第196話 突入前
サキの使い魔である木菟のリュウ、サリバンからオズワルドの使い魔となったカササギのウルドは忙しく飛び回っている。何度も何度も前線からサキやフェザーライトの間を往復し、戦況をサキやメイに伝えている。今、この戦場で一番の情報通はサキではなかろうか。サキのことだから、自動人形も操っていることだろう。
精霊の加護や契約を持っている者は、精霊を斥候のようにも使えるが、混戦のため、なかなか自分自身から遠く離れたところへ偵察任務に送り出すことも出来ず、直接戦闘に参加するか、魔法の補助か、周囲警戒くらいになっていた。俺自身も、火の精霊サラマンダーのジラース、地の精霊ノームのオキナがいてくれるが、特徴を考えると、いざというときに攻撃面でのジラース、防御面でのオキナと役割を分けたい。迂闊にどちらか一体だけ様子見に行かせるのも躊躇われた。
城壁の上にいる敵将の姿を見てすっ飛んで行ってしまったレイゾーやベテランの騎士たち、ミッドガーランド軍の大将であるゴードン王子が、今どうしているのか。地下へと落ちていったクララとロデムは無事なのか。ドワーフの兄弟に、パーシバル、取調室のフレディとディーコン。それにガウェインと部下のシイラとバイソン。こちらでも大きな被害が出ていることも知らせないといけない。不安の種はいくらでもある。
そこへルンバ君が飛んできた。ルンバ君何号だろう? 残念ながら、俺には見た目では、どの個体やら分からない。それにルンバ君は人間の言葉を解し、命令に忠実な働きモノだが、喋らない。このルンバ君がクララの4号ならば良いのだが。
「クッキーさん、このルンバ君、布切れが巻いてありますよ?」
レイチェルが柄に巻かれ結ばれた布に気付き、解きながら俺に手渡してくれた。赤い色の字が書いてある。血で書かれているのが怖い。
「カタコンベのゾンビの発生源を壊した。ガラハド、マリア、クララ、ロデムでララーシュタインの本拠地へ向かう。」
良い知らせだ。皆喜んでいる。皆といっても半数に減ってしまったが。「クッキー、了解した」と同じく血で書き足した布切れをまたルンバ君に結んだ。ルンバ君が飛んで行く。おそらくレイゾーを探すのだろうな。
「ララーシュタインに従う悪魔のなかでも、大物っぽいヤツは片付けた。ゾンビがこれ以上出てこないのならば、これから先はバルナックの一般兵だろうね。」
トリスタンが物憂げな表情で言う。レイチェルとジーンに気を遣っているようだ。
「魔物よりも人が多くなる。戦う相手は人だ。
だから、ここからは、私が矢面に立とう。眠りの妖精サンドマンならば、殺すことなく制圧できるからね。」
ブライアンが、即答した。もうこれ以上犠牲を出したくないと思っているゆえだ。
「待ってください。それでは、危ない。相手は火薬を使います。銃や爆弾を。」
「だから、援護を頼みますよ。」
ジーンとレイチェルに格好いいトコ見せようと思ってない? 意思が固そうなので仕方がない。地の精霊ノームのオキナをトリスタンに張り付かせて守ってもらうことにした。オキナが築く土塁は頼りになる。
破城槌の三角屋根の下から飛び出し、猪突猛進。誰よりも早く斬りこんでララーシュタインの宮殿の前に辿り着いた一番槍の兵たちは、ここで足止めを喰らっていた。宮殿の入口が見つからないのだった。ひとまず、魔法薬で傷の手当をしているところへレイゾーたちが合流。
その兵たちは、背の低いドワーフなどと一緒に破城槌の建屋や城門の隙間を縫って侵入したが、後に続いてきたミッドガーランド軍の密集部隊などの味方たちは尽く銃弾に倒れ、手榴弾の爆破にさらされ、この宮殿の前に辿り着いたのは自分だけであると説明した。破城槌のロープを曳いていた者など、二十人ほどだ。
しかし、城門は破った。先頭近くのファランクスが全滅しても、次の部隊は乗り込んで来るだろう。城門の方向からは、大きな音が聞こえてくる。
