第208話 けじめ
俺が放った魔素粒子加速砲はメタルゴーレム、ハイルVの一体を捉えた。今度こそ、鋼の頭を消し飛ばした。いや、頭だけでなく、胸から上。鳩尾から上、胸部、頸部、頭部に両肩までをマナが衝突して消滅させ、両腕がボトリと落ちた。鳩尾から下のボディは仰向けに倒れ、石畳を凸凹に荒した。ようし、やった。
だが、問題はあともう一体のゴーレムだった。ガラハドが脚に斬りつけていたのだが、ガラハドの剣アロンダイトは刃渡りが七十センチほど。それに対し、ゴーレムの足首の太さは直径二メートル以上。ドラゴン退治をしたという剣でも一太刀で切断はできない。
脚を傷付けられたゴーレムはバランスを崩したが、上半身を大きく捻り、その反動で宮殿の周りに建つ塔を殴り倒し、瓦礫を飛ばして来た。完全に俺を狙っていたのだ。
左前方から重い石材が飛来。しかしソーサリー呪文に集中していた俺は、避けられない。
側頭部、左肩を瓦礫に殴打され、サッカーのゴールキーパーが横っ飛びするように吹っ飛んだ。頭は勿論だが、左肩、腕に激痛が走る。腕が動かない。
クララが悲鳴を上げた。クララにまで瓦礫が飛んだのかと思ったが、そうではなかった。俺が吹っ飛んだのを驚いて見ていたこともあるのだろうが、ロデムの事だ。
ロデムの亡骸が煙のようになり消えた。魔物の身体がマナに還元されたからだ。ロデムは本当に死んでしまったのだと実感させられた。クララは悲しみのどん底だろう。姉を亡くし、ペットのように懐いていたロデムが今いなくなった。
俺も瓦礫に埋もれている。ガラハドが戦っている間にロジャーが俺を助けようと瓦礫をどかしてくれている。ガラハドは瓦礫の山の上を跳ね回り、立体的な動きをしてゴーレムの額の弱点を狙っている。建物の五階くらいの高さで、しかも警戒されて頭へ近づけない。鋼の手足に剣を叩き込み、ジワジワと押してはいるが、致命傷は与えられない。
「ここは、俺が止めをくれてやる。」
しかし、もう魔力も消耗し魔素粒子加速砲をもう一度撃つのは無理だ。魔力の消費の少ない魔法で、ゴーレムを倒すには、どうするか? 精霊波ならば、倒せるだろうと思うが、あれも魔力の消費が大きく無理だ。それならば…。媒体も必要なために、まだ使ったことのない呪文だが。
クララの方を見ると、アークデーモンのマノンがクララを守るように前に立っている。カウボーイの投げ縄のように星球式鎚矛を振り回し、瓦礫などが飛んでも叩き落とす気が満々のようだ。そのマノンに声を掛けた。
「マノン! 来てくれ! 頼みたい事がある。」
「はい。なんなりと。」
よっぽどマリアに厳しく教育されているのだろう。初対面の俺の言う事でも素直に従う。いや、マリアが怖いのだろうか。
「その武器、譲ってくれ。鉄球が欲しい。」
「はい、そんな簡単なことで宜しいので? 」
ロジャーが右腕を引っ張って上半身を起こしてくれた。左腕は激痛で動かない。マノンのモーニングスターを正面の地面、ゴーレムに向けて置き、もともと魔法の杖である『銃剣』の銃身を右手で持ち銃床を右肩に押し当てる。本来必要のない作業だが、魔法はハッキリとした効果のイメージをもつことが大事なので、魔法の矢を撃つのと同じようにポーズをとってみる。左腕の怪我があっても右腕があれば十分だ。
そうかと思えば、左こめかみから生暖かいものが流れてきた。出血。左目に入った。左目を開けられない。だが、これでいく。右目で睨み『銃剣』の銃口を『ハイルV』の頭に向ける。
「自衛隊なめんなよ、コラア!
