第194話 因縁
魔女シンディの動きを完全に封じ、マリアは止めを刺そうと呪文の詠唱に入った。複数の相手に対してでも広範囲に使える、無数の魔法の凶器で串刺しにする針の山だ。魔の密室の中にいては絶望でしかない。しかし、それをクララが止めさせた。クララは、クアールのロデムの背中から飛び降りると、マリアの背中にしがみ付いた。
「マリアさん、そこまでです! 止めてください! 」
「ちょっと、どいてよ! クララ! サリバン先生の、母の仇なのよ!」
「私の姉は、両親の仇討ちにこだわるあまり、自分の命を落としました。」
ガラハドもクララに続いて話す。マリアの仇討ちを止めさせたいようだ。
「なあ、マリア。その魔女は、サリバン先生の仇だが、おまえの命の恩人でもあるんだぞ。おまえが大陸にいて魔女狩りに捕まった時、サリバン先生の願いで、俺にこのメカンダーの盾を託したのが、その婆さんだ。それに、俺は親父のゾンビと戦って倒したが、気分の良いもんじゃない。先祖と子孫で争うっていうのは、どうなんだろうな。」
「貴方のお父様をゾンビにしたのも、このネクロマンサーの魔女でしょ。」
「そりゃあ、まあ、そうだが。」
ガラハドは、魔法陣の密室の中のシンディに向かって話し掛けた。魔法陣の中は光が入らず真っ暗だが、音は通る。
「シンディの婆さん、聴こえるか? ガラハドだ。ラーンスロットの息子だよ。」
「おう、わんぱく坊主。あんたにメカンダーの盾を渡すんじゃなかったよ。奮発し過ぎた。この戦争で、あんたに有利になった。」
「この喧嘩は、あんたの敗けだ。素直に降参しちゃくれねえか?あの魔女狩りからマリアを助け出すのに、あんたが協力してくれたことには、感謝してるんだよ。最後まで殺し合うこたあねえだろう?」
「嫌だねえ。あたしゃあ、アーナム人をガーランドから追い出さないと気が済まないのさ。」
よほどアーナム人に恨みがあるのか。三百年も生きる魔女のことだ。古い恨みだろう。しかし、ガラハドもアーナム人。マリアも子孫とはいえ、アーナム人の血が混ざっているはず。ガラハドは経緯も尋ねてみた。
元々ガーランド群島に住んでいた土着の民族はジャザム人。五百年ほど前に大陸からアーナム人が移民して来た。土地の奪い合いで、長い戦乱の世となった。三百年前、魔法使いシンディの夫もジャザムの戦士としてアーナム人と戦い死んだ。シンディの暮らす村を守るための壮絶な戦だった。
その数年後に戦争を終結させ、ジャザム人の都ジャザランダの上に新しい都ジャカランダを築きミッドガーランド王国を建国したのが、初代の王ペンドラゴン。保守的なジャザム人たちは、北か西の地へと追いやられた。
以後、ミッドガーランド王国はペンドラゴン家の世襲ではないもののアーナム人が治め、内乱も多かったが、ひとまずアルトリウス王の時代には落ち着きをみせた。結局は、アルトリウス王の息子モードレッドが反乱を起こし、アルトリウス王も亡くなったが、モードレッドを産んだアルトリウスの王妃ギネヴィアはジャザム人である。
アルトリウス王とモードレッド王子が対峙した折、ほとんどの有力な騎士たちはアルトリウス王に付き従い、ラーンスロット侯爵だけがモードレッドの陣営に味方した。これは、モードレッドを哀れに思ったアルトリウス王とギネヴィア王妃が部下であり親友でもあるラーンスロットに、モードレッドの味方になるように懇願したため。
そして、この王妃ギネヴィアも、シンディの子孫の一人であると云う。マリアの直系ではないが、遠い親戚だ。戦乱のない世の中、夫や子、子孫の墓守をして静かな暮らしをおくる事を望んでいたシンディだったが、ギネヴィアとモードレッドが亡くなったときに心境が変化し、アーナム人を憎むようになった。
ガラハドにとっては、なんとももどかしく複雑な心境であった。シンディの子孫ギネヴィアとモードレッドに味方しながら守れなかった父親、ラーンスロット卿。自分は生き延び、ジェフ王に許され、その後ジェフ王の長男スコット王子をも守れなかった。
「なんだよ、親父。最強の騎士だなんて呼ばれていたくせに、誰も守れねえんじゃねえかよ。」
「ああ、そうだねえ。ラーンスロットの息子よ。しかし、あんたは、マリアを守ってくれたよ。そのマリアは、アタシを殺そうとしてるわけだが。」
シンディ、ラーンスロット、マリア、ガラハドの奇妙な因縁。ガラハドにとっては、元ミッドガーランド王国の騎士として、冒険者ギルドの支部長として、国や町を守るために戦っているだけだ。憎しみからのものではない。シンディから過去のしがらみを聞いたが、だからと言って、自分にどうしろというのか?
