第201話 タルエル
邪竜ニーズヘッグと一緒に落下するタロスだが、サキもオズマもその衝撃を抑えるための魔法を使った。タロスだけでなく、ニーズヘッグも助かることになるだろうが。それは仕方がない。
「粘土の緩衝材! 」
「上昇気流! 」
地表近くで落下速度が抑制された。それでもかなり強い衝撃で地面に叩きつけられる。タロスのミスリルのボディは見事耐えきったが、ニーズヘッグも屈強な骨肉と固い鱗のために致命傷とはならない。ただし、タロスに巻き付いていたのが、タロスを守るクッションにもなった。お互いに相手を助ける形となった。
とはいえ、頭頂高十七メートルのタロスに対し、胴回り十メートル、全長八十メートルの大蛇が締め付けている。片腕になったタロスでは抜け出せず、トマホークを振るい、地道に邪竜の胴を切断しようと斬りつけるのみ。オリハルコン製のトマホークはドラゴンの鱗でもものともせずに砕く。が、何度も何度も繰り返すのに骨を砕けない。腕を振る度に蛇が締め付けを強くし、タロスの腕の可動域が狭くなる。
オズマがニーズヘッグの傷口に魔法攻撃を見舞ってやろうかと考えていたところ、突然に衝撃があった。タロスが斬り落とした邪竜の首の切り口、大きな切り株に垂直方向に何かが打ち込まれた。
「はあ? 何がおきた?」
「しっかりしろ、オズマ。よく見ろ。」
切り株を割るように刺さっているのは、もう一本のホリスターの手斧だった。マナコレダーでニーズヘッグの頭半分とともに何処かへ飛ばしたはず。それが何故、邪竜の首を割っているのかといえば、天使のせいだった。
大天使ラジエルが手斧を握り邪竜を足蹴にしつつタロスの傍らに立っていた。巨大な全身鎧の背中に白い翼が付いた姿。曲線の綺麗な造形を持った鎧ではあるが、翼以外は無機質な物に見える。ミスリルの光沢が美しいタロスも霞んで見える。豪奢な彫刻のようにさえ思われた。
普通天使というのは、地に足を着けることを極端に嫌う。地上に降臨することはあっても、空を飛んだまま降りては来ない。地上は不浄な世界であるとでも考えているのだろう。
それなのに、この天使は、お構いなしに大地を踏みしめ、力一杯に斧を振り下ろす。どうやら目的意識のほうが高いのか。しかし、目的とは? 直接ドラゴンニーズヘッグを倒すことが、そうなのか? 宇宙樹を守るとか、悪魔を調伏するとかの目的なら、ニーズヘッグはタロス、いや、旧ラヴェンダージェットシティのダークエルフたちに任せておけば良いのではないのか?
「まさか、これが大天使なのか? でけえな。タロスよりもでけえんじゃねえのか? 」
「ああ。二十メートルくらいあるな。タルエルよ、どうなんだ? 」
タロスのコックピットからとはいえ、大天使を間近に見たオズマとサキが驚き、タルエルに訊く。しかし、タルエルは違う意味でもっと驚いていたのだった。
「オオオオ、神々ノモットモオ側ニオ仕エスル七大天使ノ一柱、らじえる様。」
「なに!七大天使!? 」
「サキ、知ってるのか?」
「漠然とな。詳しくは、あとでオズワルドやマリアに訊こう。」
そんな会話を交わす間にも巨大な天使は邪竜を攻める。オリハルコンの手斧をポイと捨てるとニーズヘッグの切り口に手を突っ込み、両腕を広げる。竹を割るようにニーズヘッグの身体を引き裂いた。
左右に引き裂かれた邪竜の長い胴体はビクビクと痙攣しながらのたうち回る。タロスは振り回され、何度も地面に激突したが、やがてニーズヘッグは動かなくなった。破裂したザクロのような断面を晒している。
サキもオズマも啞然とした。ダークエルフの都市ラヴェンダージェットシティの復興、その都市を滅ぼしたドラゴンを殲滅する事を命題として生きてきたのに、天使があっけなくドラゴンを斃してしまった。戦況からすれば、天使に命を救われたと言えるのだが、それにしても開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「オズマ、止めを刺せ! 」
「おうよ! 火葬! 」
俺も得意にしている火力呪文。対象を消し炭になるまで燃やし、なおかつアンデッドなどとして再生することまで防ぐ。魔法の矢と違い追尾性などはないが、魔力消費が少ないわりに強い効果を持つ火の球を飛ばす魔法。それを二度三度と撃った。
意地を張ってニーズヘッグの亡骸を燃やしたが、タロスももう全身にガタがきている。フレームが歪み関節は潰れ、ろくに立つこともできない。辛うじて攻撃魔法を増幅する砲台として機能するくらいだろう。
「タロス、今までよくやってくれたよ。」
サキとオズマはコックピットを出ることにした。そして、二人がタロスの外へ出たことを確認した大天使がタルエルに話し掛ける。
「タルエルよ。汝を迎えに来た。共に白い月へ還るのだ。青い月へも寄ろう。」
「白イ月、青イ月…。」
