第211話 サルガタナス
対ボスキャラ戦。12対1のレイド戦。
サルガタナスが使った水蒸気爆発の魔法の爆風は神殿の天井を吹き飛ばした。魔法の箒ルンバ君で浮いていたクララはグルグルと回転しながら外へ飛ばされたが、そこで待っていたマリアに服従するグレーターデーモンのマノンに助けられた。ルンバ君の柄を掴み動きを止められた。
「あ、マノン? 助かったあ。ありがとう。」
「お安い御用でございます。マリア様のパーティメンバーのお役に立てるのでしたら幸いでございます。現状では、これくらいしかできないとも言えますが。」
木菟のリュウもルンバ君の柄に止まったが、あとの三羽の鳥はどこかへ消えてしまった。リュウが破れた屋根から下を覗き込むので、クララとマノンもそれに倣った。
「マノンは、あのララーシュタインに操れてしまうの? 」
「サルガタナスは支配者階級のデーモンです。我のような中途半端な者では抗えません。」
皆倒れていて、どんな状態なのか分からない。しかし、怪我しているのなら、マリアやレイチェルが治癒魔法を使えるようにしなければ。情けない事に、こんな肝心なところで俺は魔力切れで魔法が使えない。左腕が動かないので弓も引けない。選択肢としては、短槍としての銃剣かコンバットナイフでの突撃と敵から奪った拳銃。この状況では拳銃か。
ただし、サルガタナスを取り囲むようにしていたので、やたらに銃を撃てば同士討ちになりかねない。サルガタナスの向こう側にはレイゾー、ブライアン、トリスタンがいたはずである。思いついたのは、低い位置からやや上に向けて撃つこと。弾道がそれても、向かい側の味方の頭よりも上に行けば良い。
匍匐前進だ。自衛隊の匍匐前進には五段階あるが、第一匍匐、一番姿勢の高い匍匐で前に出た。左腕が動かないので左手を腰に。拳銃を握った右腕を前に。前腕、手首から肘までと右膝を地につけて左脚は伸ばす。普通なら小銃を持った右腕を腰につけ、左肘、左膝で身体を支えて前に進むのだが、左肩を脱臼しているので、左右逆に、しかも身体を支える右手に銃を持つ。馴れないので、やりにくいが、そんな事を言っていられる状況ではない。
神殿内にあった彫像や長椅子などの瓦礫を避けて銃撃できる位置まで進み、腹這いで拳銃を構えた。サルガタナスからしたら、真正面。当然俺の動きには気付いている。だが、俺のやることは悪あがきとしか思わないのだろう。黙って動かず、俺を見ている。
拳銃でデーモンの正体を現したララーシュタインをどうにかできるとも思えないが、やってみなければわからない。まだこの世界でデーモンに銃弾を撃ち込んだ者はいないだろう。
先程一発、葡萄に向けて撃ったので、回転弾倉に弾丸は残り五発。全弾たて続けに撃った。出し惜しみは無しだ。狙うは喉笛。普通なら頭を狙うだろう。だが、もし頑丈な頭蓋骨を持っていた場合、銃弾が骨を貫通しないかもしれない。大型の熊や象は頭を撃っても無駄だと聞いたことがある。致命傷とはならないわけだ。
五発ともサルガタナスの喉元に命中。悪魔の頭が上下に揺れ、ヤギの口から血を吐いた。やったか?
しかし、五発の潰れた鉛玉がボトボトと床に落ちる。首の筋肉が弾丸を受け留め、さらに押し出している。
「よくやったぜ、クッキー!」
俺の左手からオズマが飛び出した。ボーニングナイフを振り回しながらサルガタナスに近づき、腹に蹴りをいれた。サルガタナスが前屈みになると、横から首を斬りつける。ボーニングナイフが首に喰い込むと続けて魔法で攻撃した。
「腐敗!」
生物や魔物相手にダメージを与え、その分の生命力を自身に補うという一粒で二度おいしい呪文。物に対しては攻撃力皆無だが。水蒸気爆発の魔法攻撃で受けたダメージのコントロールをしながら戦うのだろう。さすがに落ち着いているというか、肝が据わっている。
そして、さらに左手からはゴードンが、右手奥からはサキが斬りかかった。これにはサルガタナスも反応した。両腕を広げると、指の爪が長く伸びた、というよりも飛び出した。リーチが長い。まるっきり飛道具だ。ゴードンの胸に刺さり、サキは額を斬りつけられた。
俺は撃ち尽くした拳銃を捨て、別のもう一丁をストレージャーから出すが、その間にトリスタンが射かけ、サルガタナスの背中に毒矢が命中。ブライアンとオズワルドが前後挟み撃ちにするように、槍で、魔法の杖で仕掛けるが、これも長い爪と角で防がれた。特に角まで伸びるとは思っていなかったため、オズワルドは腹を刺された。
