第207話 ロデム
すっかり陽が落ちて暗くなった。ハーロウィーンは続いているので、空に鬼火などがフワフワと飛び、上空はほんのりと明るくなっている感もあるのだが、地上は暗い。バルナックの小銃を持った兵たちは標的を視認できなくなり、ミッドガーランド軍が進軍する音に恐怖を煽られる。正規兵だけでなく志願兵も多いミッドガーランド軍には多くの冒険者がおり、斥候の職能を持った者たちが闇に紛れて接近し狙撃兵を討ち取っていく。
銃撃に単独では太刀打ちできず、前進できずにいたドワーフのフォーゼは、今はミッドガーランド軍の主力部隊の重歩兵に紛れてバルナック城内を突き進んでいる。もとより兵の数はバルナック軍よりもミッドガーランド軍が多い。反対側からドワーフの軍も攻めている。バルナック城の陥落も時間の問題だろう。
ウィンチェスターの手下の小銃を持った騎馬兵、歩兵が数十人。それとメタルゴーレムが五体。こちらは、ロジャー、クララとロデム、それにデーモンのマノン。状況が良いとは言えない。
今は鉛玉を喰らわないために騎馬兵を目標にしているが、このままでは拙い。ゴーレムを相手にできるのは、おそらく魔法使いの俺だけ。悪魔のマノンは頼りにして良いものなのかも分からない。いつまでも走り回っているのも疲れる。
「クララ! ロジャー! そっち任せる! 俺はゴーレムをやる! 」
「応。頼む。クッキー。」
「はあい。じゃあ、騎兵はこっちでねえ。」
ロデムは、しなやかな鞭のような触手で銃弾を弾くことすらある。それに辺りが暗くなったので、そうそう当てられないだろう。
俺は銃剣を構え衝撃の魔法を呪文詠唱なしに数発放った。一体は命中。額の『emeth』の文字を焼いた。ゴーレムの安全装置でもあるその弱点を突けば無力化できる。しかし、効いたのは一体だけ。もうこちらが額を狙うのがバレバレだからだ。
俺もここへ来るまでに消耗している。魔力消費が少なく、使い慣れている衝撃の火力魔法だけでなんとかしたいところなんだが。ゴーレムは手をかざして額への命中を防ぐ。そしてもう片方の腕はジャッキのように伸ばして拳を打ちこむ機能を使って攻撃してくるわけだ。地味に改良されているのか、その腕の伸びが速くなっている気がする。
ハイルVが腕を伸ばす瞬間を狙い、補助魔法。いつの間にやら、俺は捻りも無詠唱で使えるようになっていた。イメージしただけで魔法の効果が発動しゴーレムの一体が柔道の背負い投げを喰らったかのように転んだ。自分でも驚いたが、さらに追い打ち。デーモンのマノンが追撃し、俺に協力してくれた。
「悪魔の布告! 」
黒い球のような物がマノンの掌から飛び、ゴーレムの額に命中。『emeth』の文字を消した。マリアに服従するグレーターデーモンは、主人によく教育されているようだ。マリアと同じく星球式鎚矛を持っているし。これでゴーレムはあと三体。なんとかなるか。
しかし、そうそう上手くいくものでもない。闇夜の鴉のごとく振舞っていた、黒豹のような見た目のロデムだったが、その大きな身体が仇となり、標的とされてしまった。またクララを守るために無理に銃弾を避けることをせず、当たってしまったのだ。ドサリとその巨躯を石畳の上に横たえた。
クララは落ちながらも一回転して脚を骨折していない右側を地面に接地するように受け身を取り、衝撃を散らすように転がって逃げ、少し遠のいた場所で止まった。痛みを我慢し、すぐに上半身を起こし両手にダガーを構え、前を見据える。
ロデムも起き上がり、血を滴らせながらクララの前に移動。クララを銃弾から守る壁となった。マノンは前進して斬りこみ、モーニングスターを振るい小銃を持つ兵たちを翻弄しているが、多くの騎兵を一度には相手にできない。ロジャーも銃撃を受けないよう走っては弓での攻撃の繰り返しなので、よく動き回ってはいるが敵兵の戦力に対して手数が少ない。なんとか耐えてくれ。
こちらもそう余裕はない。いくら大雑把な動きのゴーレムとはいえ、身の丈十五メートルもある鉄の巨人が相手。しかも三体だ。額を狙うのは読まれているので守勢にまわってしまって、こちらの攻撃が通らない。
耐えきれないのはロデムだった。銃声が響く度に赤い液体が飛び散った。どういう動体視力をしているのか、銃弾を弾き飛ばすロデムの触手。だが、そのしなやかな触手が負傷している。千切れて血を流している。
「ロデムぅ、大丈夫? 痛いよね。」
