第200話 ニーズヘッグ
サキ、オズボーンファミリー、鍛冶職人集団ホリスター派の宿敵であるドラゴン、ニーズヘッグとの決戦の続き。
タルエルが放った魔素粒子加速砲は、ニーズヘッグの頭の半分を消し飛ばし、その後ろの宇宙樹の根も削った。俺が魔法を使うのは地に足が着いた状態だ。オズマの魔法で空を飛びながらの運用はない。それで頭を全部を捉えられなかった。ただ、普通ならこれで十分だろう。頭半分吹き飛ばされて生きているような魔物は、ゾンビや幽霊の類だけ。しかし、ニーズヘッグはそんな状態でも、まだ倒れず痛みのためか、さらに暴れる。
無理な体勢でドラゴンニーズヘッグに魔素粒子加速砲を撃った反動で、仰け反るように後ろに倒れ込んだタロスだが、ダークエルフの飛行船としては最大級のフェザーライトの上に落ちたために助かった。とはいえ、フェザーライトの船首楼、船首上甲板と船室の前半分を潰した。上甲板が割れ、タロスのボディがめり込んだ。タロスは左肩口、左脇腹ごと左腕が無くなっており、胸部のコックピットにまで被害が及ぶ。コクピットの二列目左側の席にいるホリスターは額と腹から血を流し、意識がない。虫の息だ。サキが叫ぶ。
「オズワルド! ホリスターを連れて脱出しろ。おまえの魔法でホリスターの治癒を頼む。それからメイと一緒にフェザーライトをどうにかしてくれ。」
「おまえはどうするんだ!? 」
「私はオズマと一緒にタロスで戦う。ニーズヘッグに止めを差さねばならん。」
「そうだ。オズワルド! メイについていてやってくれ。おまえ父親だろうよ。」
「わ、わかったよ、オズマ。あとを頼む。」
オズワルドもあちらこちら火傷や、飛び散った破片による擦過傷などがあるが、隣の席のホリスターを担ぎ、タロスのコックピットから出た。タロスがフェザーライトの船体にめり込んでいるため、出た先は甲板の上ではなく船倉の中だったが、負傷したホリスターを寝かせるには、かえって都合が良かった。近くの船室に運び、ホリスターの応急処置を施し治癒魔法を掛けると、上層の甲板、船の後方の操舵室へ走った。
サキとオズマはどう戦うか、意見を述べ合う。この戦況は、とても好ましいとは言えないものだった。
「畜生め。まさかミスリルがこうもあっさり噛み砕かれるとは思わなかったぜ。」
「尾の打撃も強いし、爪もある。距離をとって戦うか。」
「ホリスターの斧を失った。あれを投げてやりゃあ戦い方もあるんだが。」
「迷いの森に落ちたトマホークを拾いに行く余裕はないな。森に棲むウッドエルフを味方につけておくべきだったか。」
「あいつら、俺たちダークエルフやドワーフとは交流したがらない。しょうがねえだろう。」
「タルエル! オズマは幻影の翼で空を飛びながら操縦している。魔法の同時使用は酷だ。攻撃魔法を任せられるか? 」
「了解シマシタ。ますたー。」
「よし。まずはフェザーライトから離れよう。フェザーライトを失うわけにはいかないからな。」
「おうよ。」
オズマはタロスの身体を起こし、飛行魔法幻影の翼の翼を広げる。フェザーライトに負担を掛けぬようフワリと飛び立った。
「五指雷火弾! 」
ホリスタートマホークか、ガラハドのコークスクリューブローを打ち込んだ跡、固い鱗が剥がれている部分を狙う。だが、両手ならば一度に十発撃てる火力魔法も、今は五発。鱗の下の皮膚が鱗ほど頑強でないことを期待して攻撃する。
「なあ、サキよ。やはり最後にはガラハドのコークスクリューブローをぶち込むか、外さねえように近距離からデカい火力魔法を撃つしかねえんだろうなぁ。」
「考えることは一緒か。」
「それにしても頭半分ぶっとばしてんのによ。なんでニーズヘッグはあんなに元気なんだよ? 」
「おそらく、脳ミソが複数ある。頭だけじゃなく身体の節々に。あの巨体だからな。そのほうが運動を制御しやすいはずだ。元々、生き物の脳ってのは、神経節が大きく発達したものだからな。」
「神経節を全部潰すか。おもしれえな。」
「さすがだな。オズマはいつも前向きだ。」
「フン。ドラゴンの肉骨粉をつくってやるさ。」
エルフの防空部隊の飛行船も駆けつけた。半数はまだ悪魔のラウムの軍団の残党と戦っており、指揮官イスズの旗艦は見当たらなかったが。弩砲や攻撃魔法での援護が始まると、満身創痍のタロスは、またニーズヘッグへと突進した。頭が半分消し飛び、ドラゴンにとって最大の攻撃手段であるブレスを吐けなくなったニーズヘッグも接近戦を狙い、タロスに飛び掛かる。
オズマは、その喧嘩のセンスを発揮し、ニーズヘッグの吹き飛んだ頭の側へ回り込む。死角になって見えない場所から蹴りや拳を打つ。タルエルもガラハドから学習した虎倒流骨法の攻防一体の技でニーズヘッグの爪を防ぐ。
長期戦の様相を見せ始めたところ、エルフの防空部隊の旗艦が龍の滝登りのごとく急上昇し、宇宙樹の真下から、タロスの頭上までをかすめて行った。上甲板に何かを積んでいるのが見えた。
エルフの飛行船も基本的にはフェザーライトと同じ構造をしている。海上にいれば普通の帆船と同じシルエットだが、マストは異様に横に太く見える。その垂直棒は左右に割れるように開く可動式。帆も左右別になっている。空に揚がる場合には、マストを大きく左右に広げ、鳥の翼のようになる。ただし、一対ではなく、三対や四対になるので、鳥というよりは虫に近いかもしれない。
その帆を大きく開いた背中に物を乗せた格好だ。では、何を乗せているのか?
