第19話 会議
ランニングから取調室へ戻り、着替えと洗面を済ませてから最も厨房に近い個室へ入るとレイゾー、ガラハド、マリア、クララが4人掛けのテーブルに着いていた。挨拶もそこそこ、すぐにガラハドの指示でレジスターカードを提示すると書き込み内容が更新され、冒険者としての評価ランクがFからDへと変わった。2階級上げで中級者くらいの扱いだ。
その後はレイゾーが席を指定していく。クララと俺は向かい合わせに窓側の6人掛けテーブルの外寄り。真ん中にマリア。向かいは後から来るタムラに空けておく。そして個室中央寄りにレイゾーとガラハド。中央の通路を挟んだ4人掛けテーブルはゲストの席なのだそうだ。
「クッキー、クララさんは知らないと思うけれど、領主のセントアイブス子爵ジム・ページ様は、元々国王陛下とは遠い血縁なのと、3年前の戦争時の行いの評価を受けて、今はセントアイブス公爵だ。このセントアイブスの街の規模では異例ではあるけど、国の命運を左右することだったためだ。先程店の前に馬車が到着し、間もなくこちらの個室にいらっしゃる。失礼のないように。」
「すみません、質問です。なんとお呼びしたら良いでしょうか。」
「ページ公で良いと思う。まあ、爵位をお持ちの方に対する卿でも良いだろうね。ページ卿と。爵位は公爵となったが、並行して子爵の称号もそのままお持ちだ。クッキーが転移者であることはご承知なので、必要以上には緊張しなくていいよ。」
「あたしは、以前お目にかかった事があります。両親が存命だった頃に。」
さすが英雄の冒険者パーティ。王族である領主と会う機会も多々あるようだ。クララは、ひょっとして良家のお嬢様か何か?キャリアでもない一介の自衛官の自分には想像もつかないような事がこれからあるのだろうか。緊張で胃がもたれてくる。
外では、正午を知らせる鐘が鳴っている。日本の梵鐘に比べると随分高い音だが、残響は美しい。タムラの案内でページ公が個室に入ってこられた。騎士団長のロジャーを伴っている。その他の従者は向かいの個室へ。外の廊下には、そのまま護衛の騎士が2名立つようだ。さすがにガードがしっかりしている。
ページ公は、年齢は40くらいだろうか。色白の瓜実顔に穏やかな表情で、やや目尻が下がっているせいか余計に優しく見える。口髭を蓄えているので、それと同時に威厳もある。スラリと背も高く女性にももてるだろう。入室と同時に皆席から起ちあがる。
「ページ公におかれましてはご健勝でなによりでございます。本日は、斯様なむさ苦しい場所へお運びくださり畏れ多いことでございます。」
「有難う。レイゾーよ。堅苦しい挨拶は抜きだ。私は此処へ来るのが楽しみでならなかったのだ。まずは椅子に掛けよう。」
タムラもマリアの向かいの席に着いた。ホール係の従業員が緊張から引きつった顔、カチコチの動きで紅茶を給仕する。ページ公のお礼の言葉に一瞬はにかみながら、またすぐに表情が強張る。
「やれやれ、私は怖いのかな。まあまあ身体は大きいほうかも知れんが、なにも取って食おうというわけではないぞ。皆、お茶を飲みながら聞いてほしい。まずは今回のダンジョンのオーバーランを防いでくれたことに礼を言いたい。本当によくやってくれた。それと、3人尊い命が亡くなったことに哀悼の誠を捧げる。日を改めて海岸の慰霊碑には赴くつもりでいる。」
そしてページ公は一人々々、しっかりと名前を呼んで握手をする。異世界だからかもしれないのだが、とても良い領主だと思う。その合間に取調室の新メニュー、出汁巻き玉子が運ばれてきた。レイチェルとジーンが納品した貝と海藻から出汁を取り、タムラがどう使うか必死に考えて作ったものだそうだ。
「おお、これは美味だ。やはり取調室は良い。この街の誇りだ。」
領主様ベタ褒めだな。薄焼き玉子を巻くのが難しく、まだ厨房の従業員でも上手くできず練習が要るため、正式にメニューに加えるのは数日先になるらしい。俺が慰霊碑に行ってる間にフライパンを振って新メニュー開発とは仕事熱心だな。グッジョブですよ。というか、タムラさん、いつ休むの?働きすぎ。
その後、騎士団長のロジャーとレイゾー中心に会議が進む。現状報告から。ケースバイケースだが、テオのダンジョンくらいの規模ならば、オーバーランは精々10年に一度くらい。それが今回は5年ぶりに起きている。夜間に起きることがほとんどだが、日中だった。4~5メートルのやや大型、新型の魔物が出現。最深部10階層のマナプールを全て破壊して収まったことなど。心配の種としては、深層部に悪魔が現れたことだという。インプなどは戦力的にはなんとか出来そうだが、悪魔は悪魔を呼ぶ。高位の悪魔は物理攻撃が効きにくく、とても厄介なうえ、先の戦争の影響も考えられるのだと。どんないきさつで悪魔が発生するようになったのか理由を探らねばならない。
今、街が抱えている問題としては、3年前の戦争で多くの人的被害が出ており、働き盛りのとくに男手が足りないことだ。魔物から街を守って戦う直接的な戦力だけではない。総力で落ちる。食料など兵站の不足、武具の質や管理、医療体制、様々な事業の後継者の育成と数えたらキリがない。