「どうせ大勢の敵兵が小銃を持って隠れている。建物をよじ登って窓から侵入しても撃たれるだろう。いっそのこと、壁を崩して入るか? 」
ライオネルが言うと、レイゾーが応えた。レイゾーの足下には、加護を与えている火の精霊が出て来た。
「それなら、任せてください。魔法を使いましょう。ドアーズ。」
ドアーズとは、レイゾーの火の精霊の名前だ。俺のジラースと同じ火蜥蜴。
「さて、久しぶりに強力な攻撃呪文を使う。ドアーズは、事後処理を頼むよ。」
「事後処理っていうのは? 」
「消火だよ。二次被害がないようにね。」
「え~、久しぶりに出番かと思えば、それかよ~。」
「まあまあ、必要なことだよ。そう言わずやってくれよ。」
レイゾーは自分よりも前に出ないように、と皆に注意してソーサリー呪文を詠唱。握り拳にした両腕を広げる。
「人の命は尽きるとも永遠に不滅の力。この世の果てが来ようとも永久に不滅の身体。勇気と知恵を持って敵を討つ。火炎の吹き付け! 」
目の前の風景が途端に真っ赤に染まる。急に気温が上がる。凄まじい上昇気流が起きた。目を開けていられず、手で顔を覆う。暫くして目を開けると、建物の壁が溶けて赤く液状化し流れ出している。火山が噴火して溶岩が噴き出したような光景。
「うわああっ! 危ない! 」
アランが驚いて悲鳴をあげるが、ドアーズが熱を制御し、たちまち溶けた建物の外壁が黒く固まっていく。宮殿だけでなく、周辺の他の建物も外壁の下半分くらいが溶け落ちていた。黒焦げになった敵兵の死体。鉄がグニャグニャに溶けてひん曲がった小銃。悲鳴をあげて逃げていく人影も見える。
「ドアーズ、お疲れ。よし。暫く休憩だ。今のうちに皆ポーションやマジックポーションを使って体力回復。僕は戦場食の干し肉を食べたい。粗熱が取れたら再開しよう。」
「なんでもない事のように話しますね。」
アランは驚きっ放しのようだが、ゴードンは落ち着いていた。
「いや、休憩が取れるのは、これが最後だろう。しっかり体力回復しよう。武具の点検もだ。」
アランは軽装の革の鎧と小剣しか持っていない。弓を持っていれば、道すがら矢が落ちていれば拾って歩く。それがなかったので、失念していた。倒れた兵士の剣や盾があれば拾ってこなかったことを後悔した。
バルナック城、宮殿の上層階。ララーシュタインの執務室では、魔物や兵士たちの集める情報が集約され、ララーシュタインに報告される。しかし、ララーシュタインにとって、どれも面白いものではなかった。
「モラクス。モラクスに代わって召喚したモレク。ヴァレファール。ゾレイ。主だった配下の者どもが皆斃されたか。あとは、階級の低い者ばかり。悪魔の力も落ちたものよ。嘆かわしい。たぶらかした人間どもも、残るはウィンチェスターくらいか。ええい、どいつもこいつも役に立たん。」
ララーシュタインは、テーブルの上に並べられたタロットカードを見つめる。これは「おばば様」と呼んだ魔女シンディが使っていたのとは別のカードデッキから抜かれて並べたものだが、マジックアイテムである。
シンディが占い、ララーシュタインの障害になると言った者たちを象徴する大アルカナのカード七枚が置かれている。そのカードが示す人物が死亡すると、カードが燃えて、消滅するという不思議な魔法が掛けられている。その七枚のカードが、一枚も欠けることなく、テーブルの上に在り続けている。このカードに象徴される七人の人物によって、ララーシュタインの野望が邪魔されるということだ。
「我が直接、この七人を始末せねばならぬか? 造作もないことではあろうが。いや、目的はそこではない。それに、まだ切り札は二枚残っている。」
今回のネタはマジンガーZ!
ブレストファイヤー!
悪魔三男爵、それぞれの本名
マッハ男爵 = ゾレイ
レッド男爵 = ヴァレファール
ガンバ男爵 = モラクス
ダイ男爵 = モレク
悪魔学などを調べてはいけませんよ。ネタバレするから。




