第210話 デーモンロード
ガラハドはロジャーを連れてミッドガーランド軍の本隊と合流した。本隊の三つの部隊、それぞれの指揮官ガウェイン、ベネディア、ライオネルともスコットとラーンスロットのアンデッドを追いかけ、部隊を差し置き突き進んでしまった。それは指揮官としてはあるまじき行為ではあったが、誰からも慕われた王子スコットと最強の騎士ラーンスロットが現われ、そこまで辿り着くことが出来たのが、指揮官の三人だけだった。皆を代表して様子見に行ってくれたと思っていたのだ。
城門を破ってからは、中堅の騎士ディナダンが指揮を執り進軍していた。通常、城門を破ってしまえば、それはもう勝ったも同然なのだが、これまでと違い、火薬の存在がある。
ミッドガーランド軍がバルナックの城内に雪崩れ込んでも弓矢を射掛ける狭間よりも小さな銃眼から小銃の銃撃を受け、思わぬ被害が出る。大楯を備えた重装板金鎧の重歩兵を前面に押し出し進軍するも、その速度は鈍かった。
ガラハドとロジャーは、騎士と冒険者を混成した小隊を幾つか編成して小銃を持った狙撃兵を迎撃させた。そして、ガラハド自身は鉄拳で、アロンダイトで、城内の建物設備を壊しまくった。江戸の火消しのごとく、壁、柱、梁とガウェインのトンファーを打ち付けて建物を崩していく。
「さあ、打撃系や長物の武具を持った奴は、俺に付いてこい!」
身を隠す場所が無くなったバルナック兵たちは、尽く制圧されていった。ちなみに、特殊な治癒回復能力を持った武具を操るレイゾーやサキを除き、唯一人、このガラハドだけは、この作戦で掠り傷ひとつ負っていない。父ラーンスロットのアンデッドと戦った傷以外は、まったくの無傷。『怪力の騎士』だけでなく『不死身のガラハド』という二つ名が増えた。メカンダーの盾に傷を付けたことだけは、後々ホリスターにお説教される事になるのだが。
ついに敵将ララーシュタインを追い詰めている。バルナック城の領主の執務室の奥に隠された神殿の中、魔王ララーシュタインを取り囲んでいる。ミッドガーランド軍の大将ゴードン王子。三年前の大戦の英雄レイゾー。成長して勇者となったジーン。同じく勇者となったアラン王子、ジーンの姉で白魔術士のレイチェル。ジーンとレイチェルの二人の養父であり最強クラスの騎士の一人トリスタン卿。魔王でありダークエルフの王のオズワルド・オズボーン。その兄であり、ユーロックス最強の魔導士と謂われたダークエルフの前王で、やはり魔王のオズマ・オズボーン。それから魔女サリバンの弟子、賢者マリア。元ハイエルフの外交官人型を操る者のサキ。セントアイブスの騎士団に所属する工作部隊の小隊長ブライアン。そして、負傷してはいるが、クララと俺。十三人で取り囲む。ララーシュタインに逃げ場なし。
十三人の人間、エルフで周囲を固めていたが、この時、神殿の天井の高窓では、四羽の鳥が見下ろしていた。サキの使い魔、木菟のリュウ。オズワルドの使い魔カササギのウルド。マリアの使い魔カササギのヴェルダンディ。そして最後の一羽は鴉。いや、鴉の姿をした悪魔。この悪魔、名をマルファスという。リュウ、ウルド、ヴェルダンディとも、この鴉を警戒してはいたのだが、使い魔の鳥たちには、たいした戦闘力はない。それに鴉からは悪意、害意を感じなかった。
多勢に無勢、とはいえ油断はできない。敵の親玉だ。この戦争を起こした張本人。権力や国力、科学力だけじゃない、一人の兵士として魔王として、どんな力を持っているのか分からない。ここは、ララーシュタインの動きを封じるため、ソーサリー呪文地の毒あたりをぶちかましたいところだ。だが、俺はもう魔力切れ。皆ジリジリとララーシュタインを囲む円を小さくしようと距離を詰めているのだが。
マリアが動いた。やはり俺と同様の事を考えていたようだ。マリアの足下に六芒星の魔法陣が浮かび、赤と緑色に光る。
「汝の傷から流れた血をワインに置き換えよう。ワインが含む芳醇なマナの香りと味を楽しむがよい。ただし必要以上に溢れたマナは汝に襲い掛かるだろう。葡萄園!」