「あれは、イスズの船だな。いったい何を乗せて来たんだ? 」
「サキ、知り合いか?」
「ああ、古い知り合いだ。アッパージェットシティの外交官になる前からの。四年前にもニーズヘッグと戦っていたよ。」
「そうか。だったら戦友じゃねえか。」
「そうとも云うか。」
イスズの船は、一度タロスと同じ高度まで降りて来ると、ロール軸を傾けて大きく旋回。背に乗せている荷物をタロスに見せつけた。ホリスターの手斧だった。
「あ! あれは! トマホーク! よくやってくれたぞ、イスズ! 」
ホリスターの手斧は、タロスの為に造った特別な魔導具。素材のオリハルコンはミスリルやアダマンチウム以上に堅牢なだけでなく、ミスリルよりもさらに魔法との親和性が高い。最高のスペックを持つ金属。元々、使い手が視認できるくらいの距離ならば、クララのダガーと同様に風の魔法の力によって自力で飛行し、手許に戻って来る。だからこそ、頻繁に投げることも前提としている。
ただ、今回の場合、ニーズヘッグの頭に深く刺さり抜けなかった事と、視界から失せ迷いの森に落ちてしまった事で、『トマホークを失った』事態となっていた。そのトマホークをエルフの防空部隊の船が拾って届けてくれたのだ。あれを船に載せるのは、大変な苦労だったろうに。
おそらく、もう一本のトマホークも、魔素粒子加速砲で、邪竜の頭の一部や宇宙樹の根と一緒に吹き飛ばされても、無事にどこかに落ちているだろう。あまりにも迷惑な落とし物ではあるが。
イスズの船は、再び高度を上げ、タロスの上空で背面飛行。タロスに向けてトマホークを落とした。それを受け取ると、千載一遇の好機としてニーズヘッグの首を斬りつけに行く。
「脳ミソが幾つあろうと、息の根止めて心臓を握り潰してやるぞおお!」
トマホークに身の危険を感じたのか、ニーズヘッグの眼前に、六芒星の魔法陣が浮かんだ。ブレスが使えなくとも魔法が使える。ドラゴンがとても知能が高い魔物だということをすっかり忘れていた。呪文の詠唱は聴こえないが、魔力が高く呪文詠唱の必要がないか、あるいはドラゴンの言葉で詠唱しているのか? 赤黒い岩の塊のような物が幾つかタロスを目掛けて飛来する。
「溶岩弾の呪文か! 防いでみせる!
剣闘士の盾! 」
サキは防御の魔法を使う。タロスの上半身をスッポリ覆うほどの大きさの光の円盤が溶岩弾を弾いた。これで防ぎきれない物もあったが、それはトマホークで砕いて叩き落とす。
なおもタロスは前進。ついにトマホークでニーズヘッグのコブラのような首を斬り落とした。
「オズマ、退け!」
サキが叫ぶとオズマは幻影の翼の出力をアップし、大きく後退。それと同時にトマホークを投げつけた。
「わあってる! また巻きつかれたら、もうタロスも保たねえだろうからよ。」
トマホークがニーズヘッグの胴体に刺さると、続けてサキも攻撃魔法を使った。一気に畳みかけるつもりだ。
「氷槍! 」
大きな氷柱が刺さったところへ今度はタルエルの魔法の矢。氷が砕け、白い蒸気と紫色の炎が周辺に弾け飛ぶ。結果は如何に。目を見張るサキとオズマ。しかし、蒸気と煙に紛れ、全身のバネを使い、宇宙樹の根から跳躍した首無しの大蛇が、タロスに巻き付いた。これまで、魔法や弩砲を撃ちまくっていたエルフの防空部隊の飛行船もタロスに当ててはならないため、一斉に攻撃が止んだ。
タロスは両脚で邪竜の胴を締め、コークスクリューブローを打つ。タルエルは相討ち覚悟で、俺が得意とするインスタントの補助呪文を使う。『捻り』だ。天地が逆転すると、オズマは必死に姿勢を直し、ニーズヘッグの羽根に拳を打ちこむ。タロスとニーズヘッグは真っ逆さまに地上の迷いの森へ落ちていく。
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