第20話 講義
【マリア】
ジョブ:冒険者 探索者 探索者ギルド、セントアイブス支部のギルドマスター
クラス:ハイクレリック(高僧) ウィザード(魔導士) セージ(賢者)
評価ランク:S
所属パーティ:AGI METAL 評価ランク:S
椅子の座面の上に胡坐をかき瞑想をしているとドアをノックされた。そのノックの前に、まるっきり人が部屋に近づく気配がないのに驚いた。
「は、はい!」
慌てて返事をすると聞き覚えのある声がする。クララの声だ。
「クッキーさん、おはようございます。クララです。入ってもいいですかぁ?」
「ああ、はい。どうぞ。」
椅子から降りてドアを開けると彼女が飛び込んで来た。足音がしない。相変わらず身のこなしが軽い。バレエでもやっているのだろうか?バレエがユーロックスにあるかどうか知らないが。
「マリアさんの魔法の講義ですね。迎えに来ましたよぉ。ギルド行きましょう。」
「お、おはよう。クララ。なんだか妙に張り切ってるね。」
クララのやたら高いモチベーションに押され、一寸戸惑い気味に挨拶した。するとクララは横を向いてボソッと小声で言った。
「これで、クッキーさんの魔法の実力が分かるかもしれませんし、マリアさんと二人っきりにはできませんからね。」
「え?何?」
「なんでもありませんよ。どんな講義か楽しみですよね。早く行きましょう。」
クララに腕を掴まれ急かされた。振り回されてしまっているような。しかし悪い気はしない。
探索者ギルドへ行くと2階の奥のマスターの執務室へ。北側の窓から柔らかい明かりが入る。その窓を背にし、ドアから顔が見える正面奥の机に向かっていたマリアがペンを置いて立ち上がる。
「あら。おはよう。ようこそ。今ガウェインへの手紙を書き終わったわ。丁度良かった。」「おはようございます。あの、早速質問ですみませんが、ガウェインさんというのは?」
「レイゾーから聞いてないの?しょうがないわねえ、あいつは。ガウェインは私たちのパーティ AGI METAL のメンバーよ。今は王都ジャカランダにいるわ。元メンバーのゴードンと一緒に。まあ、ゴードンは王族だから当然なんだけど。ゴードンは第四王子で、ページ公の再従兄弟。
戦争の最終戦のときにガウェインが王都を守る砦で戦えば兵たちの士気が上がると陛下に懇願されてね。彼としては不本意だったようだけど王都に残り、彼以外の私たち五人で敵の本拠地に突貫したのよ。そのうち二人は帰らぬ人となり、後にタムさんがメンバーに加わったわ。レイゾーの意向で、3年前の戦争を共に戦ったパーティは解散しないし脱退もさせない。いつまでも『仲間』なのよね。」
「なるほど。あの人らしいかもしれないですね。でも、そのようなパーティに自分が加入していいんでしょうか。」
「いいのよ。リーダーのレイゾーが認めたんだから。それで6人のパーティになるし。気にするのなら、私がこれから話すことをよく聞いて。」
マリアはギルドの職員を呼んで宮廷へ手紙を届けるように指示した。紅茶を三つ持ってくるようにとも。それから三人で執務室の中央の円卓を囲み話し始める。
「あなたがギルドで受けた講習のプログラムを見直してみたわ。大切なところが随分端折られてるのよね。この世界では常識として捉えられているけれど、異世界人には説明しないと分からない背景的な部分。そこを頭の片隅にでも入れておけば、魔法の理解が早くなる。地味だけど大切なの。」
クララが半分安堵し、半分は拍子抜けらしい。なにを期待していたのだろう。
「この世界には月が三つあるでしょ。赤い月。白い月。そして他よりも大きい青い月。それぞれ別の世界を象徴していて、赤い月には悪魔や亡霊といった闇の眷属が、白い月には天使が、青い月には妖精が棲んでいると言われているわ。四極魔術と精霊魔術の召喚術で呼び出される妖精や悪魔は月から来るのだと。
だから月は神聖なもので信仰の対象。あなたの世界での暦は太陽暦でしょう?でもユーロックスでは月。太陰暦をもとにしているわ。一週間は六日。火、金、風、水、木、土の六曜。一カ月は五週間で30日。90日三カ月ごと春夏秋冬の四季。12カ月と数日で一年。だいたい365日。年初の聖日と呼ばれる5~6日と12カ月360日を合わせて一年なの。この曜日はマナの考えにも関係しているわ。
魔法の分類は魔法陣の模様と習ったわね?でもそれでは不十分。分類の仕方は他にもあって、呪文の詠唱、歌唱、呼称、その他の触媒によるもの。魔法具や呪いも立派な魔法。得意分野によっての細分化では召喚士や永続魔術士といった職能もある。」
