第218話 凱旋
使い魔とは便利な存在だ。またいつの間にやらリュウが飛んできて、サキの肩に留まった。何処にいたのだか。
フェザーライトとメイ、ドワーフ達の様子を伝え、新しく空に浮きそうな世界樹とイスズの事も報告。サキは、そういえば、メイには自分の家族のことは話していなかった、と思い出した。人間の何倍もの寿命がある長命種のエルフは、家族関係は希薄なものだが、まるっきり失念していた。
「そうか、フォワードとイスズが結婚したのか。一度帰省してみるか。」
フォワードとは、サキの兄。イスズにとっては上官でもあった。サキは父と同じく文官、外交官としての道に進んだのだが、フォワードは軍人。どちらも要職だが、顔を会わせる機会は少なかった。
それはともかく、フェザーライトの修繕と成長しいている世界樹の件をサキとオズマで話した。浮かび上がる直前の世界樹が見つかったというのは吉報だ。
「オズマ。ニーズヘッグは打倒した。次の段階へ進むタイミングだ。」
「ああ。条件の良い世界樹が見つかったのは、神の思し召しというヤツだろうな。」
「ちょっと忙しすぎるがな。まあ、暇よりましか。」
「まずはフェザーライトの修繕を急いでやってもらおう。それと異世界人の三人に俺達兄弟の魔王としての能力についても話す必要があるぜ。魔王だけじゃなく、勇者や一部の魔女にも使える能力だが、ジーンやアラン殿下には、まだ無理だろう。魔女については、情報が少ない。」
「そうか。そうだな。」
戦争で多くの犠牲が出た。だからこそ、少しでも明るい話題を提供するためにやるべきであると、レイゾーとガラハドが凱旋パレードを強く推した。その実務を仕切るのが、大臣バージルである。
ララーシュタインと直接対峙した俺達以外には、僅かな怪我の軽い騎士、兵士。儀仗隊と軍楽隊の小規模なパレード。ジャカランダに入る直前から隊列を組んだ。先頭にディナダン卿の騎馬。儀仗隊と軍楽隊。屋根の幌をオープンにした装飾の豪奢な馬車四台。最初はアラン、ジーン、レイチェル。次にレイゾー、ガラハド、マリア。三台目はサキ、クララと俺。四台目はオズマ、ホリスター、フォーゼ。五台目にロジャー、ブライアン、トリスタン。
ディナダンの馬が常歩よりもさらに遅いくらいのゆったりした速度で進み、ミッドガーランド王国軍の軍旗の後、短槍をバトンのように回す儀仗隊が続く。軍楽隊の旗、金管楽器、バグパイプ、ドラムと並び、俺達が乗る露天の儀装馬車が五台と兵士たちの行進。軍楽の演奏をかき消すばかりに大きな歓声が、両脇から聴こえる。
最初の馬車のアラン、最後尾のトリスタンは、さすがにこういったイベントにも馴れているらしく堂々としており、四方に愛想を振りまいて手を挙げている。先頭のアラン、ジーンはララーシュタインに止めを刺した勇者。殿のトリスタンは、ガウェイン亡き今、間違いなくガーランド最強の騎士だろう。元ダークエルフの国王のオズマとハイエルフの外交官のサキも姿勢が良く背の高さもあり、いつも以上に立派に見える。二台目の馬車のAGI METAL の三人は、パレードは初めてにしても、戦勝の凱旋で歓迎を受けるのは二回目だ。ましてやレイゾーは人気バンドのフロントマンだったのだから、観衆の前で堅くなることなんてありえない。バージルの人員配置、パレードの配車は見事だった。
しかも、復興担当大臣となったボールスがジーン、アランの二人の勇者がララーシュタインを討ち取った旨、市井にうわさとして流していた。それだけではなく、儀装馬車の十五名、実際には十二名だが、勇者と共に魔王ララーシュタインと直接戦った英傑であるとも。
西の空に大きなキノコ雲が観測されたことなどから、心配事の種は尽きなかったのだが、マイナス面は、まだ知らされてはいない。いずれ公表するが、それは本日ではないというのがボールスの判断だった。
凱旋パレードがジャカランダの街中を練り歩くのを涙目で見つめる者は多かった。その一人はイゾルデ。儀装馬車の上のジーンとレイチェル、トリスタンの姿を見つけ安堵した。ひとまず自分の家族が無事であることを神に感謝し祝福の言葉を述べた。
しかし、顔見知りの騎士たち、夫トリスタンの同僚の姿が見えない。先頭にいるべき騎士団長のガウェインがおらず、古参のベネディア、ライオネル、それにパーシバルも。そもそも、戦勝パレードなのに、あまりに行列が短い。海峡を越えての遠征だったため、すぐに全員が戻って来るわけではないが、あまりにも。
