第212話 窮地
アクションシーンって書くの疲れるんですよねえ。早くおわってくれ。
サルガタナスが使う魔法は、強力なソーサリー呪文。だが、それを長い呪文の詠唱を省略しインスタントとして起動している。それ自体難しいことだが、さらに威力が落ちていないとは、常識ではあり得ないことだ。支配者階級悪魔とは、こんなにも危険なものか。
マリアとしては、ララーシュタインが魔王を名乗っていたことからも、魔女のシンディやオズボーン兄弟と同格以上なのは覚悟していたが。そのマリアにとっても常識外れな強さだ。
(拙いわね。せっかくオリヴィアさんに対抗呪文や却下を習ったのに。魔力が底をついているだけじゃない。ソーサリー呪文をインスタントで使ってくるなんて。妨害するタイミングが取れないわ。)
マリアが必死にサルガタナスの魔法攻撃をどう防ぐかと考えているときに、アランが勇者としての能力を使った。『奈落の蛇のとぐろ《サイクロンオブザピット》』は、魔法の台風、大暴風雨。それを相殺するために逆回転のエネルギーの流れを作った。
「天恵の渦! 」
二つの魔法がぶつかり合ったことで衝撃はあったが、『奈落の蛇のとぐろ《サイクロンオブザピット》』の暴風雨は収まった。まあ、雨は抜けた天井から入り込むのみなので、大した事ではないが、暴風は神殿の中でも吹き荒れるはずだった。
呆気にとられたサルガタナスに素早く反応したのはトリスタン。百発百中の弓で悪魔の背筋に毒矢を撃ち込むと、床に伏せていたお陰で魔法の影響を受けなかった俺も拳銃を射撃。俺の背後からは、ガラハドが壁を壊した瓦礫を投げつける。大きく重い石の塊もある。人間投石器だ。
しかし、どれも効き目は薄い。効いたのは、ジーンの勇者としての能力。
「天恵の打ち込み! 」
パーシバルの槍を幾度となく前後に突き出す。レイゾー並に速い動き。掠った程度かと思う細かな傷も、見た目以上にサルガタナスにダメージを与えているようで、サルガタナスの動きが鈍くなる。
「やはり、まずは勇者から片付けるべきか。勇者にしては若すぎると思って油断した。しかも二人で一人前のようであるしな。だが、勇者は勇者か。」
ジーンがサルガタナスに付けた傷も、見る見るうちに治癒回復していく。俺の銃弾が効かないのと同様なのか。こんなの反則だろ。
アランが再び『天恵の渦』の魔法を使うと、レイゾー、ブライアン、トリスタン、サキ、ゴードン、オズマ、オズワルドも一斉にサルガタナスに斬りかかった。サルガタナスは、本当に危ないと思われるレイゾーの剣はしっかりと防ぎ、それ以外からは致命傷とはならない小さな傷をつけられた。サルガタナスは、些事には構っていられないとでもいう態度で、アランに突進。アランが両手に持つ武具、二本の小剣では、リーチが短い。悪魔の長い爪の攻撃、そして翼を使った不規則な動きは予測しにくい。アランは防げない。
もう駄目かと思ったとき、アランの前にはオズワルドが立っていた。魔法の杖を振って爪を防ぐが防ぎきれない。腹の傷の影響もあっただろう。さらにオズワルドの腹の傷が増えた。うなだれて両膝を地に着いた。
「このおっ!」
どうにかしなければ! 俺にできる事は限られるが。とりあえず拳銃を撃つ。六発連弾。弾切れの銃は投げつける。これで残りの拳銃は十丁。弾丸六十発。戦いきれるのか?
「天恵の射撃! 」
ジーンが勇者にしか使えない魔法の矢を撃つ。サルガタナスの背中に命中。悪魔の大きな身体を弾き飛ばしうつ伏せにした。
だが。オズワルドはもう虫の息。細い声で呻くように言った。
「私は神託を授かった。『ララーシュタインを討て』と。ダークエルフの王として、なさねばならない。」
オズワルドは顔を上げ、超高等魔術の呪文を詠唱した。
「神々に懺悔する最後の機会を与えよう。これまでの罪を告白し、虐げてきた人々より奪ったものを還元せよ。命運の光! 」
白い光が溢れる。神殿内全体が光に包まれ、数秒で消えた。視界が戻ると、悪魔が片膝を着いている。
これは、悪魔や魔物を弱体化させ、人間や亜人に活力を与える魔法。術者から半径数百メートルの範囲に効果が及ぶが、今の状況では、この神殿の中が効果範囲だ。術者であるオズワルドもその対象であり、活力を得ているのだが、それ以上に魔力を消費しており、息を切らして伏せた。命運の光の呪文だけでなく、この一日の間に次元渡りを使って白い月まで神託を受けに行ったことも影響している。
「オズワルド、よくやった!