マリアが目を細めてクララを見る。クララは驚いたようで、俺の腕を掴み、しがみ付く。
「あなたは良く知ってるでしょう?クララ。魔法使いとしての職能は持っていなくても、魔力は高いもの。呪文なんか無くても魔法具の扱いは得意よね?」
「あ、あのぅ、マリアさん。ちょっと怖いです。お調べになりましたか?」
「ギルドマスターとしての情報ならば持っているし、チェックしているわ。でもその大量の魔力は私には隠せないわよ。その大型ナイフも。」
ダガー?クララが携行している4本のダガーに何かあるのか?ますますクララが強く腕にしがみ付いてくる。椅子を引き摺って近寄ってきた。えーっと、胸が当たってますよ。
「でもねクッキー、その中でも、超高等魔術とも呼ばれる五芒星魔術を使えるのは、あなたや私のような魔導士のみ。意識していないみたいだけど、特にあなたはインスタント呪文を使うのが得意みたいね。貴重な存在なのよ。」
とりあえず魔導士ってのが上級職だってのは聞いたんだけど、実はそのあたりが、あまり良く分かってない。五芒星魔術を使える人って、そんなに少ないんだろうか。それとインスタント呪文って何か特別なのか。
「説明するわね。この世の中、そこいらじゅうにあらゆる物質の素になる地水火風の四大元素と魔法のエネルギー魔素というものが存在しているわ。マナは可視化すると10色の色があり、それぞれ特徴がある。ここは講習で習ったわよね?」
各色のイメージを纏めるとこうなる。あくまでもイメージであるし、被るものもある。
レッド:R:(火)熱、破壊、侵略、山、暴力、消毒、始まり、行動
マゼンタ:M:(金)鉄、資源、敏捷、朝、価値、繁栄、都市、砂
ブルー:BU:(風)冷、雲、天候、天空、流れ、鳥、宇宙、嵐、追尾、柔軟
シアン:C:(水)治、反射、海、泉、誠実、薬、魚、閑静、停滞
グリーン:G:(木)植物、生命、成長、繁茂、豊穣、力、誕生、波
イエロー:Y:(土)地、石、土木、建築、地理、溶岩、滋養、夕、防御、壁
ホワイト:W:(光)太陽、正義、秩序、神、天使、昼、変化、復活、協力
ブラック:BK:(闇)月、悪、死、混沌、静寂、安定、安息、偽、悪魔、孤独
グレー:GR:(空間)移動、防御、固定、物質、質量、重量、距離
クリアー:CL:(時間)正直、真実、過去、未来、回避、保存、劣化
「魔法を使うには、自分の魔力を消費して魔法のエネルギー、マナに働き掛ける必要があるわ。でも、直接マナに働き掛けてやらなくても、精霊の力を借りて、代わりにやってもらうことができる。精霊魔術というのが、それね。地水火風の四大元素の精霊に協力してもらうの。
それから、四極魔術は四大元素以外の精霊の時、空、光、闇。それから場合によっては天使や悪魔の力を借りる。四極魔術はクリアー、グレー、ホワイト、ブラックの無彩色のマナを直接操ることでも使えるわ。ただし白と黒は相性が悪く、どちらかしか使えない。だから職能はホワイトマジシャンか、ブラックマジシャンとなる。細かいことを言えば、これに僧侶なども絡んでくるけれど、それぞれに上級職もあるのよ。
マナは無彩色か有彩色かで大きく扱いが違うの。そして白と黒、有彩色の補色は対抗色と言って、組み合わせが相手の弱点を突くことにも繋がる。重要な考え方ね。」
無彩色とは色味のない色のことだ。有彩色とは色味のある色。色相とも言う。それから有彩色の補色とは、絵具などを混ぜると無彩色になる組み合わせのこと。レッドに対してのシアン(明るい緑青)。グリーンに対してマゼンタ(明るい赤紫)。ブルーに対してイエロー。『三原色』と聞いたことはないだろうか。印刷物などは、シアン、マゼンタ、イエローの3色と墨(黒)の四つの版を重ねることで全ての色を作っている。
「有彩色のマナを操る六芒星の魔法陣の魔法を高等魔術、ヘキサグラムと呼び、有彩色も無彩色も10色全てのマナが入る五芒星が二つ重なった立体魔法陣の超高等魔術はペンタグラムと呼ぶ。なんとかグラムって可算名詞の魔法は、単に魔法陣の形だけじゃなく、マナを直接操作する魔法って意味があるから、これを上手く使えるのは強い魔力を持った者ってことになるのよ。」
期待されているのか、プレッシャーを掛けられているのか。とりあえず、ギルドで職能をウィザードで登録したのは、間違いではなかったようだ。今、腕にクララの胸が押し付けられていることも含めて。まだ話は長そうだが。




