第209話 神殿
魔法が尽きたクッキー。さて、どうする。
半べそのクララとマノンに手伝ってもらい、バルナック兵の拳銃を拾い集める。回転弾倉全てに六発の銃弾を詰め、弾倉が空の物、中途半端な物は捨てる。六発すべて装弾された拳銃が二十丁。これを収納魔法に容れた。
リボルバー式の拳銃は使った事がない。ましてや、現代の物ではなく、西部劇に出てくるような古い構造の銃だ。馴れない戦い方をするのに、残弾数など気にしてはいられない。全弾詰めた銃だけを持って行く。装弾数六発の拳銃が二十丁。百二十発の鉛玉が俺の生命線だ。ウィンチェスターが創った火薬、拳銃を使って戦うなんて皮肉もいいところだ。だが、それでも作戦は遂行する。誰かがやらねばならない。
「他の誰かがもうやってそうだけどねー。」
「それは言っちゃいけないよ。」
「サキもレイゾーさんもいるし。若い勇者が二人もいるしー。」
「誰かがもうやってるんなら、それはいい事だよ。」
「そうだね。」
クララは灰色熊並みに大きな黒豹のような魔物クアールのロデムの亡骸の頭を撫でた。
「ごめんね。了ちゃんの大きなストレージャーでもロデムは入らないみたい。此処に置いていくけど、終わったら迎えにくるからね。了ちゃんとあたしを助けてくれてありがとう。ロデム大好きよ。」
クララはロデムの代わりになるルンバ君4号をストレージャーから出した。その手があったか。これで俺が負ぶって行かなくても大丈夫だな。
ここからは、グレーターデーモンのマノンが先行して進んでくれた。俺達の盾になってくれると言う。
「マリア様、ガラハド様からお二人を守るようにと命じられておりますゆえ。クアールのことには触れられておりませんが、おそらくお叱りを受けるでしょう。かくなる上は、お二人のことは、このマノン、魂が消滅する事態となりましても成し遂げまする。」
ちょっとだけ暑苦しい悪魔だが、まあ、悪魔が味方につけば心強い。ここは頼りにさせてもらおう。城内の石畳では、さすがに地雷はないとは思うが。
バルナック城の領主の執務室のドアをレイゾーが蹴破り、すぐに脇へと逃げる。予想通り銃弾が飛んできた。ただ、小銃によるものは少なく、拳銃のものが多かった。すぐにトリスタンとブライアンが火矢を撃ち込む。
「鼠花火!」
続いてレイゾーが対象を定めない火力魔法を叩き込むと数発の破裂音が響き、暫くすると沈黙した。ジーンが駆け込み、勇者ならではの魔法を使い銃撃を抑え込む。
「天恵の閃光!」
直接的な攻撃以外にも目眩ましとしての効果もある。全員が執務室に駆け込むと数少ない兵は全員が文官、非戦闘員であった。すぐに制圧した。見回してもララーシュタインらしき人物は見当たらない。ブライアンが口を利けそうな者を捜し、胸座を掴んで引っ張り起こす。
「おい、ララーシュタインはどうした!? 」
「知らない。…ぐああっ! 」
ブライアンは額を鷲掴みに、文官の後頭部を床に叩きつけた。
「ブライアン、もういいよ。奥に扉がある。進もう。」
レイゾーが言うや否や、オズマがその扉を蹴破り、たちまち火炎放射を見舞う。だが、その火炎放射を突っ切り銃弾が飛んできた。
オズマに当たる直前で弾頭が潰れて白い樹脂のような物に固められて床に落ちる。サキが操る防御結界がオズマを助けた。
トリスタンが扉の隙間を狙って矢を射掛ける。オズマを撃ってきた男に向けて。白髪の長い白髭をたくわえた長身の男は、トリスタンの矢を受けても意に返さない。胸の真ん中に刺さっているのに、出血がない。
「なんでえ、アイツは。幻覚か? 」
オズマが扉を潜って走りつつ、火力呪文を撃った。男の衣服に火が点いた。が、やはり動じない。火はすぐに消えた。
「魔法に耐性を持ってやがるのか? 」