「汝は十分に役目を果たした。ヴァン神族の神託のメッセンジャーとして働き、ダークエルフの都を守るために戦った。神々も汝の帰還を望んでおられる。」
「了。」
タロスの真上に白い光の輪が浮かんだ。目が眩むほどの強く明るい光、少しづつ照度が落ちていくと、それは単純な光の輪ではなく、ギョロリとした多数の眼が輪を描いて並ぶものであった。その眼は一点を見つめるものではなく、それぞれがあちらこちらの方向を向いていた。この世界の全てを見透かすかのように。
「さあ、還ろう。」
この「還ろう」という声は、大天使。それに応えるように声を上げたのは、眼が並んだ光る輪だ。
「サキ、さよなら。」
「ああ、世話になったな、タルエル。達者でな。」
「ますたー、たるえるノ魂ガ抜ケタ。オ別レナノカ? 」
ろくに動けなくなったゴーレムのタロスも発声した。タロスに宿っていたタルエルの魂は、タロスの機能を借りて喋っていた。喋る機会はほとんどなかったのだが。サキを「ますたー」と呼ぶのはゴーレムのタロス。そのまま「サキ」と呼んでいたのはタルエルである。
大天使とサキがタルエルと呼んだ、幾つもの眼が並んだ光輪は、音もなくスーッと垂直に上昇していく。オズマは驚きのあまり目を丸くしている。大きく首を振って、サキと光の輪を交互に見てサキに訊く。
「お、おい、サキ。あのキモイ目ん玉の塊が、タルエルなのか?」
「ああ、そうだ。天使というのは、本来あんな姿をしている。タロスから抜け出したタルエルは魂だけだからな。人間の背中に羽根が付いてる姿は、この地上の世界に受肉して実体化した時のものだ。」
「ずっと俺たちのために戦ってくれたタルエルが昇天しちまうってことか?」
「ああ、感謝して見送ろう。ラヴェンダージェットシティの世界樹を食い荒らしたドラゴンニーズヘッグは斃した。今後、どこかに散った同胞の生き残りを集めてダークエルフの国を再興するのは、私たちの仕事だ。頑張ろうじゃないか、元国王様。」
「元国王様とか呼ぶな。現国王はオズワルドなんだからな。」
「いや、だから、今は国はないぞ。再興しないと。」
「だからよ。おまえこそ頼むぜ。ハイエルフの元外交官。オズワルドだって、ハイエルフの協力を得るには、おまえが窓口になるのを当てにしてるからな。」
エルフは、そのほとんどが白と黒の妖精の国に住んでいる。地上の『迷いの森』に棲むエルフを『ウッドエルフ』と呼ぶのに対して、世界樹の空中都市に住むエルフを『ハイエルフ』と呼んで区別することがある。
大天使ラジエルとタルエルの魂は、どんどんと上昇していき、やがて小さく見えなくなった。神々のいる月の世界へ還ったのだろう。
「サキよ。白い月へ還るって言ってたな。青い月に寄るとも。」
「ああ、タルエルはヴァン神族の神託をダークエルフの神殿に運ぶ役目だった。ヴァン神族は青い月に住まうが、他の神族は白い月だからな。」
「じゃあ、まずは青い月に行くってぇわけか。サキ、タロスも月へ還してやろう。」
「そうだな。今すぐに修復は無理だ。せめて休ませてやらないとな。」
やっと上半身を起こし、胡坐をかくように座り込んでいるタロスにサキは送還の呪文を掛ける。召喚の逆の動きを行う魔法だ。
「タルエルの魂が抜けたおまえは、ヴァン神族の国へは入れないだろう。巨人の国へ送還する。神族の国とは違い、マナの量が多くないので快適とはいえないだろうが、休んでくれ。今までよくやってくれた。次に召喚するときには、そのボディを修復するからな。」
「ハイ、ますたー。」
タロスの満身創痍のボディが光に包まれ、タロスは青い月へと送還された。欠損した部位はどうしようもないが、細かい傷ならば、長い時間を掛ければ希少金属ミスリルのボディは自己修復する。
あとは、ホリスターの回復を待って二本のトマホークを回収せねばならない。自動人形にトマホークを見張らせることにし、二人は急ぎ、バルナック城へ向かう。ハーロウィーンが終わってしまえば、本来は北の島にあるこの白と黒の妖精の国とガーランド群島とは、遠く離れてしまう。
情報整理しましょうか。
赤い月 : 悪魔が棲む。いわゆる地獄がある。
デーモンとは悪魔の中でも高位の存在。
白い月 : 神々とそれに仕える天使たちが住む。アース神族、ティターン神族、オリュンポス神族等。
青い月 : 妖精が住む。妖精の国
ヨツンヘイム(巨人の国)も青い月にある。巨人も自然の精霊の一種。
アース神族との戦いに敗れ白い月をおわれたヴァン神族も青い月に住む。
ヴァン神族の国はマナが豊富。
ミスリルゴーレムのタロス : 普段は巨人の国におり、
サキに召喚されると地上に現れる。
ヴァン神族に仕えていた天使タルエルの魂が入っているため、
マナの大量消費など損傷が酷いときには、
ヴァン神族の国に留まることがある。
本編中で触れていませんが、
ヴァルハラ(天国) : 死んだ人間の魂が往く場所。
世界樹と月の間にあり、
戦乙女が守っている。戦乙女は天使の一種。




