第204話 宿敵
アルトリウスの剣エクスキャリバーがライオネルの身体から引き抜かれると床に血が流れ広がっていく。ライオネルは咳き込んでいるので、まだ意識はあると思われるが、出血量からすると油断はできない。すぐに助けなければ。
ここでレイゾーが本領発揮。目で捉えられないくらいの速さで踏み込み、上段の構えからアルトリウスに斬りかかった。聖なる盾を頭上にして受けた。
胴がガラ空きになった。下から上へ。ライオネルがアルトリウスの鳩尾を剣で突いた。アルトリウスがライオネルを踏みつける。鎧の胴の板金が割れ、さらに出血。ライオネルは、もう悲鳴すら上げられない。呻き声を出して動かなくなった。
「このおっ! 天恵の渦! 」
「なんだとぉ! 」
アランが使った光属性の魔法がアルトリウスの身体を押し飛ばした。サキとオズマがライオネルに駆け寄ったが絶命していた。アルトリウスは、すでにライオネルには興味がない。アランに殺気を向ける。
「エーテル…。勇者にしか使えない能力のはず。貴様は何者だ?」
「アラン・ガーランド・グレイシーだ。」
「グレイシー? ジェフ・グレイシーに関係するのか? ミドルネームがガーランドとは、王族か? 」
「ジェフの五男。ミッドガーランド王女の弟だ。」
「ほう。あの優柔不断な男の、な。」
アルトリウスは次のターゲットとしてアランをロックオン。アランは腰を落とし小剣を構え迎撃態勢だ。『剣王』と呼ばれたアルトリウスと『勇者』の称号、職能を得たアランがぶつかり合う。
宮殿を目前にしながら、多勢に無勢。まだ多くの狙撃兵、歩兵が城内に残っていた。宮殿を囲む塔だけでなく、隣接する建屋からも銃弾が飛んでくる。
土の精霊ノームのオキナが土の壁を造り、幾重か重ねて姑息な陣を構築する。手に余る分はジーンの光の精霊マメゾウ、時空の精霊、トキムネとソラが当たらないように軌道を逸らしてくれた。厚い土壁に全員身を潜め、半球状のドーム、砲兵陣地のような土塊から、魔法の矢を撃って一つ一つ片付けていく。俺の火力呪文では最悪の場合殺してしまうことになるのだが、戦争だ。恨みっこなしでお願いしたい。そして弾幕が薄くなるとトリスタンの眠りを誘う矢が飛び、銃声を黙らせていく。
レイチェルは僧侶としての魔法を使い、ここまで戦車を曳いてきた馬の治療回復をしていたが、トリスタンに話し掛けた。馬の怪我が酷いのだった。
「あの、父上。この子たち、かわいそう。もう限界ですよ。」
馬を狙うのは卑怯な戦い方などという訳ではない。ただ、わざわざ馬を狙うよりは人を狙う。とは言え、馬を狙ってはいけない訳でもないし、命のやり取りをする戦場で細かいことは気にしていられない。死ぬか生きるかの状態で、馬を狙えるのならば狙うだろう。戦車や馬車の一部だと思えば、否定はできない。
衝き槍を持って騎馬同士が一騎討をするなどというのは、旧いしきたりである。そういう騎士道云々という条件ならば、馬を狙うのはご法度かもしれないが。
実際には馬は移動手段だ。騎馬が戦場を駆け、敵の後背に回るなど、近くまで行けば馬を降り剣や槍で戦う。見方を変えれば、馬に乗ったままでは、ろくに戦えまい。長槍などで馬を攻められれば落馬して終了となる。日本の流鏑馬などは本当に特殊な技術だ。
戦車は本来、御者の他にもう一人乗り込み、対象の歩兵などの脇をかすめるように通り過ぎ、そのときに一撃を加える。スピードを活かした一撃離脱戦法だ。俺とサキとで弩砲や投石器を運用するアイデアを出し採用されたが、かなりのイレギュラーである。
そして、この戦争で主戦力として期待されていたのは弓騎兵。馬から降りることなく、移動しては弓を撃ち、また移動する。これもタムラ発案のマナアロー、トークンを埋め込んで限定的にでも魔法の効果を発揮する鏃があればこそのアイデア。火矢、毒矢などが使い易くなるわけだ。
そして、俺達はララーシュタインが立て籠もっているだろう宮殿の前にいる。宮殿に殴り込めば、建物の中を馬で駆けることはない。ここで馬たちはお役御免ということで良いだろう。
