第217話 帰国
エルフの防空部隊の指揮官イスズは、サキのことを単に弟と言ったが、実のところは、夫の弟。つまりは義理の弟である。メイがサキに姉がいることを知らなかったのは、そのためである。サキもオズマにイスズのことを旧い知り合いだと言っていた。サキの生家ヴィシュヌ家はエルフの名門で、サキの父は外務大臣、兄は軍事部門の統括者である将軍。イスズの船は外交にも用いられる事が多い為、イスズはサキら親子との縁があった。その名家に入ったイスズはエルフの王とも謁見できる立場にあるため、急いで王の下へダークエルフの王オズワルドが戦死したことを知らせに行ったのだ。
ニーズヘッグを討伐すれば、次にはダークエルフの国ラヴェンダージェットシティの再興となるのが自然な流れだろうに。国王がこの世を去ってしまったとは。
「そうか。そんな状況でも、ホビットやドワーフの力になれと。メイちゃんはいい娘に育ったねえ。うんうん。」
エルフの王は、ダークエルフの王オズワルドの死を悼むとともに、人間を含めた他種族の救済を命じたのだった。イスズは早速迷いの森へと戻って行った。
ホリスターの怪我はタロスが左肩、腕をニーズヘッグに噛み千切られたときのものだ。
コックピット内の圧壊した部材などがぶつかり、刺さりで負った打撲や裂傷。軍の主力部隊の先頭に混ざり戦ったフォーゼと安静にするように船医に指示されていた。
「親方ぁ、けっこう酷い怪我してるけど、話す元気ありますかぁ? 」
「あったりめえだ、バァカ! ドワーフの男が、こんぐれえの怪我でへこたれるわけねえだろうがよ。
おめえこそ、親父と叔父貴が死んで落ちこんでんじゃねえのかい。」
「いやいや、そりゃあねえですよ。俺だって親方の弟子ですから。」
「おう、じゃあ、何を話すんだ? 」
「今後のことですよ。俺はちょいと違う環境に身を置いてみようかと思いましてね。」
「ほーう。」
「親方にも親父たちにも頼らずにやってみようかと。」
フォーゼはホリスターの工房を出ようと考えている。鍛冶職人としてだけでなく、別の面でも見聞を広めたいそうだ。新しい環境というのも当てがあるらしい。
比較的怪我が軽いトリスタンやロジャーにブライアンは、野戦病院のような状態の船の甲板で忙しく働いていた。多くの騎士や志願兵が亡くなった事をとても気にしていたが、忙しく動き回ることで考えないようにしていた。ジェフ王が暗殺されペネロープ王女が即位したばかり。それなのに、その王女の弟のゴードン、これまで国を支えて来たベテランの騎士たちも数多く戦死した。国の将来について不安要素ばかりが大きかった。だが、誰もそれを口にせず傷病者たちを励ました。
山というほども高くはない、バルナック城がそびえるプラナー山を下り、レイゾーとガラハドは海へと移動していた。バルナック軍からスクリュー推進式の輸送船二隻を接収した。もっとも酷い怪我を負った兵たちは、先に軍港リマーに向け復員させるようにしていたが、まだまだ大勢の傷病者がいる。その兵たちと、また怪我に関係なく、軍楽隊と儀仗隊の兵を優先的に帰国させるように段取りをしていた。
「本陣の後方部隊がやられたからね。軍楽隊はともかく、儀仗隊で生き残った兵はかなり少ないなあ。」
「ああ。まあ軍楽隊があれば、恰好はつくだろうさ。そんなにレベルの高いもんじゃなくっていいんだ。体裁が整ってれば。」
「少しでも明るい空気になるといいけどねえ。」
「まあ、まやかしだがな。それでもないよりいいさ。この後の苦労を考えれば。」
ディナダン子爵は黙ってレイゾーとガラハドの会話を聴いていた。ガウェイン、ゴードンが亡く、その後の軍を動かした中堅の騎士は慎重な性格であるらしい。
軍港リマーでメイフラワーを下船した俺達は、漁村クライテンへと、領域渡りを使って移動した。ここで、レイゾー、ガラハドと合流だ。バルナック軍から接収したスクリュー式推進の船はメイフラワー以上に高速のため、そう待ち時間はない。