「ぐふぅっ!」
ゴードン、サキ、オズワルドが負傷。この状況は拙い。また、俺は拳銃をぶっ放した。六発全部。喉元を狙うと読まれたらしい。姿勢を低くし、角で弾かれた。そして今度は、レイゾー。足音もなく走り寄り、サルガタナスの背後から魔剣グラムを振り下ろす。片方の羽根を斬り落とした。しかし、有効打は、その一撃だけだ。サルガタナスの反応が速い。三男爵とは比べ物にならない。デーモンでもやはり階級が違うのか。レイゾーとデーモンロードの大殺陣が続く。
この間に、マリアとレイチェルは治癒魔法を使い、他の皆の怪我を治療する。俺は拳銃を新しい物に持ち替えるが、剣戟で激しく動き回るサルガタナスを狙えない。さらに拙いことに、俺が銃弾を撃ち込んだ喉元の弾痕は、もう出血が収まり、傷が塞がりかけている。ものすごい勢いで回復していく。
「天恵の閃光! 」
「天恵の渦! 」
「ぐおおおっ! 」
ジーンが聖なる光が瞬く魔法、アランが聖なる光が渦を巻く魔法を使った。どうやらこれは良く効くらしい。
マリアがゴードンの、レイチェルがサキのもとへ駆けつけ治癒魔法を掛ける。ゴードンの胸の傷は鎧の板金を貫通し、肺に達していた。止血する魔法。肺が詰まらないよう血をそとに押し出す魔法。痛み止めの魔法。マリアは次々と魔法を使うが、傷が深い。
一方のサキだが、額の傷は広く、また剣ではなく爪だったため、斜めに十字傷が付き、右目の瞼まで切れている。サキは自分自身で治癒魔法を使っているため、処置が早いが、失明もあり得る怪我だ。
「レイチェル、私は大丈夫だ。それよりもオズワルドを頼む。」
「え…でも、はい!分かりました! 」
俺の右手に倒れているオズワルドは腹を刺された。そしてうずくまって動かない。オズワルドも自分自身で治癒魔法を使うが、サキほど得意ではない。サキが心配したとおり、酷い怪我だった。
レイゾーに続けとばかりにジーンとアランも剣戟に参加。ジーンはパーシバルの槍で。アランは小剣の二刀流で。小剣のアランはなかなか攻めきれないものの、リーチの長いジーンは果敢に前に出る。
屋根の上から眺めていたクララは、今が好機と判断。ジーンが槍を衝く瞬間に合わせ自分の手槍をほぼ真下のサルガタナスに向けて投擲した。サルガタナスはアランの攻撃は防いだが、クララの手槍は奇襲。肩口に刺さった。
「あ! クララの手槍! 」
俺はクララが生きていることを確信し、横に転がり、半回転して仰向けとなり天井を見た。破れた天井から顔を覗かせているクララを確認。心配事が一つクリアー。もう半回転し腹這いになり、片手で腕立て。一度胡坐をかいて、片膝を立てて座り拳銃を構える。隙あらば鉛玉を撃ち込んでやろう。
オズマとブライアンも近接戦に加わり、乱闘になる。トリスタンと俺は、同士討ちを避けるために撃つことが出来ず、眼を細めて観察していると、左手、マリアとゴードンがいた位置のさらに奥。轟音と共に神殿の壁が内側に向けて弾け飛んだ。外からの砲撃か?
土煙が濛々と上がるが、その中から現れたのは、ガラハドだった。肩にヴェルダンディが乗っている。手乗りインコかよ? マリアの使い魔なら、その亭主のガラハドにも馴れるんだな。
「やっぱりガラハドかあ。拳で壁をぶち抜くのは、いつもの事だからねえ。」
「レイゾーなら黙っていても分かるよな。」
「まったく。いつもながら大雑把ねえ。助けにきてくれたのは、嬉しいけど。軍の指揮はどうなったの?」
「大丈夫だ。ロジャーとディナダン卿たち中堅の騎士たちが上手くやってるんで、任せてきた。というか、もう、この館のすぐ目の前まで来てる。詰んだぜ。」
パーティAGI METAL の三人の常識外れな強さを示す会話だった。この間もレイゾーの手は止まらず、サルガタナスとの攻防は続いている。
ガラハドが銃弾や手榴弾などものともせず、建屋や設備を壊して進軍するので、その勢いに引っ張られて最短距離を真っ直ぐに行軍したようなものだった。ガラハドは一騎当千の見本のようなものだった。反対側からは、ドワーフの軍もすぐそこまで迫っている。
「奈落の蛇のとぐろ《サイクロンオブザピット》! 」
おもむろにサルガタナスが魔法を使った。詠唱された呪文名からしても、何の魔法なのか分からない。マリアやオズボーン兄弟なら知っているのかもしれないが。また水蒸気爆発のような爆風が起きた。
もうちょっとで勝負つきますね。あー、長いなあ。