極夜の弓矢! 」
オズマが氷の矢を飛ばし、弱ったサルガタナスの胸を貫いた。二人の魔王が敵の魔王を苦しめる。
その次には英雄だ。レイゾーが魔剣グラムを投げつけ、サルガタナスの腹を貫通。剣を投げつけた勢いそのまま走り寄ると、悪魔の腹に刺さったグラムの柄を両手で掴み、一気に上方へと振り抜いた。肋骨に当たるが、そこは岩や鉄を簡単に切り裂くという魔剣グラムだ。腹から肩までを裂いた。
「勇者、魔王、英雄…、面倒な人間ども! これでは天使どもと戦かっているようではないか! 」
サルガタナスは、オズワルドの魔法で弱ったとはいえ、治癒回復能力は健在らしくグラムで斬られた傷口から流れる血がすぐにピタリと止まり、赤い断面が合わさって塞がる。
「皆、攻め続けろ! 悪魔の回復よりも早く潰すんだ! 」
この遠征の総大将であるゴードンが、ジーンの隣から前に出て剣でサルガタナスに斬りかかる。ジーンの前に出たのは、勇者であるジーンを護ろうとしていたのだろう。いまのところ、サルガタナスには魔法とレイゾーの魔剣グラム、ジーンとアランの勇者ならではの能力以外は、あまり効果がない。
マリアが魔法の矢、暗器を撃つと、運動会の徒競走の合図のピストルの音のようにガラハドが走りだし、盾でぶん殴りをマリアの魔法攻撃の傷跡に叩き込む。四本の突起を活かし突き立てて、刺さればコークスクリューブローの要領で手首を回し抉る。
こうなれば、どちらが先に倒れるかの競争だ。だが、AGI METALの三人、レイゾー、マリア、ガラハド以外は、皆戦い傷ついて倒れていく。勇者も魔王もだ。
後先考えている余裕もない。残った六十発の銃弾を全部撃ち込んでやる。味方に当たらないようにタイミングを見計らいながら、悪魔の頭を狙い六発撃って銃を投げつける。それを十回繰り返し。そして、右腕一本では銃剣は扱いにくいのでコンバットナイフを持つが、その時、アランが勇者になる前から使っていた得意呪文を詠唱した。
「彼女は汝を部屋に招いた。北の大地、木の香りに包まれワインを飲めば安眠できる。目が覚めれば一人。ノルウェーの木材!」
神殿の床の石畳を割り、這い出した植物の根がサルガタナスの身体に憑りつき、簀巻きにして動きを封じた。続いて、屋根の上からクララの声。
「雷鳴! 」
俺が撃ちこんだ鉛玉を目掛け、稲妻が雨霰のように降り注いだ。首から上に何発もの銃弾がめり込んでいるため、この雷撃は避けようがない。魔法だけの組み合わせではないが、上手いコンビネーションだ。クララ、ナイス。
しかし、雷撃を喰らったサルガタナスは、痛みのせいだろうか、ますます激しく暴れ出し、アランの植物の根を引き千切り、狂気の通り魔のごとく魔差別の暴徒となった。もはや、まともに立っているのは、レイゾー、マリア、ガラハドとトリスタン。それにサキ。攻撃力に不安のある俺と、屋根の上のクララのみ。オズマにも頑張ってほしいところだが、あの攻撃寄りの性格は、防御などお構いなし。真っ先に突っ込んでダウンするのも早かった。いや、死んだりはしていないが。
「ふふん。もう立っていられるのは半数か。人間ども、そろそろ諦めたらどうだ? 」
残念ながらグレーターデーモンのマノンは、ここでは戦力外。ブライアン、ゴードン、アラン、ジーンにレイチェル、オズマとオズワルドは伏している。加護や契約の精霊たちに頼るにも、彼らは契約者、加護持ちの魔力を糧としているため、魔力に余裕がないこの状況では当てにできない。この悪魔、どこまでタフなんだ?
「では、やはり勇者から片付けるとしようか。」
サルガタナスは両手を挙げ、掌をジーンとアランに向ける。五芒星の立体魔法陣が二つ、両手に浮かぶ。
「戦慄! 」
しまった! インスタント呪文では、打消し呪文のタイミングも取りにくい。若い二人を守れないのかと半ば諦めたとき、ジーンの前にオズワルド、アランの前にゴードンが立ち、勇者二人の代わりに呪文の対象となった。
マノンは戦力外としても、レイゾー、マリア、ガラハド、トリスタン、サキ、オズマ、オズワルド、ゴードン、アラン、ジーン、レイチェル、ブライアン、クララ、クッキーの14人でラスボスのサルガタナスと戦っております。
次回、ラスボス戦、決着(の予定)。




