第205話 活性死者
最強、最後のゾンビ アルトリウス王。
土煙が舞っていれば、銃撃の標的にはなりにくい。原因は分からないが、塔が倒れたのは僥倖だ。今のうちに宮殿の出入口を探して潜入すれば銃撃を避けられる。半数以上は潰したと思うが、まだ相当な数の兵がいるはずだ。ブライアンが残りの馬六頭を解き放ち、トリスタンが合図した。
「よし、今のうちだ。皆走れ! 」
トリスタン、ジーンとレイチェル、ブライアンは宮殿へ、騎乗しているロジャーと俺は隣の建物の裏側へ向けて突貫。二頭の馬の蹄の音が響くので、すぐにこちらが動き出したことには気づかれたが、トリスタンの弓、ジーンと俺の魔法でいなす。
ララーシュタインの宮殿を取り囲む塔の一つが倒れ、その塔の影から現れたのはゴーレム。ララーシュタインのインヴェイドゴーレムの基本形、ヒト型の『ハイルV』だった。
「拙い。止まるな。走り続けろ。」
「天空の閃光! 」
トリスタンが注意を促しながら、ゴーレムの額にマナアローを撃ち、ジーンが攻撃と目眩まし両方の効果を持つ魔法を放つ。このゴーレムは人が乗り込まない従来型。金属製のメタルゴーレムなので、ミッドガーランド軍のストーンゴーレムでは全く歯が立たないものの、動きそのものは単純で鈍重だ。ジーンの閃光で怯んだところでトリスタンの矢が額の『emeth』の文字を崩す。
ここでゴーレムが出て来たのは想定外だったが、なんとか乗り切った。先を急ぐ。俺とロジャーは隣の建物の裏側が目視できる位置へ回り込む。トリスタンたちは塔と倒壊とともに崩れた宮殿の外壁から中へと入っていく。
これで次の局面へ移行できるかと思いきや、また隣の塔の地上階の外壁が砕け飛んだ。瓦礫の散らばり方からすると、塔の内側から爆発したようだが、濛々と煙が上がり、詳細はわからない。
その煙の中から現れたのは、ガラハド。そしてマリア。ガラハドの拳が塔の壁を粉砕したのだった。そしてもう一つ。背に人を乗せたクアール。
大きな黒豹のような魔獣が肩から伸びた鞭のごとくしなやかな触手で背中の人を落ちないように支えつつ、強靭な全身のバネを活かし、飛び跳ねるようにして馬よりも速く走って追ってくる。
「了ちゃん! 」
「クララ! ロデム! 無事だったか!? 」
「えへへ、脚折っちゃった。でもただ痛いだけ。脛の外側の腓骨だから、なんとかなるわよう。心配しないでねえ。」
痛いだけ、で済むわけがないだろう。足首を動かさないように固定しないといけないんじゃないのか? マリアが一緒ならば治癒魔法をうけているだろうが。
「いや、心配はするけども。ガラハドさんとマリアさんと一緒にいたのか?」
「うん。落ちたとこでたまたま。でも、そこで魔女と戦って、マリアさんが勝ったわよう。」
「そうか、じゃあ、あとは本命のララーシュタインとウィンチェスターだ。俺達はウィンチェスターを追う。」
「うん。わかった。」
「あら。クララちゃんたら、真っ直ぐクッキーの方へ走って行っちゃったわ。」
「まあ、いんじゃねえの? それが自然だろ。」
ガラハドとマリアはトリスタン達と合流。銃撃を避けるために入った宮殿の入口で、トリスタンと情報交換。すぐにララーシュタインを倒しに行くと即決した。だが、マリアはクララを放ってはおかない。服従させている上級悪魔を呼び出した。
「マノン。出てきなさい。クララとクッキー、ロジャーを助けなさい。それから、あんたなら手心を加えたりはしないだろうけど、バルナック兵には完全に止めを刺すように。」
「はい、仰せのままに。」
蝙蝠の羽根を広げ、マノンは飛んで行った。早速上空からウィンチェスターと、その取り巻きの騎馬数十騎を見つけ攻撃。それだけ見届けると、マリアとガラハドは宮殿の奥へ。ララーシュタインを目指して進む。
「まあ、あの悪魔がいれば、なんとかなるわね。」
「マリアには逆らわねえし、まあ、そこそこ喧嘩も強えからなあ。」
「強いって、あんたやレイゾーの基準だから滅茶苦茶強いってことよね。」
「いや、あれを飼ってるおまえが一番強いだろ。」
トリスタンやガラハドが目指す宮殿の上層階では、レイゾー、サキ達がアルトリウスと戦っている。アルトリウスの剣技は凄まじく、全員で取り囲んでも攻めきれない。すでにライオネルが倒れ、数的有利とも言えない状況。勇者しか使えないという天恵系の能力を見せたアランに攻撃目標を絞られたらしいが、そのアランも勇者としては若く、まだ経験が足りない。そもそもジーンこそが、正式な過程で勇者になったのだが、まだ九才。それを補うため、イレギュラーで戦乙女の加護で、もう一人の勇者となったのがアランである。アランがアルトリウスと一騎討になった場合、アランでは勝てないのではないかと、レイゾーは心配した。
