人口も少なくなってしまったから、サイズはむしろ丁度いいくらいかもね。」
「おそらく、浮かび上がるまで半年から一年くらい。地上にいる間に資材を運び込める。すでに浮いている世界樹では、俺達に飛行船がフェザーライト一隻しかなくて輸送手段の確保がネックだったんだ。」
「うん。ここに第二のラヴェンダージェットシティを造ろう。父もサキも賛成してくれるわ。なんたって、もう邪竜ニーズヘッグはいないんだから。あたしたちの新天地よ! 」
メイもドワーフたちも飛び跳ねて喜んだ。しかし。この時、メイたちは、まだダークエルフの国王オズワルドが戦死したことを知らなかった。
その一方で、もう一つ良い事があった。タロスの落とし物をみつけたのだ。ドワーフの一人が遠方を指差した。
「姫様ぁ。あそこ! あそこに何か光っておりますよぉ! 」
ドワーフの一人が望遠の単眼鏡を覗くと、さらに驚いて声をあげた。見覚えのある素材の輝きだった。オリハルコンだ。
「ありゃあ、親方が造ったタロスのトマホークだぜ! 俺達も手伝ったからな。間違いねえ。」
俺達はセントアイブスに戻って来た。領主のページ公がいろいろと準備したらしく、こちらでも大歓迎を受けた。あまり喜んでばかりもいられないのだが。この街からも多くの志願兵が出陣し、帰らない。亡くなってはいない者も、まだ復員できずにいるなど。働き手を欠いている。
レストラン取調室としては、食材調達係として一線級の働きをしていたディーコンとフレディの穴をどう埋めるのか。シェフのタムラの件だけでもたいへんだったのに。
ホリスターの工房も、スカイゼルとグランゼルが戦死。単に人手不足だけの問題ではない。ドワーフの職人たちは、やるべき事が増えた。
で、それはそうとマチコは予想どおり大騒ぎだった。泣いて喜ぶ。サキの怪我を心配してはオロオロ。クララも俺も負傷しているのだが、説教もくらった。
「まったくもう! あんたたちが付いていながら、なんでサキは眼に怪我してんのよ!? 額に傷跡もつくって。イケメン台無しじゃないの! 」
「あー、それはその、ララーシュタインの正体が上級の悪魔で。予想外に強くって。」
「なに言ってんの、クッキー! ララーシュタインが悪魔なのは、皆薄々は分かってたでしょうに。確証がなかっただけよ。」
「はい。姐さんの言うとおり。」
締め技くらわないだけマシか。クララは俯いてしまっている。見かねたレイゾーが助け船を出した。
「まあまあ、マチコちゃん。皆たいへんだったんだよ。ガラハドだけは、親父さんとのバトル以外は掠り傷ひとつ無かったけどね。あれは規格外だから。
クララは、やっと再会したお姉さんが亡くなったし、クッキーは生身でメタルゴーレムと戦ったしねえ。」
「分かってるわよう。だけど悔しいじゃない。あたしだけ一緒に行けなかったのよ。うわあああん。」
とうとうマチコは大声あげて泣き出してしまった。取調室ではなく、シルヴァホエールで住んでいるクララの家だから、他のお客に迷惑だなんてことはないのだが。もう収拾がつかない。と思ったらサキがマチコの頭を撫でる。さすがにサキはマチコの扱い方が分かっている。
「ところで、レイゾー。私に用とは? 」
「ああ、そうそう。渡す物があるんだよ。タムさんの遺品なんだけど。サキが使ってくれたら嬉しい。」
レイゾーが懐から出したのは、ティアドロップ型のサングラス。レンズは偏光グラスなので、周囲の明るさによって色が変わる。
「ああ、レイバンか。なるほど。これはいい。」
「了ちゃん、これ何?」
「外に出ても眩しくない。目を守る道具だよ。ファッションアイテムでもあるな。」
異世界人の俺達は知っているが、此方の世界にはない。サキに着けさせると良く似合っている。中東の外人部隊の司令官みたいだが、それは黙っておこう。
