第214話 復路
ララーシュタインとの決戦から朝を迎えた。十一月一日の昼前。ミッドガーランドの王都ジャカランダでは雨が降っていた。
三年前の第一次戦で負傷し、騎士団を退役していたボールス公爵は杖を突きながら登城し女王の謁見の間に参上した。王女ペネロープ、内務外務の大臣ジョン、バージルと王女の警護役パーカーとケーヨが待ち構えていた。
「痛みの残る脚で召喚に応じ、大儀です。ボールス卿。息災でしたか? 今は国の一大事です。単刀直入に申します。貴方に復帰して欲しいのですよ。」
「女王陛下におかれましては、ご健勝そうでなによりでございます。某の復帰という事でございますが、見ての通り杖を突いて歩く老体でございますので、今更騎士団に戻りましても、お役に立てるものかどうか。」
「いいえ、騎士団にではありません。宰相として復帰して欲しいのです。卿の政治家としての手腕には、皆一目置いているのです。
今、この国はとても疲弊しています。卿のような優秀な者に復興をになってもらいたいのです。」
女王の玉座の脇、やや後方に控えていたパーカーが袖の扉に向かうと、開いた扉の向こうの官職と一言二言話すと、すぐに戻ってきて女王に耳打ちした。
「ボールス卿。話しの腰を折って申し訳ないですが、バルナックの戦場から伝令が来たようです。報告を聞いてみましょう。」
バルナック攻略戦の戦場から斥候と黒魔術士の職能を持つ、伝令二名が領域渡りを使ってジャカランダの城に戻った。二人とも疲れ切った様子で、魔法使いは到着してすぐに倒れてしまった。渡りの能力で魔力を使い切ったのだろう。斥候も息を切らしていたが、何よりも状況を報告しなければならぬと、水を一杯飲んだだけで女王との謁見に臨んだ。
「ご報告申し上げます。ララーシュタインを討ち取りました。戦争に勝利いたしました。」
謁見の間の雰囲気が一瞬ぱあっと明るくなった。だが、その後に続く言葉に愕然とした。
「ただし、総司令官であるゴードン殿下、騎士団長のガウェイン卿が戦死。死傷者は二万人を大きく超える模様です。」
ペネロープ女王の兄、内務大臣のジョンが感嘆の声を上げた。弟ゴードンの死、多数の死傷者。たちまち顔色が悪くなった。
「ゴードンが! ガウェインが! 死傷者が二万を超えるだと! 大半ではないか! それは普通、『全滅』と言うんだ! 」
「ハイエルフ、ドワーフ、ホビットの軍の協力がありましたので、千載一遇の機会であるとして、撤退せずに戦った結果でございます。ホビットの軍は全滅しております。」
ペネロープ女王は落ち着いていた。普段冷静なジョンが声を荒げているのが、かえってペネロープの気持ちを落ち着かせた。
「報告は以上ですか? 大儀でした。下がって休みなさい。」
ペネロープは伝令を下がらせ、話しを戻した。ボールスは復興担当の宰相の任を引き受けるしかなくなった。これから兵の帰国の受け入れを進めなければならない。
左肩、腕の痛みとともに目が覚めた。上下左右に揺れを感じる。戦車の乗り心地に比べて悪いことはない。もともと乗り物酔いなどはしない性質だが、やはり乗り物の揺れだったか。狭い部屋。軍船の船室だ。戦い終わってのびていたんだな、俺は。情けない。
「了ちゃん、起きた? 」
クララがベッドの脇に座っている。俺の顔を覗き込んで来た。
「あ、ああ。クララは? 怪我は? 」
「あたしの怪我は脛だから。おとなしく座っていればなんともないわよー。」
「そうか。無理すんな。此処は? 」
軍船、最新式外輪式蒸気船のメイフラワーの中だった。なんとか戦争に勝ったミッドガーランド軍は、一部撤収を開始。稼働できる船は負傷者を乗せ、帰国の途に就いた。甲板の上は野戦病院のような状態だが、俺達クランSLASHは戦争の功労者として船室を使わせてもらっているそうだ。
「他の皆は? 」
「落ち着いて聴いてね。オズワルドさんとゴードン殿下は亡くなったわ。」
「そ、そうか。」
「レイゾーさんとガラハドさんは、信じられないくらいに元気だから、まだバルナック城にいて戦後処理してる。マリアさんとレイチェルは、魔力切れだけど大きな怪我はないから、隣の船室で休んでるわよ。魔力が回復したら、白魔術で船内の負傷者の治癒回復をするって。」
あとのメンバーは大なり小なり怪我をしているので、同じ船の別の船室にいるそうだ。国に戻り、治療を受ければ大事無いだろうとの事だ。ただ、サキの右目だけは完治するか心配らしい。これは、帰ったら俺達がマチコに怒られそうな気がする。
ちなみにマリア、レイチェルの反対側の隣の船室にはホリスターとフォーゼのドワーフの職人師弟がいるそうだ。あの二人は生きていたか。良かった。その隣は、アラン殿下とジーンだそうな。あの二人、喧嘩してないだろうな?