「シンディ婆さんよお。もう復習は諦めろよ。ジャザム人もアーナム人もねえ。このガーランドで、仲良く暮らしていきゃあいいじゃねえか。あんたの子孫は、アーナム人である、この俺と結婚してんだぜ?
マリアもだ。自分の先祖を殺して、サリバン先生が喜ぶか? 魔法の勝負はついたって事で、これで手打ちにするんだ。」
マリアは俯いたが、すぐに顔を上げた。そして、自分が函に閉じ込めている先祖に向かい、質問した。
「じゃあ、ついでにもう一つ質問するわよ。私の両親の事を教えて。」
「事故で死んだよ。行商の馬車が崖から落ちた。隊商の商人の一人が、生き残ったあんたをサリバンの孤児院に預けた。いい夫婦だったよ。あんたとガラハドみたいにさ。」
この後、魔の密室の中から短い呻き声が聞こえた。マリアには負けて、魔女の筆頭を継がせることも、アーナム人をガーランドから追い出すことも無理と悟ったシンディが自害した。
「し、しまった! マリア! 開けろ! 」
いち早くガラハドが気付いたが、シンディの喉元から血が流れている。魔女とはいえ、ナイフは持っていたようだ。ガラハドがシンディの身体を横たえると、クララが驚いて声を出した。
「オ、オリヴィアさん!? ビックリしたあ。どうして此処へ? 」
マリアの背中にずっと抱きついたままのクララだったが、その後ろにオリヴィアが立っていた。禁呪「エノラ・ゲイ」が使われる気配、マナの流れを追って来たのだった。ミッドガーランド王国軍の後方陣地で救助活動をしていたのだが、また「却下」の魔法を使い、放射能の除去をしなければならないと思い駆けつけた。
「あら、まあ! シンディ! お久しぶり、なんて言ってる場合じゃないわね。」
すぐに傷を診て止血するオリヴィアに、ガラハドが依頼する。シンディの救命措置とクララの怪我の手当て。
「オリヴィアさん、この場を任せてもいいか? クララも脚の怪我を診てもらえ。」
次はマリアに声を掛けようとガラハドが視線をマリアに移すと、マリアが急に泣き出した。
「うそっ、そんな! どうしよう!? ガラハド、ごめんなさい。」
ガラハドは動揺する。何があったのかと。マリアは口元に当てた左手を右手で覆い、ぽろぽろと涙をこぼす。
「どうした?」
「ごめんね。指輪が…。色が変わってる。花の彫刻も消えちゃったわ。」
ガラハドがマリアの手を取ると、左手薬指の指輪が黒く変色していた。ガラハドがホリスターに依頼して作らせた結婚指輪だ。マジックアイテムとして、一つ細工がしてあった。魔力の補充である。
「ああ、これか。気にしなくていい。マリア、魔力とか、体調とか、何か変わった様子はないか?」
やはり、魔力がめいっぱい回復しているという。ホリスターが良い仕事をした証拠だ。
「ホリスターの作った指輪がマリアを助けてくれたんだ。魔力が無くなると補充してくれる特殊なマジックアイテムだよ。多分却下を使うのに魔力が足りず、指輪の力が起動したんだろうな。ホリスターに感謝だ。マリアだけじゃない。俺もクララも、この地下墳墓の上にいるだろう皆も助けられた。それから、指輪が黒くなってもホリスターに直してもらえばいいんだ。気にするな。」
ガラハドはマリアの頭に手を置いてポンポンと撫でた。指輪には蓮の華の模様が彫刻してあったのだが、それは魔力を象徴するアイコンであった。ホリスターに指輪を預ければバフで研磨して再び輝きを取り戻し、蓮華の彫刻も彫り直すだろう。
さて、オリヴィアの治癒魔法でも、骨折があっさり治ったりはしないのだが、一時的に折れた骨の周りの筋肉を強化して炎症を和らげ、鎮痛効果を促すことはできる。オリヴィアには、クララの治療をし、まだ辛うじて息のあるシンディを連れ帰ってもらった。
風の精霊であるヤンマは、風向きから地上へのルートを探せる。マリアが服従させているグレーターデーモンのマノンとガラハドが、地下に巣くう魔物どもを蹴散らし、城内の階段を駆けて地上へと向かうのだった。マリアが持つ魔法の箒のルンバ君ならば、簡単に飛び上がれそうなものだが、ロデムは重量オーバーだった。マリアは、クララと一緒にロデムの背に乗り、いつまでもメソメソと泣いていたし、クララももらい泣きしていた。