ブレッスン・フォー! 吹き荒れろ、電磁波の嵐。やって来い、暗黒物質を荒らす雷撃の将軍よ。超電磁砲! 」
ヘキサグラムの魔法陣が変形すると、『銃剣』の延長線上で筒になり、その中でマノンが使っていた星球式鎚矛が電気を帯び、パリパリと放電。小さな破裂音を発して、瞬きすれば見逃してしまうスタートダッシュで飛び出した。
星球式鎚矛が真っ直ぐに飛ぶと『ハイルV』の頭を貫く。その衝撃はメタルゴーレムの頭を粉砕。首、肩、胴体へと振動が伝わってひび割れていく。ガラハドがあちこちに斬りつけているので、全身にひびが伝わっていくのが早い。鋼の身体はひしゃげ、崩れ落ちるように倒れた。
やった。ゴーレムを全部倒した。さすがにもう出てこないだろう。いや、出てこないでくれ。泣くぞ。
「おお、クッキー殿。お見事です。感服いたしました。」
悪魔に褒められても複雑な気持ちだが、俺は勢いで立ち上がり、ウィンチェスターに向かって走る。ウィンチェスターは舌打ちして逃げようとしている。馬を回頭させているところへ、ロジャーがウィンチェスターに向かって矢を射る。背中、いや腰のあたりか、矢が命中。落馬したウィンチェスターが片膝をついてしゃがみ込んだ。丸まった火の精霊ジラースが、タイヤが転がるように移動してウィンチャスターの前に回り込み進路を塞いだ。
「逃がしはせんよ。」
「ウィンチェスター! グローブの異世界人として、おまえだけは許さないぞ! 」
俺は走った勢いそのまま、『銃剣』の剣を奴の背中に突き刺した。背中の真ん中、肩甲骨の間、おそらく心臓の位置だ。片腕でやっているので、あまり深く入った手応えはないのだが、人間以外でも生物にとっては身体の中心線に沿ったところは、だいたい急所だ。ウィンチェスターは断末魔の声をあげた。
バルナック軍に火薬、銃、爆弾、地雷などの兵器をもたらした極悪人だ。うつ伏せに倒れたが、念のために体重をかけて、さらに深く銃剣を突き刺し、捻ってから引き抜いた。最初の二、三回だけ心臓の鼓動に合わせたようにリズムにのって血が噴き出し、あとはダラダラと流れ出ていく。
「やったか。ジラース、こいつに間違いないよな? 」
「ああ、間違いないな。おまえを煽ったかいがあった。こんな奴がこの世界にいたら、この先どうなるやら。」
「ふう。グローブの異世界人としてのけじめは付けられたか。」
身体の力が抜けて座り込んだ。左腕が痺れて動かない。もはや痛みなのかどうか。感覚が狂ってる。クララはどうしている? 顔を手で覆い、下を向いて泣いているのか。
「ちょっと診せてみろ。」
ロジャーが俺の胸当ての肩の金具を外し、左手首を掴んで上に挙げる。俺の脇腹に足を当て腕を真っ直ぐ伸ばす。
「脱臼だ。外れた肩関節を引っ張って入れる。我慢してくれよ。」
「ああ、頼みます。」
ロジャーが脚を突っ張り、思いっきり強く俺の腕を引っ張った。俺の肩、腕の筋がねじられてグキグキと音をたてているような感覚。滅茶苦茶痛い。ゴキンとまた音がして、筋肉が断ち切られたんじゃないかと思う。息が止まる。涙が出て来る。まあ、左目には血が入ってる。涙が血を流してくれる。丁度良いかも。
「よし、入った。よく我慢したな。」
「ああ、ありがとう。」
今度はクララの傍らから、ガラハドの声がする。マノンと話している。
「おい、マノン。おまえはここに残ってクッキーとクララ嬢ちゃんを守れ。」
「はい。仰せのままに。ガラハド様は? 」
「俺はちょいと戻って軍の指揮を執る。軍がここまで進軍してくれば、今回のおまえの役目は終わりだ。おまえはララーシュタインとは戦えまい。」
マノンがララーシュタインと戦えないとは、どういう意味だろう。三男爵よりも格が下だからか?
「ロジャー。俺はちょいと城門近くへ引き返す。軍の指揮を執るために。今の軍には、今回の遠征の大将であるゴードン殿下が不在だ。主だった騎士たちも戦死した。指揮官がいない。小規模、中規模の部隊ごとに判断して行動している。騎士たちは一人一人が優秀だが、それじゃあな。素人みたいな志願兵も多いからよ。そこでだ。俺の副官として一緒に来てくれねえか? 」
そして、ガラハドはロジャーを連れて城門の方向へ。俺は、クララのエレメンタルダガーの能力で、額の傷口と血が入った左目を洗ってもらった。クララに背中を向ける。
「はい、おんぶ。」
「はい!」
クララは迷うことなく背中にしがみ付き、ちょっと甘える仕草を見せたが、すぐに降ろすようにと言ってきた。脚の怪我で歩けないだろうから背負って行こうと思ったんだが。
「了ちゃん。ガラハドさんは、ここで休めって言ったのよ。それでマノンを護衛に残してくれたんじゃない。」
「ああ。俺はもう、魔力が底をついて魔法を撃てない。でもララーシュタインを倒さないと、この戦争は終わらないだろう。きっとサキは戦ってるよ。レイゾーさんも。俺もいかなきゃ。」
「でも、魔力切れ。怪我してるし。どうやって戦うの? 」
「敵の装備を奪う。」
異世界から火薬をもたらしたウィンチェスターを倒したことで、クッキーとジラースは本懐を遂げたことになります。
でも、まだ…。
今回のネタ うんちく
ザ・ブレッスン・フォー : 四人組コーラスグループ。
「超電磁ロボ コンバトラーV」「無敵超人ザンボット3」「ウルトラマン」などの主題歌のコーラスを担当した。
レールガン : 「電磁砲」各国が躍起になって開発中の超近代兵器。
火薬を使用せず、電力で金属球を高速で撃ちだす大砲。射程距離が長く、強力。
大きな電源が必要、砲身の耐久性の問題などで、どの国も開発が進まないが、唯一日本だけが実用化しそうだと、隣国などは戦々恐々としているとか。
「銀河英雄伝説」などのSF作品では、お馴染みの兵器。




