第213話 帰趨
飛行船フェザーライトでバルナックの空海軍、空飛ぶ魔物や鬼火と戦っていたメイと六人のドワーフの職人たち。今は傷ついたフェザーライトの制御に大忙しである。カササギのヴェルダンディが現況の報告に来ていたが、そのタイミングが掴めない。しばし待つこととした。
「破損の具合はどう?」
「骨組みは問題ない。側板と帆が酷い。」
「高度が落ちてるわね。セントアイブスまで飛べるかしら?」
「どうだろうなぁ。降りて修繕したいところだ。」
「行ける処まで行く?」
「いや、海で着水したら拙い。浸水する危険があるなぁ。」
「どこか広い場所を探して着地しようか。」
「このまま迷いの森に着地しちゃあどうだろう。もし失速、落下しても森の木がクッションになる。そして、何よりも修繕するための木材がある。」
メイが舵を切り、迷いの森への着地を決めたことで、ヴェルダンディはメイにララーシュタインの本拠地で最終決戦が始まったこと、エルフの飛行船団がバルナック城の上空を制圧し、スクルドがその飛行船団の指揮官イスズに会いに行ったことを伝えた。この後の行動は、おそらく戦後処理になるのだろう。主であるマリアの指示を待つ。横向きになっているフェザーライトの帆柱に留まった。
マリアは、サルガタナスの魔法を妨害するには魔力も残り少なく、インスタント呪文として使われる戦慄という魔法を防ぐことは、なんにしてもできなかっただろう。ゴードンとオズワルドが魔法を喰らうのを見ているしかなかった。だが、サキは諦めなかった。サキとて打消し呪文が得意なわけではないが。
「環状列石! 間に合え! 」
防御のための魔法だ。十二枚の板状の岩がサルガタナスの周りを取り囲む。サキもサルガタナスが使った魔法を知らない。だが、火力呪文のようなものならば、この並んだ岩が阻むだろう。
しかし、サルガタナスの魔法戦慄は、対象となった者に直接働きかける類のものだった。残念ながら、このサキの石の壁では防げない。
心臓を握られるような胸の痛みがゴードンとオズワルドを襲う。二人とも搔きむしるように胸を押さえて倒れた。万全の状態ならば耐えられる呪いの言葉。しかし、今は重篤だ。
「ゴードン! あ、兄上! 」
「オズワルドさん! 」
自分たちの代わりに魔法を喰らい、倒れる二人。居ても立っても居られないアランとジーンは立ち上がる。もう俺には二人の盾になるくらいしかできない。オズワルドと同じくジーンの前に出て、コンバットナイフを胸の高さに突き出す。あの悪魔に有効打を喰らわせるのは、勇者の二人しかありえないのだろう。なんとしても、この二人を守る。
俺とは違い、まだ動ける者がいた。レイゾーが魔剣グラムを振るう。環状列石の石の壁ごと、サルガタナスの背中の羽根の皮膜を斬り払った。ガラハドが拳で石壁を粉砕し、飛び散った破片がサルガタナスに当たる。と、開いた隙間からマリアの火力呪文とトリスタンの火矢。マリアの暗器が悪魔の頭を焦がす。
動ける者が動き力を合わせ、隙を作る。フラフラとアランとジーンが立ち上がって、それぞれの得物を構えた。アランが叫ぶ。
「ジーン! やるぞ! ここでやらなければ、何が勇者だ! 」
「はい! これで終わりにして、ミッドガーランドへ帰りますよ! 」
ジーンは、アランの隣で蹲るレイチェルを一瞥すると、俺の横をすり抜けて突撃。アランも姿勢を低くして走り出した。
「天恵の突撃! 」
「天恵の串刺し! 」
アランは二本の小剣を鋏のように合わせ突進。ジーンはパーシバルの槍の柄を左手の中で滑らせ右腕の肘の動きで、シリンダーのように打つ。アランが突進して手数で、ジーンが貫通力で攻め立てる。この二人の勇者の攻撃ならば、上位の悪魔にでも通用するようだ。
魔法のエネルギーとなる『マナ』は自然の中に溢れている。そのマナとは別に『エーテル』というエネルギーも存在する。これは大きなエネルギーだが、存在そのものを知る者も少なく制御が難しい。マナがエーテルから成るものだとする研究者もいるくらいに謎だらけ。操れるのは、天使と勇者。
『マナ』と違うのは、操る手段が『魔法』とは限らない。だから魔力は必要としない。体術の技に乗せて能力を解放することもできるので、応用が利く。剣や槍を振るいながらエーテルのエネルギーを活かし悪魔にダメージを与える。
サルガタナスは、傷つきながらも抵抗する。上級の悪魔としての意地だろうか。
「おのれ。人間ども。神々に寵愛されているからと調子に乗るな。」
ここでオズマが、力を振り絞って立ち上がりソーサリー呪文を使った。対象の時を止める大技だ。
「時の精霊の魂に願い奉る。古の祭壇、未来の燭台、零れ落ちる砂時計を止めて一粒の砂の色を民に伝えるために、その御業を示し給え。背徳の掟!
オズワルドとゴードン殿下の分を返してやるぜ! ジーン、やっちまえ! 」
桁違いに大きな魔力を持つ魔王のオズマも、さすがにこれで魔力を使い切ったようだ。そして、身動きが取れないサルガタナスにジーン、アランが勇者のスキルをぶつける。
「天恵の衝突撃! 」
「天恵の斬撃! 」
ジーンの体重を乗せた槍がサルガタナスの胸を衝き、心臓を破る。回転が加えられた槍の穂先は悪魔の皮膚も筋肉も骨も容赦なく粉砕。バキバキと胸骨を砕く音が聞こえ、血液を全身に送るポンプの臓器も破裂した。
続いてアランのファルシオンが真横に凪ぐ。サルガタナスの頚椎を斬り、首の皮一枚残ったが、もう一本のファルシオンが追撃。見事に首を刎ねた。ボトリと床に落ちた頭がバウンドして転がった。
「や、やったのか!? 」
「まだ油断するな! 死骸を燃やせ! 」
俺が呆気に取られていると、レイゾーが指示を出し、トリスタンが火矢を放った。頭と胴体に数本ずつ。トリスタンの腕前ならば、当然外さない。深く刺さる。
デーモン、特に上位種は、普通の魔物と違い死んでもすぐには、その死骸がマナに還元されて煙のように散って消えたりはしない。生物の死骸の肉が時間を掛けて腐敗していくのと同様、ゆっくりとマナに還元されていく。保存状態が良く、外的要因が加われば蘇生することさえあり得る。
「業火! 」
「火葬! 」
レイゾーとマリアも火力呪文を詠唱。サルガタナスを消し炭に変えた。
「や、やったな。」
オズワルドがサルガタナスの骸が焼かれ煙が立ち上るのを見て緊張感が切れたらしい。起き上がろうと藻掻いていた手足の力が抜け、動かなくなった。ゴードンもすでに絶命している。マリアがレイチェルに回復魔法を掛ける。マリアももう魔力が尽き掛けているので、仲間の回復をレイチェルにやってもらおうというのだ。
一つ下の階層が騒がしい。ロジャーやディナダンが指揮する主力部隊がバルナック城まで制圧しているからだ。
これで戦いは終わり。間もなく夜が明ける。だが、犠牲はとんでもなく大きかった。
ララーシュタイン(サルガタナス)を討ち取った。
次回から最終章です。