マリアの足下に現れた蔓性植物がぞわぞわと増える。ララーシュタインに向かって床を這って行き、ララーシュタインの足に絡みついた。脛、膝、腿と這いあがっていき、やがて全身を包む。蔦が絡むと、次には葡萄の身が付いた。熟した葡萄の実が落ちると、なんとこれが小さな爆弾のように爆発する。これは、俺が使う地の毒よりもずっと恐ろしい。地の毒は膝まで地面に埋めてしまい、自由を奪って毒を盛る呪文だが、葡萄園は、全身を動けなくして無数の小型爆弾で攻め続ける。
「ふはははは! さすがシンディの子孫。今からでも『七番目の魔女』と名乗ったらどうだ? 」
断続的な爆発音の中、ララーシュタインの声が響いた。この凶悪な呪文を喰らっても生きている? そうか、悪魔だと言っていたな。
「まさか、効いていないの? しぶといわね。」
俺は大きな葡萄の房を狙って、一発拳銃を撃った。命中。ララーシュタインの胸元にあった葡萄の一房が纏めて爆発。一粒の葡萄の実が誘爆して一房が一度に爆発したわけだ。そしてさらに二房と誘発していき、全身が爆発。
煙が流れると、その姿は白髪白髭ではなく、真っ黒だ。巻き角、顎髭、蝙蝠の羽根。もう見慣れたものだった。デーモンである。いや、羽根の数が多い。身体のどこにも傷はない。マリアの攻撃呪文でも効いていない。
「やはり、そうだったか。おい、ララーシュタイン! お前の階級は? 」
レイゾーが悪魔に問いかける。マリアが上級の悪魔が目の前にいると言ったのは、こういう事か。マノンが、こいつに操られてしまうと。マノンだって、三男爵のアークデーモンに次ぐ階級、グレーターデーモンだと聞いている。そしてアークデーモンの三男爵を従わせていたということは、さらに上、支配者階級悪魔ということか? たしかに考えてみれば、いかに魔王とはいえ、アークデーモンを三体も服従させていたのはおかしい。魔王であるオズボーン兄弟にも、それが出来るということなのか? 人間や亜人の魔王と悪魔そのものの魔王で差があるのか?
「ふふん。英雄坂上礼三よ。貴様には、三年前の第一次戦での同僚の礼をせねばならん。」
「おい、俺の質問に答えろよ。デコスケ野郎。」
「我は支配者階級悪魔サルガタナス。地獄の旅団長。」
普段落ち着いているレイゾーが半ば切れ気味だ。三年前の第一次戦での同僚の礼、というのが琴線に触れたのではなかろうか。三年前にレイゾーはバンド仲間やパーティメンバーを失い、今回はそのゾンビと戦った。第二次戦でもパーティのタムラとガウェイン、取調室のフレディ、ディーコンが戦死している。
たしかに三年前の第一次戦でレイゾーは何体ものデーモンを斃している。その中に、このサルガタナスとやらの同僚がいたのだろう。だが、それは仕掛けられた侵略戦争だ。自業自得というものだろう。悪魔のメンタリティは理解できないが。
レイゾーが大きく足を踏み込んで跳躍。魔剣グラムを頭の上に振りかぶり、サルガタナスに飛び掛かった。それと同時に他のメンバーも動き出す。レイゾーが呼び水になった。
アランが小剣を、ジーンがパーシバルの槍を突きだし挟撃。ブライアンもサキもオズマもそれぞれの得物を手に踏み込んだ。が、そのタイミングをサルガタナスは狙っていた。
「水蒸気爆発!」
呪文名の通りの魔法であるが、本来は長い文言の呪文を詠唱するソーサリー。詠唱を略してインスタントの呪文として使ったのが、不幸中の幸いか。水が熱により急激に液体から気体へと気化膨張すると体積は千七百倍になる。全員が水蒸気の圧力で吹き飛ばされた。インスタントで発動したのは打消しさせないためだろう。威力が弱まるとはいえ、俺達全員の攻撃を躱し、ダメージも与える。
皆爆風に煽られた。その瞬間に跳び上がっていたレイゾーやジーンは、もろに受けてしまい、神殿の中心近くから壁にまで飛ばされた。俺もゴロゴロと後ろ回りに転がって壁にぶつかって止まった。背中を打った。身体を起こそうとして上を見ると、天井が抜けている。クララがいない!
円い形の神殿は、天井も高く、筒が縦になっているような物だ。言ってみれば銃の銃身。壁と床は頑丈なので、爆発などが起きれば空気は上に流れ、天井が吹き飛ぶ。高窓にいた鳥たちもいない。クララのことだから、ルンバ君を上手く操って、外で地上に落ちたりはしていないだろうと思うが。他の皆は無事か?