それなら、と。オズマはボーニングナイフを振りかぶり飛び掛かった。白髪の男は左腕を上げる。男の左腕にナイフが喰いこむ。骨に当たって止まったか。しかし、やはり血が出ない。痛みを感じている様子もない。
「コイツ、人間か? 」
全員が奥の間に入り込み、白髪の男を取り囲んだ。皆、奥の間が神殿であることに驚いた様子。天井も高く、広い。この神殿だけで一棟の建物といってもおかしくない規模。
その高い天井に渡りの門が開いた。迷宮渡りや領域渡りは、一度は訪れた場所にしか繋げない。ということは、味方ではありえない。敵の増援だと、皆が思った。
「オ、オズボーン王!? 」
「あ、あぶねえ。撃っちまうとこだった。」
トリスタンとブライアンが上に向き弓を構えたが、ポータルから出て来たのはオズワルドだった。素知らぬ顔で、颯爽と天井から飛び降りると、オズマに相槌を打った。
「ああ、そのとおりだよ。オズマ。人間じゃあない。」
「やはり、そうだよな。普通の人間が、悪魔を何匹も召喚できるはずねえんだ。
で、肝心の神託はどうだった? 受け取って来たんだろう? 」
「ああ、神託はこうだ。『魔王ララーシュタイン』を討て。」」
そして、白髪の男に向かい言った。
「ドルゲ・ララーシュタイン二世に間違いないな。魔王ララーシュタイン。」
「フフン。いかにも。余は魔王。だが、魔王は貴様らも一緒だな。オズボーン兄弟よ。
オズワルド、オズマ・オズボーン。二人の魔王。英雄の坂上礼三。二人の勇者、ジーン・ダ・クーニャとアラン・ガーランド・グレイシー。それに魔女になり損ねた賢者までいるか。よくも、これだけ集まったものよ。」
この土壇場で、俺とクララ、マノンも駆けつけた。今一つ、状況が飲み込めていないが、おそらくは白い髭の男が大ボス、ララーシュタイン。それを全員で取り囲んでいる。もう詰んだ状態だろう。宮殿内のここへ辿り着くまでにも小規模な交戦があり五丁の拳銃を撃ち尽くし、投げつけて消費したものの、まだ九十発の弾丸がある。これならば、敵大将を討ち取れるはずだ。クララは俯瞰で見下ろせる位置へ、ルンバ君の高度を揚げた。これで手槍やダガーの投擲攻撃がやりやすくなるだろう。
星球式鎚矛を両手に持ったマリアが横目にグレーターデーモンを睨む。後衛職のマリアが膝を曲げて重心を低く構え警戒態勢だ。
「マノン。ここまでご苦労さん。あとは引っ込んでいなさい。あんたが寝返ると面倒だからね。」
「はい、マリア様。それが良さそうです。我の力ではデーモンロードの支配に抵抗できません。」
マノンは黒い翼を大きく広げて浮かび上がり、天井のトップライトのステンドグラスを破り外へ飛び出した。様々な色が着いたガラスの破片がララーシュタインの頭上に降り注ぐが、まったく構う様子はなし。なにやら重い空気が漂ってきている。
「あ、あの、マリアさん。ガラハドさんとマノンをこちらに助けに寄越してくれてありがとうございました。」
「クッキーもクララも無事で何より。ロデムがいないようだけれど、そういうことなの? 」
「はい。俺達を庇ってくれました。」
「そう。残念ね。ガラハドは? 」
「ロジャーを連れて城門近くまで引き返していきました。軍の指揮を執る、と。」
「あれでも、本当は生粋の騎士だものね。餅は餅屋。あっちは上手くいきそうね。」
「それで、マノンが外に出て行ったのは、どういうことです? 」
「悪魔っていうのは上級の悪魔が近くにいると、その影響を受けるわ。さらに上級の悪魔になると、意思に関係なく操られることがあるのよ。」
「上級の悪魔っていうのは? 」
「目の前にいるでしょう。」
やはり、ララーシュタインのことなのか。まあ、悪魔や魔物の軍団を率いて戦争を起こす訳だから、合点はいく。神殿だなんて場所は似つかわしくないけどな。
ラスボス、魔王ララーシュタインの正体は上級の悪魔。ここまでわかったところで、また次回。