サキのサングラス姿を見たマチコも似合っていると褒めた。これで機嫌が良くなると助かる。俺は心の中でタムラに感謝の言葉を述べた。レイゾーにも。この日からタムラの遺品のサングラスはサキの愛用品となった。
それから、少し遅れてオズマが尋ねて来ると、やや深刻な話が始まった。オズマとサキが並び、まずは謝罪からだった。オズマがお茶菓子など持ってくるので珍しいと思ったが。
「すまねえ。秘密にしていたことがある。サキには口止めしていた。俺のエゴだ。目的を果たすために、異世界人の力を借りなければならないと思った。
もうその目的は、目処が付いた。オズワルドも死んだ。だから正直に話す。いままで本当に済まなかった。」
レイゾーが宥めた。人にはそれぞれ立場や考えがあるのだから気にするな、と。
「隠していたのは渡りの能力についてだ。次元渡りを使えば、お前らはグローブに帰れるかもしれないんだよ。」
これには、皆驚いた。グローブの異世界人ではないクララも。レイゾーは目が輝いている。
オズマは淡々と話す。渡りの能力について、そして、それを今まで黙っていた理由を。
精霊魔術は精霊との契約などによる。術者の魔力を精霊に差し出し、その対価として精霊の力を借りて魔法を使う。高等魔術とも呼ばれる六芒星魔術と、同様に超高等魔術とも呼ばれる五芒星魔術は六色、または十色のマナを直接操る。
四極魔術は、言ってみれば、その中間にあるどっち付かずな魔法である。精霊などとの契約その他と、マナを直接操ることのどちらでも使用可能だ。
光、闇、時、空の精霊、または光の精霊の代わりに天使、闇の精霊の代わりに悪魔との接点を持っていれば使えるし、無彩色のマナ、白、黒、クリアー、グレーを操っても良い。
ただし、光と闇、天使と悪魔、白と黒は相対するものであり、両方を使うことはできない。例外として両方使える者もおり、それは賢者と呼ばれる職能でマリアは賢者である。
四極魔術を使う魔法使いが、ほとんどの場合白魔術士か黒魔術士に分類され、少数がその上位職白魔導士か黒魔導士となる。四極魔術に加えて高等魔術六芒星魔術を使える者ならば上位職だ。六芒星魔術を使えるということは、マナを直接操れる。精霊などに頼らなくともマナを操作して魔法を使える素地があるという意味で、魔導士は魔術士よりも上位職なのである。とはいえ、真の魔導士として十色のマナを扱えなければ、無彩色のマナ、白、黒、クリアー、グレーのマナを操れないので、ウィザードはメイジよりも格上の職能ということだ。ウィザードならば、個人差は大きいが、マナを直接操作して四極魔術を使用できる。「ウィザード」の「ウィズ(WIZ)」とは「ワイズ(WIZE)」であり、魔女や賢者にも通じる言葉である。
ちなみに僧侶は神に仕える職。マナを操るよりは天使との関わりによって白魔術を行使することが多く、また刃物を武器として使用しないという戒律などを設けることによって魔力を増している。
そして、四極魔術に関しては、もう一つ、重要な職能があり、呪術師と呼ばれている。『時』と『空』の魔法を操るのを得意とする職能である。
『時』によって効果を発揮し続ける魔法、『空』によって移動したり空を飛んだりする魔法が使える。実は『勇者』や『魔王』とは、この呪術師の上位職にあたる。
呪術師が探索者や冒険者に与える渡りの能力にも上位互換の能力があり、それが勇者、魔王、一部の魔女が使う次元渡りとなる。
「この次元渡りというのが、癖があってだな。術者によって、効果が異なる。使いこなしが難しい。それとダークエルフに授けられた神託の件もあって、俺はしばらく黙っておくことにしたんだ。」
オズマがますますしおらしくなっていく。本当に隠し事をすまないと思っているのだろう。こうなれば、こちらも真剣に聴こう。どうやら話は長そうだ。
元の世界に帰れるのか? 真相は次回。