ページ公は明日から王都に出向くのだそうだ。それを踏まえての発言である。
「テオの他にも近くにダンジョンはあるのだ。それらがすぐにでもオーバーランを起こすかもしれないと肝に銘じ備えよう。私は王都の他にも周辺の都市を周り、援助の要請をしてくるが、その内容をできるだけ具体的にしなければ交渉の余地もない。やるべきことは沢山あるが、できることは数少ない。優先順位を決めなければならない。」
ガラハドとタムラが意見を述べる。
「人材は急には育ちません。だとしたら短期解決には外から即戦力を呼び込むしかありません。冒険者ギルドとしては、クエストを多く出し、冒険者を集めるようにはしますが、限界がありますし、冒険者が滞在すための宿などが足りません。宿泊施設を整えていただきたいのです。」
「それと武具の質を上げたいですな。今回は弓が軽すぎたのも苦戦の原因の一つです。筋力のない若者、初心者に合わせた弱い弓ばかりだったのです。皮膚が硬いミノタウルスやリザードマン、鎧を着けたゴブリンらに対して効果が薄かった。重い弓があれば、もう少し有利に戦えたでしょう。食人植物に対抗するためにクロスボウの改良もしたいので、武具を扱う職人の誘致ができませんかね。」
レイゾーもマリアも納得しているようだ。頷いて聞いている。そしてロジャーが続く。
「樹上に狙撃手を配置して弓を撃たせましたが、上級職のため人数は少なく、タムラ殿を含め5名しかおりません。もし武具職人の誘致が無理ならば、せめてその5名分の強い弓を仕入れられると費用対効果は大きいかと思われます。」
ページ公は大きく頷いた。実行できると踏んだのではないだろうか。
「では、その線で。先立つ物をできるだけ高額にしてもらわねばならん。レイゾーよ、ガウェイン宛てに手紙を書いてくれぬか。保険の意味も含めてな。必要なのは金銭の援助以外にも宿の建設と運営に明るい商人や大工、武具の職人。この街に移住するとなれば空き家の問題もいくらか解消できる。武具の見立てについては、ロジャーがいれば大丈夫であろう。」
「承知いたしました。手紙はすぐに取り掛かります。マリアにも書かせましょう。空き家の問題については良く知っておりますし、いつも中長期的な目線で物事の解決に臨む姿勢は誰よりも優れております。」
ガウェインとは、誰だろう?初めて聞く名前だ。王都にいるには違いないだろうが。
マリアに視線を送っても手紙については、文句はなさそうである。ここからは、王都や他の都市に頼らず街の中の限られたリソースでどうするかという話になった。
ロジャーから、ダンジョン周りの空堀や塹壕は埋め戻さず、堀の上に出入口のモノリスまで渡る橋を架けるとの提案があった。オーバーランの前兆から起きるまでの時間が短かったことと、予想外に日中だったことを考慮すると、また掘りなおすよりも橋を落とす方が早い。また、あの周辺は低木しかないため、今回狙撃手が登った樹木より足場の良い櫓を組みたいとの要望だ。
弓について。武具職人たちも3年前のバルナック戦争で多くが亡くなってしまい、まだ10代半ばの娘たちが工房の跡を継いでいるそうだ。重い武器防具の扱いは難しそうだが、手先は器用なので食人植物相手に使うクロスボウならば相談できそうである。
そしてマリアから。取調室は従業員たちをますます鍛えること、加えて店が繁盛すれば外部から冒険者を呼び込むことにつながるので、方針はこのまま。冒険者ギルドは冒険者を集めるためのクエストの精査。探索者ギルドは、兼業としてダンジョンに潜りドロップ品を得る市民を守る意味からもテオのダンジョンのこと細かな探索が必要だとの意見であり、それをこちらに振られた。
「クッキー。クララ。二人でやってくれる? 本当は探索者ギルドがやるべき仕事なのだけれど、人手が足りないわ。いえ、人手というか、人材が。貴方達は適任なの。」
「はい!承りました。」
クララは即答である。まったく迷いを感じられない。ガッツポーズで笑顔を振り撒いている。
(えっ、二つ返事じゃないか。いいのか?)
「地図の作成ですか。私の職能は遊撃手と測量士です。ギルドマスターのマリアさんは、当然それを把握しておっしゃってるんですよね?遊撃手は斥候の上級職で測量士はちょっと珍しい職能です。そしてダンジョンのマッピング作業中はクッキーさんが護衛してくれるでしょう。」
「そう。とはいえ、丸投げというわけにもいかないし。クッキー、明日一日は探索者ギルドの私の執務室にいらっしゃい。魔法についての講義をするわ。明後日から探索をお願いね。」
「私も一緒に参加しても構いませんか?」
「もちろんよ。この街を出て行くまで神童と呼ばれていた貴方にも興味があるわ。」
レイゾーがニヤリとほくそ笑み、ガラハドは横目でそれを見やる。そして、この時には分からなかったが、クララにも狙いがあったようだ。この後は海藻の出汁を使った塩ラーメンの試作品で、向かいの個室に控えたページ公の従者も交えてラーメンパーティとなり、細かいことはどうでも良くなった。
普段レイゾーの一人称は「僕」
クララの一人称は「あたし」ですが、
領主のページ公の前なので「私」となっています。