それにしても大勢の人が亡くなった。俺もそうだが、大きなストレージャーを持つ者は、戦死者の亡骸をストレージャーに容れて搬送してきている者も多いのだろう。ストレージャーには生きている者は入れないが、死ぬと物扱いのため、容れることが出来る。ストレージャーの中では、時が止まるらしく遺体が腐敗することもない。ロデムも連れて帰ってやりたかった。
ご遺体に関して、普通ならば土葬にするのが、この世界での習慣なのだが。今回の戦争では、ご遺体の数があまりに多い。疫病などを防ぐためにも火葬にするそうだ。ゴードン殿下のこともあるので、おそらく国葬として共同で火葬が行われるのだろう。
ダークエルフやドワーフはどうするのだろうか。オズワルド、スカイゼル、グランゼルは? おそらくは、サキとオズマがどうするか考えてはいるのだろうが。
ジーンとアランは、怪我は大したことはなく、また勇者である彼らは、自分自身で治癒回復の魔法を使えるため、順調に体力を取り戻しつつあった。アランとレイチェルが仲良くなると、レイチェルの弟のジーンは姉を奪われるようで機嫌が悪くなり、武術の修練という隠れ蓑で喧嘩してきた二人だが、今は意外と仲良くやっていた。半人前の勇者として共にララーシュタインと戦ったことで、打ち解けたようである。
二人は狭い船室の中で、武具の手入れをしていた。ジーンは、オーソドックスな片手剣と円盾を持って作戦に参加したが、目の前で武術の師匠といえるパーシバルが戦死し、その槍を引き継いだ。支配者階級の悪魔サルガタナスと戦うのに、その槍で天恵系の技を駆使し、致命傷を与えた。
アランも、兄ジョンとバージルに参戦できないようにと幽閉された塔から助け出され、急遽戦場に駆け付けたが、姉である女王ペネロープと警護役パーカーが目立たぬように、なんとか用意できた武具は革鎧と二本の小剣だった。なんとも頼りない装備だと思ったが、それで戦い抜いたのである。そのファルシオンに感謝の念と愛着が湧き、柄も鞘も一生懸命に磨いている。
ジーンを加護する光の妖精、ホタル型のスプライト、マメゾウが何処からか二人の船室に戻ってきた。陶器の瓶を抱えている。
「ただいま。厨房に柑橘系のオイルがあったから失敬してきたぞ~。」
「おお、お帰り。マメゾウ。失敬とか言っちゃいけないぞ。」
「大丈夫。何かあっても余がもみ消す。今回は特別に。ところで、それ。レモンオイルか? いいな。布で塗り込めば、刃の手入れに使えるぞ。錆止めと艶出しだ。」
「でかしたぞー。マメゾウ。」
この時、マリアも武具をまじまじと眺めていた。手入れではないが。普段はマチコが持つが、本当の持ち主はサキ。今回の作戦では本来の持ち主であるサキが使用した。二振りで一組の細剣の片方、『陽の聖剣』だ。
サキが使う『陰の聖剣』は魔力吸収の機能を持ち、斬りつけた相手から魔力を奪う。そして『陽の聖剣』は陰の聖剣を持つサキの魔力を陽の聖剣の使い手に移す。サキに魔力がある限り、陽の聖剣の使い手は、魔力切れしない。
その『陽の聖剣』をマリアが持っているのは、サキの魔力を使ってマリアが魔法を使えるということだ。今、魔力切れしているマリアだが、いざとなれば魔法が使用可能。では、その『いざ』とは?
マリアとレイチェルがいる船室の向かい側には、二人の魔女がいる。オリヴィアとシンディだ。自害しようとしたシンディの一命をとりとめ、ジャカランダかセントアイブスへ搬送しようとしたオリヴィアだったが、魔女シンディを担いだままオリヴィアと一緒に領域渡りをしようという勇気のある者がいなかった。おかげで、結局はガラハドが戦後処理をしながら、このメイフラワーの船室まで運び、オリヴィアがシンディを看護がてら見張っているのである。
シンディの立場は『捕虜』ということになる。さらには、『戦犯』であろう。ララーシュタインもウィンチェスターもすでに亡く、バルナックの文官たち数名はいるが、一番の権力者、戦争責任者といえばシンディだ。この戦争勃発のいきさつについて、シンディには尋問することになる。