そして、サキとオズマは、また違った面から考えを巡らしている。魔王や魔女とは、決して悪しき存在ではないのだが、その自らの魔力や胆力に溺れ、暴走してしまった時に安全装置としてはたらく存在が『勇者』である。ジーンにしてもアランにしても、彼ら勇者が存在するということは、闇落ちした魔王、魔女がいるということだ。この際、魔女シンディを除外したとして、おそらくは、ララーシュタインか、このアルトリウスのどちらかが魔王である。ドルゲ・ララーシュタイン二世は宣戦布告の時点で『魔王』と名乗っている。そして二人の勇者、ジーンとアラン。この二人が揃わなければ、魔王を倒せないのではないだろうか。単に予備なのだとしても、ララーシュタインが魔王ならば、ここでアランを死なせるわけにはいかない。ひょっとしたら、ジーンがすでに死んでいることまで考慮しておかなければならない。
勇者に頼らずとも、人や亜人が協力して魔王や魔女を倒したことは歴史上あるのだが、そう上手くいくものか? ジーンの健在を祈り、アランをここで守り切らねば、ララーシュタインを倒せなくなるかもしれない。アランが倒されたのなら、残った者が総力をあげてララーシュタインとアルトリウスを倒さなければ。
ゴードンは、アルトリウスの注意が自分には向いていないと判断し、ライオネルから受け取った聖剣エクスキャリバーの鞘を壊しにかかった。鞘を床に放り、自分の剣で打ち据えた。しかし、壊れない。風のソーサリー呪文で攻撃してみても同様。鞘の破壊は諦め、ゴードンもアランを守ることにした。ただ、転んでもただは起きぬ。ゴードンは円盾を持っていたが、それを捨て、左手にエクスキャリバーの鞘を持ち盾代わりに受け流しに使うことにした。実際に左手用短剣という武器があり、これは相手の剣を受け流す為の物だ。マンゴーシュとも呼ばれるが、細身剣と一緒に使われることが多かったらしい。似た例として、日本でも脇差は相手の刀の左手での受け流しと太刀が使えなくなった場合の予備として使われた。
ゴードンは、アランを斬り捨てようと執拗に迫るアルトリウスの前に立ちはだかりアランを守った。エクスキャリバーの鞘が、エクスキャリバーそのものの剣戟によって細かい傷が重なっていく。
レイゾーとサキが前に出て攻めこむ。二人とも戦況を分析しての事らしく、剣を振りつつもお互い目が合ったときに頷いた。
レイゾーとサキが持つ武器はアルトリウスのエクスキャリバーと似た特長を持っている。レイゾーの魔剣グラムは大きく重く扱いにくいものの、生命力吸収と魔力吸収の効果を持っており、相手にダメージを与えれば、その分だけ使い手の力が補充される。サキのサーベルも黒い柄の陰の聖剣で相手にダメージを与えれば、陽の聖剣にて体力が回復する。
二人で我慢比べをして持久戦に持ち込んでも、最後には数的有利なこちらが押し切れる。外の主力軍の戦闘も味方が門を破って進行しているので、間もなく城は落とせるだろう。だが、そもそも此処に攻め込んで来たのは、手っ取り早く戦争を終わらせ犠牲者を少なくするためだ。二人でアルトリウスの剣技を抑えつつ、オズマかゴードンの魔法攻撃に期待したいところだ。とはいえ、まだ本命のララーシュタインが残っている。魔力を使い切りたくはない。
レイゾーは、自分一人でアルトリウスを倒そうと決心した。グローブからの異世界人である。アルトリウスの名は知っていても、余計なプレッシャーを感じることはない。グラムの重量によって大振りな動きになるが、さらにモーションを加速した。サキも二本のサーベルを持って突出。アルトリウスに斬りつけると、アランとオズマは攻撃呪文を詠唱。
「天恵の渦!」
「空気、飛沫とマナの潮流。接触感染によって引き起こされる厄災よ。抗原抗体をなぎ倒し、汝の敵を滅ぼせ。病原体!」
勇者の魔法と魔王の毒の魔法が混ざり合い、アルトリウスの身体を蝕む。ゴードンもマインゴーシュを投げつけ円盾を拾う。五人がかりでやっと弱らせた。レイゾーはもう一押し、盾で防がれない広範囲の火力呪文を使うこととした。
「火炎放射! 」
一際大きな火炎がアルトリウスの全身を包み丸焼きにする。だが、まだなお倒れない。すると後方から女性の声で魔法の呪文を詠唱する声が聞えた。
「幾ら重ねようとも無益な言葉。言葉の数だけ犬死に無駄死に。地獄の山並み。針の山! 」
これはマリアの声。地下墳墓を擁した地下迷宮を抜け、宮殿に入り、たった今加勢したのだ。火に包まれたアルトリウスの全身に無数の針が刺さる。これを千載一遇の好機とみたレイゾーが大きく跳躍。それに合わせてマリアがさらにインスタント呪文を使う。
「転覆! 」
火達磨のアルトリウスが足を掬われたように上に跳ね、横に転ぶ。咄嗟のことに受け身も取れない。
「縦走行式遮断幕! 」
上段に構えた魔剣グラムを飛び降りざまに振り下ろし、レイゾーがアルトリウスの首を刎ねた。和包丁が大根を切ったように滑らかな切り口で、ゾンビとはいえ出血が少なく、フラットな面だった。兜をかぶった頭が転がり、最後の活性死者アルトリウスは昇天した。
これで残る敵は、ウィンチェスターとララーシュタイン。