クララは水のダガーをロデムの身体に当てて止血していたが、どうやら限界か。ロデムの胴体に銃弾がめり込む。どうせ夜になって銃では狙い難いと考えたか、それともここが好機と思ったのか。バルナックの兵たちが、弾倉が空になった小銃を捨て、剣を抜いて突撃してきた。
ロジャーも弓を捨て、剣と盾を持ち、バルナック兵の間に割って入る。激しい乱戦。ロジャーは田舎町とはいえ領地の防衛を担う騎士。正面から当たれば雑兵には負けない。クララも火のダガーを投げて対抗。ロデムも力を振り絞り、一人の兵に飛び掛かった。
ロデムは敵兵の喉笛に噛みついたが、それと同時に短い破裂音が聞えた。拳銃だ。バルナック兵は小銃を捨てても他に飛び道具を持っていた。ロデムは唸り声と共にバルナック兵の首の骨を噛み砕いたが、その声は小さくなっていく。
クララが膝で這い、ロデムの傍らに寄り頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしたが、すぐに止んだ。
「う、嘘だよねえ。ロデム。目を開けて。」
クララが嗚咽を漏らす一方で、ウィンチェスターは怒号を上げている。自分自身では戦おうとしないのだが。
「ええい、何をやっておるか! 暗くなって見えなくとも、近づいて撃てばいい! 全員突っ込め! 」
ウィンチェスターの側にいた伝令の文官までもが、拳銃を持ってロジャーとクララに向かうが、大柄な男が助太刀に来た。突起が付いた円盾を持った両手を大きく広げ「さあ、撃ってみろ」と言わんばかりである。
「メカンダーの盾を使うまでもない。そんな豆鉄砲じゃ、アダマンタイトの鎧に傷も付けられねえぜ? 」
宮殿の中から引き返し走って来たガラハドは息を切らすこともなく、拳銃を乱射するバルナック兵を次々と蹴散らした。お互いに暗くて顔も良く分からないが、ガラハドはウィンチェスターを睨みつけた。
「役立たずどもが。ゴーレムもだ! 相手は魔法使いといえ一人だけだろうが!」
悪態をつくウィンチェスターにクララが泣きながら告げる。クララはもうアドレナリンやらエンドルフィンやら脳内麻薬がいっぱいで痛みも分からない状態だ。
「あたしの彼を舐めないほうがいいですよ。あたしの彼は、タロスに頼らなくったってララーシュタインのゴーレムなんか一発でぶっ飛ばせる火力魔法が撃てるんです!」
よし、クララよく言った。ロデムの分も俺が暴れてやる。
「ジラース! 力を貸してくれ! 精霊魔術でゴーレムぶっ飛ばしてやる!
火山と天空の太陽と灼熱の業火を称えよ。精霊の崇拝を集め陽炎よ、爆ぜろ。火霊波!」
正方形を内に含んだ円形の魔法陣が浮かぶ。そこから赤い光の束が伸び、ゴーレムの頭部へと飛んでいく。
当然、弱点の額の文字を狙われると分かっているゴーレムは、両手で額を隠す。その両手を火力呪文が燃やす。肘から先のパーツが蒸発した。続いて頭部を焼くが、どうか。
額の文字を焼き切れるかどうかの結果が出る前に、ガラハドが飛び出した。その手には豪華な装飾を施された柄がついた剣が握られていた。赤い宝石が埋め込まれ、魔法で起きた炎の光を反射して輝いている。その剣は『アロンダイト』。ガラハドの父ラーンスロットが竜を退治したときに使ったと伝わる業物。
ゴーレム『ハイルV』の足首を斬り付け、鋼の脛を破った。膝から崩れ落ちるように巨体が倒れると、ガラハドはアロンダイトを上段に構え跳躍。額を斬りつけた。ガラハドの剣は、ピンポイントに『emeth』の『e』の頭文字を削った。『死』を表す『meth』となった。
ゴーレムの鋼の身体がガラガラと音をたてて崩れていく。これで、ゴーレムはあと二体。しかし、どうやら火霊波だけでは、ゴーレムを倒せない。手でガードされなければ成せたのかもしれないが。ガラハドの助太刀に感謝しなければならないのと同時に、もう後先考えず、ありったけの魔力を使わないといけないという絶望に近い状況が判明した。もう俺の魔力が尽きる。まだゴーレムは二体残っている。
しかし、もうやるしかない。ガラハドはすでに別のゴーレムの脚に斬りかかっている。
「遠い世界で静かに眠れ。汝の使命はここで終わる。争いを止め平穏を求める声に耳を傾け、目を閉じよ。魔素粒子加速砲! 」
俺が使う呪文では一番強力だ。これなら一体は潰せると思うが、どうだろう。
いや、もう一体のゴーレムが妙な動きをしている。宮殿の周囲の塔、ゴーレムが隠されていた格納庫を自ら壊している。何のためだ?
これでやっとタイトル回収。