合流して最も嬉しそうにしていたのはマリアだった。勿論、夫のガラハドと再会できたからだが。マリアとオリヴィアは魔女シンディの見張りをしているため、疲労しているのだろう。
その魔女シンディは、意外にもほとんど喋らず大人しくしているそうなのだが。ジャカランダに連行されれば、おそらくは戦犯として戦争責任を追及される。どうなることやら分からないが、少なくとも生涯ジャカランダから出られまい。
そして、ジャカランダからは十数台の馬車が駆けつけた。先頭の馬車に乗っていたのは外務大臣のバージル。大勢の兵に労いの言葉を掛けてまわり握手を求めている。傷病者がほとんどではあるが、帰還兵を出迎えにきたのだった。しかし、そのバージルに食って掛かる人物が一名。アランだった。
ジョンとバージルとしては末っ子のアランを危ない目にあわせたくはなくて、バルナック攻めの作戦に参加できないようにジャカランダ城の塔に軟禁したのだったが、アランには、そんな言い訳は通じない。それから、軟禁された塔から助け出したのが女王のペネロープであるため、ジョンとバージルがやったのは女王の意に反する行為だと堂々と抗議できる。
「イレギュラーではあっても戦乙女から勇者の職能をいただいたのです。私が行かなければ魔王ララーシュタインに対抗できる者がいないと、何故考えなかったのですか!? 」
「おまえに死んでほしくなかったのだ。ゴードンは戦死したではないか。」
「だからなんだと言うのですか? 民を、国を守るために王族が命を懸けるなど当然ではありませんか! 実際にララーシュタインに有効打を入れられたのは、勇者であるジーンと私だけだったのですよ! 」
ララーシュタイン、いや、正体はデーモンロードのサルガタナスだが、まともに効き目があった攻撃は、確かに勇者ジーンとアランの天恵系統の能力のみだった。ジーンの槍が心臓を破り、アランの剣が頸を刎ねた。
「それはそうなのだろうが、ララーシュタインの正体が上位の悪魔だとは、あの時は分からなかったのだ。」
「そんな言い訳が通りますか! おなじ兄でもゴードンは立派です。名誉の戦死です。バージルとジョンは卑怯ですよ。自分では戦わないくせに! 」
アランの背後からレイチェルが抱きついた。レイチェルは涙を流している。
「アラン殿下、おやめください。ご兄弟で争そうのは、良くありません。」
一歩退いた処で見ていたオズマも歩み寄り、バージルの肩を叩いた。いつも通りの粗野な口調だが、穏やかな表情をしている。
「ダークエルフの王だった俺ならば、対等に口をきいてもいいよな、バージル大臣。
ゴードン殿の戦死については、お悔やみ申し上げる。一緒に戦ったが、実に立派な最期だった。
俺も今回の作戦で弟を失ったよ。ダークエルフの王オズワルドを。
アラン殿がいなければ、この戦は勝てなかっただろうな。アラン殿だって生還したのは奇跡のようなもんだぜ。もうちょっと労わってやってくれよ。兄弟喧嘩は無しだ。」
ジーンは、黙ってアランとレイチェルの姿を見ていたが、俯き眼を閉じて考えた。自分が一人前の勇者ならば、おそらく二人目の勇者は存在しない。半人前の二人の勇者で魔王に対抗しなければならなかった。九歳の自分と、十五歳で成人したばかりのアラン。他に勇者に相応しい者がいたのではないか?
例えば、もしレイゾーが勇者だったなら、アランが参戦することもなく、もっとスマートに戦争が終わっていたのではないか。自分は大勢の人に守られながらララーシュタインの居城に辿り着き、最後の決戦でのみ、やっとララーシュタインに一太刀入れただけだ。こんな情けない『勇者』がいるか? 涙が出て来た。俯いたまま、泣いた。
「息子よ、泣くことはない。おまえは魔王ララーシュタインと戦い、勝った。」
トリスタンがジーンの頭を撫でた。髪がグシャグシャになるまで何度も。