英傑たちに黄色い歓声が飛ぶ中、イゾルデは、せめて帰ったら、よく無事に戻ったと声を掛け、戦勝祝いの料理に腕をふるい労ってやろうと思った。
凱旋パレードが城門を潜ると、英傑たちは賛辞の声に送られながら、そのまま女王ペネロープと会談するために城内の謁見の間へと進む。女王ペネロープの両脇には内務大臣ジョン、復興担当大臣ボールス。一足遅れて外務大臣のバージルが入室すると、まず着席を勧められ、全員が席に座ると女王自らが話し出した。
「皆、大儀でした。よくぞララーシュタインを討ち取り、生きて帰国しましたね。其方たちは、この国の誇りです。国民を代表し礼を申し上げる。本当によくやってくれました。
この遠征の戦果と内容について、大まかな報告は受けています。魔王を名乗ったララーシュタインの正体は、悪魔サルガタナスであったと。
魔導書に記される上級悪魔。人の手で滅ぼしたなど、にわかに信じられないくらいの大物です。それこそ、お伽噺のような。英傑の其方たちには褒美を取らせます。詳しくは後ほど個別に知らせましょう。
ところで、被害も大きい。その穴を埋めるために、これから実務について話します。内務大臣。」
ペネロープが目配せをすると、ジョンは立ち上がり話を引き継いだ。目頭を押さえながら、手許の書類を確認しつつ、一語一語をハッキリと発音して進めた。
「各々方、よくぞ戦い抜かれた。よくぞ帰国なされた。感謝し、お喜び申し上げる。
では。国防大臣ゴードン、騎士団長ガウェインが名誉の戦死。このお二人の代役を決めねばなりません。陛下と宰相で相談した結果をお伝えする。
まず、今回の遠征で活躍した勇者、アラン公爵を国防大臣とする。二つ目に、トリスタン子爵を侯爵に。新たな騎士団長とする。それから、ディナダン子爵は伯爵とし、団長補佐。新体制として国を建て直す。就任式などは、また追って。」
復興担当大臣のボールスが続く。痛みの残る膝を撫でながらも、眼は輝いている。
「お食事を用意しておりますので、お召し上がりください。ご歓談なさって、あとはお休みいただいて構いません。寝室は迎賓館に。セントアイブスからご参加いただいたクランSLASH の皆様は、明日文官の魔法使いが渡りでセントアイブスまでお送りいたします。
何かご質問などございましたら、お食事なさりながら雑談で結構です。某としても、英傑の皆様の武勇伝など是非とも伺いたい。」
ボールスの声に交じって、頭の上から鳥の羽ばたく羽音が聞えた。カササギが嘴で器用に天窓を開け入って来たのだった。このカササギはウルド。サリバンの三羽の使い魔のうちの一羽。サリバンの死後、ヴェルダンディとスクルドはマリアの使い魔となったが、このウルドはオズワルドに譲られた。しわがれた声を出し、バサバサと翼を上下しながらオズマの肩に下りた。
「おまえ、ウルドじゃねえか。まったくカササギってのは、耳障りな声で鳴きやがるなあ。今までどうしてた? 」
ウルドは長い尻尾を上下に振り、さらに大きく翼を羽ばたくと人の声で話し出した。
「我はウルド。ダークエルフの王にして魔王であるオズワルドの使い魔。わが主オズワルドは上級悪魔サルガタナスと戦い死んだが、我はオズワルドの言葉を預かっている。」
オズマは『オズワルドの言葉』に驚いた。オズワルドは、タロスとニーズヘッグが戦う前に神託を受けているはずだ。『ニーズヘッグとララーシュタインを討て』という以外に何か別の神託があったのかもしれない。
「おい、みんな! これは、俺達ダークエルフにとっては、王の遺言だ。悪いが飯は後回しで頼むぜ。」
「「お、おう! 」」
ウルドは、カササギの声で一拍鳴いたあと、人の声でまた喋り出した。人の声というか、オズワルドの声だ。鳥はモノマネが得意なのだろうか?
「冬至の日の夕方、汝らは再び此処に集まりなさい。天使が舞い降りるだろう。」
冬至の日とは、この世界ユーロックスでは、大晦日。十二月三十日だ。あと二カ月弱。夕方とは、その冬至の日暮れ。一年で一番長い夜の始まり。そして、天使が舞い降りるというのは、それこそ神託が下るということ。謁見室の中が畏怖の念で満たされた。