「この子たち、散々走り回って怪我もして、かなり呼吸が荒いです。ここへ置いて行ってもいいのでは? 」
「そうだね。解放してやろう。いざとなった時に逃げられるように戦車を繋ぐ馬具を外しておこう。馬は貴重なものだが、この戦場のどさくさで馬を失っても非難はされない。」
「はい! 父上! ありがとうございます! 」
弓を射掛けながら、トリスタンは答えた。内心、ジーンとレイチェルを養子にと望んだ妻イゾルデにあらためて感謝している。なんと良い子たちを得たか。レイチェルは自分の兜を脱いでバケツ代わりにして、魔法で水を生成して満たし馬に飲ませる。
「レイチェルは優しいな。この馬たちは、戦が終わったら探して連れ帰ろう。」
この宮殿の前に辿り着くまでトリスタンの盾となっていた自動人形二体ももうガタがきていた。ここまでよくやってくれた。あとの二体もまだ動けるが、被弾してダメージを受けている。戦車も車軸は無事だから動けるが、車体は傷だらけだ。手榴弾が破裂する中を駆け抜けたりしてきたので、皆飛んできた破片が当たってできた怪我などもあり、疲弊している。
「クッキーさん、これを使ってください。貴方の魔法が頼りですから。」
ブライアンがマジックポーションを分けてくれた。少し魔力が回復。俺はそれなりに大きなストレージャーを持っているのだが、持参したマジックポーションはもう使い切っていた。代わりと言ってはなんだが、そのストレージャーからマチコが持たせてくれた肉巻きおにぎりを出し、皆に配る。俺は好きな物は最後にとっておくタイプ。戦中食の干し肉を先に食べて、肉巻きおにぎりは温存しておいた。食べながら、どう攻め込むか皆と話そうと思っていたが、予想外なことがあった。
あまり姿を現さない火蜥蜴のジラースが出て来た。何か用事か? いや、肉巻きおにぎりに釣られたようだ。余っていたおにぎりを一口で頬張ってしまった。見た目にはエリマキサンショウウオなんだから、ミミズとかカエルを食うんじゃないのか?
「あ、おまえ肉食なんだな。」
「美味ければなんでも食べる。これといった好き嫌いはないぞ。米も良い。」
「へー。左様でございますか。」
「クッキーよ。それはさておき。大事な事だ。嫌な臭いがする。硝酸。火薬。あの男の臭いだな。」
あの男とは! まさか! 俺と同じ異世界人。この世界にあってはならない余計な物をもたらした極悪人か。
「それは、ウィンチェスターか!? 」
「そうだ。あの宮殿の並び。右隣の建物の影だな。馬に乗っているようだ。」
ウィンチェスターを見逃すわけにはいかない。ララーシュタインさえ倒せば、この戦争は終わるかもしれない。しかし、ウィンチェスターを逃がせば、また別の悪さをするに違いない。他の国で火薬を作り、兵器を作り、戦争を起こすだろう。断固阻止。
自分はどう行動するか、ここで皆に話さなければならない。単独で別行動をとらせてもらおう。
「トリスタン卿、ロジャー団長、皆、聴いてくれ。」
精霊を間近で見ることは珍しい。全員の視線がジラースに向いていた。俺が全部話さなくとも察してくれたようだ。ロジャーが言った。
「異世界人として決着をつけたいんだな。だが、一人では危ない。せめて誰か一人だけでも一緒に。私が一緒に行こうか。」
「じゃあ、お願いします。」
「こちらこそ宜しく。私にも思う処はある。セントアイブスからも志願兵が多く参加している。彼らが銃や手榴弾でやられる光景を見てきた。」
トリスタンとブライアンが戦車を曳いてきた馬八頭の中から、健康状態の良い二頭を選んでくれた。その二頭の馬を駆り、俺とロジャーはウィンチェスターを倒しに。トリスタンとブライアン、ジーンにレイチェルはララーシュタインを倒しに、二手に分かれることとした。
「では、我々はララーシュタインを討ちにいこうか。」
「すぐに追いつきますよ。」
トリスタンに手を振り、歩を進めようとしたところで、大きな音が響き宮殿の壁が崩れ
た。塔の一つが横倒れになり、土煙が舞い上がる。




