第197話 回廊
過去のハーロウィーンで何が起きたのか。
ところどころに銀の刺し色が入った赤い人型の巨体の背に大きな白い翼。タロスは何処から見ても目立つ。戦争の駒として考えたら、非常識も甚だしい。囮くらいにしかならないが、囮にしても、あからさま過ぎる。だが、サキやオズマはこれで良いと考えている。タロスが強ければ強いほど、見た目は派手な方が良い。相手に威圧感、恐怖感を与えるからだ。
今、目の前にいるドレイクなどの魔物たちが、威圧されているのかどうかは分からない。ドラゴンや、その亜種は知能が高いと云われてはいるが、そのメンタリティーがどのようなものか、誰にも分からない。それでも、相手を怯ませる要素が僅かでもあるのならば、それは活用すべきだ。特にオズマは相手を煽るのが得意である。
三つの月と地上の間に浮かぶ宇宙樹を神々から人、亜人への神託を運ぶ中継地点として利用する天使たちが、ドレイクと戦っている。しかし、宇宙樹、エルフの都の複雑に絡んだ根の隙間に隠れてブレスを飛ばしてくるドレイクに対して、天使たちは根を傷つけないようにしているため、分が悪い。
その戦場にタロスが割り込んだ。根を傷つける事を厭わず、豪快にドレイクを蹴手繰り、火力呪文を叩き込んでいく。
「はっはあーっ! やるなあ、さすがサキだ。タロスは桁違いに強くなってるぜ。マーベラス!」
オズマは、子供がはしゃぐように暴れ回る。マリアから俺が教わった魔法の矢の「暗器」が絡まった根の隙間を掻い潜って命中。マチコの締め技でドレイクの首を極めてへし折り、ガラハドのコークスクリューブローが鱗を突き破る。
「おいおい、根っこには当てないように頼むよ。」
「いんだよ、細けえ事は! こいつ等を倒さなきゃあ、どうせ食われちまうんだ。」
「そりゃあ、そうだけどね。」
オズボーン兄弟が戦い方について、軽い言い合いをしているが。たしかに天使たちが苦戦するならば、タロスがどうにかするしかない。そして、タロスや天使たちが、宇宙樹、世界樹の根に蔓延るドレイクと戦っていると、さらに上空から黒い翼を持った大きな鳥が、しかも大量に舞い降りて来た。普段はクララが着いている席で周辺警戒にあたるホリスターがサキに知らせる。
「おい、サキ! 上から大きなカラスが降って来るぜ。とうとう悪魔どもが回廊を渡り始めた。まったく、ハーロウィーンってぇのは、面倒くせえなぁ。」
「だから、それを止めに来てるんだ。」
「カラスか。おそらくは、ラウムの軍団だろう。」
カラスをラウムの軍団と言ったのは、オズワルド。ダークエルフの王であり、魔王であり、神学者のオズワルドは、次元渡りの能力を駆使し、赤い月や悪魔のことも調べ上げている。
オズワルドの調査研究によれば。ここからが、ハーロウィーンの本番である。「あの世とこの世が繋がる日」の本番。三つの月の世界と地上が繋がる。地上で繋がる土地は、迷いの森。宇宙樹や世界樹、エルフの空中都市が浮かぶ空域が、その回廊となる。
赤い月の地獄に住む悪魔たちが、地上を目指して移動してくる。霊的な存在のため、地上で活動するためには、支持体となる贄などを得て受肉しなければならないが、世界樹に巣くう有翼の空を飛ぶ魔物などを襲って憑りつき、鳥の姿で地上に降りる。ただし、これまでは、天使やエルフがそれを阻止してきたのである。
地獄というのは悪魔にとっても居心地の悪いところで、神々と、その使い、天使によって霊的な存在として其処に閉じ込められている悪魔たちは、地上を目指す。そして神々に愛される種族人間は、悪魔にとっては憎むべき存在だ。
そして、前回、四年前のうるう年のハーロウィーンでは、地上に実体化していた悪魔が、魔物をダークエルフの空中都市ラヴェンダージェットシティに送り込み、これを壊滅させた。今、ハーロウィーンで地上を目指す悪魔どもを屈服させるための抑止力がダウンしている。この四年間で、エルフの空中都市アッパージェットシティは、悪魔と戦うための戦力の増強を図ってきたのだが、限界はある。
タロスが参戦することで、今回のハーロウィーンの戦力差をどこまで埋められるか。そして、サキたちがミスリルゴーレムのタロスを造り、育てた一番の目的は、四年前にラヴェンダージェットシティを襲った魔物を倒すことである。その魔物がいる限り、ラヴェンダージェットシティを再興したとしても、また同じ憂き目にあってしまうかもしれない。
メイとドワーフが乗るフェザーライトと、エルフの航空部隊指揮官イスズの飛行船編隊が到着。上空からの天使の増援もあり、天使と悪魔の戦いが激しくなっていく。
魔法の応酬で、閃光や火炎、黒煙があちらこちらで上がる中、悪魔の群から入道雲が湧きだした。高電圧の電気を帯びた黒い雲は放電を繰り返しながら大きくなり、何度目かの落雷を発生させると、その雲の中にドラゴンが現われた。平たい小判のような頭。固い鱗に覆われ、しなやかで長い胴と尾。まるで毒蛇のようだが、トカゲのような四肢を持ち、鋭い爪もある。そして背中には一対の翼。繭の中にいるかのように丸くなっていたが、放電が収まるとともに身体を伸ばした。翼が羽ばたいているわけでもないのに宙に浮いている。魔法によって空を飛ぶのだろう。
タロスのコックピットで索敵担当のホリスターが目を細め、あとの三人に報告する。自分自身を落ち着かせようとしているのか、低い声だ。
「おい、とうとう出やがったぞ。ニーズヘッグだ。」
タロスがドレイクの胴体を引き千切り、足を掛けて畳みかけ背骨を砕く。喧嘩殺法でタロスを操るオズマは、薄笑いで顔をあげ、ホリスターの顔を見た。
「ほーお。やっとお出ましかい。退屈しのぎにドレイクの相手をするのもお終いだなぁ。」
「まあ、ドレイクはこれで、ほぼ全滅だしな。それにしても、ニーズヘッグめ、四年前よりでかくなってるんじゃねえか? 」
「知ったことか。俺たちがぶっ殺すことには変わらねえ。」
サキは目つきが変わった。オズワルド、タロスのボディに込められた天使タルエルの魂に声を掛ける。
「さあ、本懐を遂げる時だ。オズワルド、攻撃魔法は任せるぞ。」
「ああ、防御は頼むよ。スペルキャストが必要なソーサリーばかりを使うことになるだろうからね。」
「タルエル! タロスの操作は基本的にオズマがやるが、いざというときには、頼む。クッキーやマリアの魔法は勿体ぶらずに使え。特にインスタント呪文は。」
そして、ホリスターは彼だけが持つ、いわゆるチート能力を解放。ホリスターは、とんでもなく大きな魔法収納空間を持つ。人間が使う物に比べ十倍ほどのサイズ、タロスが使う武器を出した。ホリスター自身が使う得物と同じ、手斧だ。
「二本のホリスタートマホーク。ろくなテストもしちゃいねえが、コイツは特製だぜ。なんたって三大希少金属の武具だからなぁ。」
白い翼をはためかせ、タロスはドラゴン「ニーズヘッグ」へと突っ込んで行く。ニーズヘッグは大きな口を開け、先が二本に割れた舌を揺らしている。
さあ、ドラゴンとタロスの決戦。
タロスの本当の目的は、ドラゴン ニーズヘッグを倒すことでした。




