第193話 カメラオブスクラ
「いけっ、ファンネル!」とか言っちゃいけませんよ。
マリアとシンディの魔法勝負。一見したところでは互角。だが、二人の特徴がよく表れている。パワーでシンディが勝り、器用さではマリアが勝る。たまにシンディの打撃魔法が突き抜けるが、マリアは攻撃の合間に魔法防御の結界を張りシンディの攻撃を防いでは、ちょこまかと反撃する。
シンディのように力づくではなく、右から左から隙をつくように撃つ。そして、もう一つマリアがシンディよりも優れているのは身体能力。AGI METAL のパーティメンバーであるマリアは重い全身鎧を着込んだまま軽装のように走り回れる。白魔術と黒魔術の両方を使える賢者として精神力と集中力も高く、動き回りながら魔法を使うことも造作ない。
マリアは打撃呪文を詠唱しつつ星球式鎚矛を振り回し、シンディに殴り掛かる。しかし、シンディも魔女の筆頭。簡単にマリアの攻撃は通らない。地上階の建材が崩れて足下に転がっているが、それが浮き上がり、シンディの周りを囲む。盾となりマリアを寄せ付けない。それどころか、大穴が開いてクララと一緒に落ちて来た瓦礫が石礫となって飛び、マリアに打ち付ける。
「何よ、これは? 魔力やマナの動きがない。」
石材が幾つも放物線を描き、マリアの鎧の肩当てや兜を弾き飛ばした。星球式鎚矛は守りには使いにくい武具。防御魔法で防ぎきれない数の石弾がマリアを襲う。
ガラハドが二人の間に割って入った。二枚のメカンダーの盾で数多の石を叩き落とす。
「マリア! これは魔法じゃない。予め召喚されて姿を見せない魔物だ。あの婆さん、伊達に死人使いなんて呼ばれてるわけじゃないな。タイマン勝負じゃないんだ。俺が割り込んでも文句言うなよ。」
マリアがここまでの戦闘の様子を思い返し、ある考えに至った。姿が見えず、魔力の働きもマナの動きもない。これは霊的な存在。天使、悪魔、精霊、どれもが何かの触媒を通し実体化して影響を及ぼすのが普通。それ以外のモノとなれば、最初から霊としてこの世に存在できる種族。スペクター、レイスなどの幽霊の類だ。
「そうか。騒霊だわ。」
騒霊は、大きな音を出したり建物を壊したりする悪霊。自然現象の一つとして片付けられてしまうことすらある。直接に人を攻撃することはないし、できない。ただし、物を投げつけたり、破壊する建物に巻き込み人を下敷きにして埋めるなど、間接的な攻撃は可能だ。倒すには、白魔術、僧侶の魔法で成仏させれば良い。
ガラハドがポルターガイストの飛ばす物を次々と盾で防ぎ叩き落とす。床に落ちると踏みつけ粉々に。
「俺は守るだけにしておくよ。サリバン先生の仇討ちは、おまえに任せる。」
「そう。ありがと。」
マリアは素っ気ないようだが、本当にガラハドに感謝している。
「清め。祓え。悪しき意思と淀んだ空気。清浄な環境を取り戻せ。悪霊退散!」
マリアが組んだ指の隙間から白い光が溢れ、周囲からは悲鳴のような歌のような、高くて長い子供の声のような音が聴こえる。それまで浮いていた瓦礫が、その場にストンと落下。
「フン。やるね。認めてやるよ。やはり、あんたがアタシの跡を継ぎな。」
「はあ? 何言ってるの? 」
「『六人の魔女』の筆頭をだよ。アタシも三百年以上生きてきたけどね。魔女だって不老不死ではないんだよ。しかし、やたらな奴に魔法の研究成果を継がせたくはないのさ。それ相応の魔法の才がないとねえ。アタシの子孫のあんたなら、その資格がある。」
「このババア! サリバン先生を殺しておいてっ!」
再び、二人の魔導士の打撃呪文の撃ち合いとなった。相変わらずパワーではシンディが上のようではあるが、シンディの無防備な背後から魔法の打撃が飛んできた。シンディは背中をしこたま強く打ち、一瞬呼吸が止まる。その隙をついて、今度は左右から同じ魔法。辛うじて防ぐが、シンディは驚きを隠せない。どこから攻撃してきたのか? マリアは目の前から動いていない。ガラハドも同様。クララもロデムの背の上に乗ったままである。
「サリバン先生が私にだけ教えてくれた取って置きよ。サリバン先生の技を使って仇討ちさせてもらうから。」
またシンディの背後から、続いて頭上から。四方八方、ありえない方向から打撃系の魔法が飛び、避けきれないシンディは鈍器で殴られるようなダメージを受けた。もんどりうって地に倒れながら、視界の端にシンディは見た。小さな小さな魔法陣が、スイスイと滑るように宙を移動していた。マリアの作った魔法陣がマリアから離れて移動し、それを起点として魔法攻撃をしてくる。言ってみれば遠隔操作の移動砲台だ。
(あれかい? 仕掛けは分かった。対処できる。)
「サリバンめ。小賢しい手を考えたもんだね。」
シンディは三百歳以上の老体とは思えぬ動きで身体を起こすと、片膝を着いた状態で、魔法の防御結界を張り巡らせた。念のために全身を薄い結界で守り、マリアの魔法陣が動いて狙ってくる場所だけを瞬時に厚くする。もし、魔法陣の動きを見失っても最低限の防御は出来る。そうして、またマリアへの攻撃に出る。それを防ぐガラハド。クララはその周りをゆっくりと円を描いて回るようにとロデムに命じ、シンディの弱点を探る。
「まだまだ、こんなもんじゃないわ。防げるものなら防いでみなさい。」
マリアは移動砲台となる魔法陣の数を二つ、三つと増やしていく。六つまで増えた。もうガラハドもクララも出番はない。マリアがシンディを追い詰めていく。防戦一方となったシンディは、二重の魔法結界を張った。二つ目の結界はとても大きいもの。今四人がいる教会をスッポリ覆った。
ガラハドは妙な胸騒ぎがしていた。自分たちだけを取り込む大きな魔法結界。どんな意図があるのだろうか? 二、三秒間考え、ハッとした。
(あ、あの魔女ババア! 俺たちを巻き込んで心中する気か!俺たちを逃がさないために、もう一つ魔法結界を張りやがったんだ! )
ガラハドは外側の魔法結界を破り、外へ逃げるのが一番良い手段だと判断。マリアの前から退くと、地上へ向かう階段近くへ移動。そこの防御結界を破るためにメカンダーの盾を仕舞い身構えた。腰にぶら下げた巾着袋に右手を突っ込み、中のトークンを鷲掴み。トークンの色、大きさ、数などお構いなしにグッと握りしめ、肩幅よりやや広く開いた足で、重心を低く、上半身を捻った。
「迅雷風烈正拳突き!」
しかし、ガラハドが魔法結界にコークスクリューブローを叩き込むよりも一瞬早く、シンディが大技の呪文を詠唱した。
「エノラ・ゲイ!!」
シンディはヤケクソなのか、火炎奇書の禁呪を使った。手に入れたからには使ってみたいという、単純な興味もあるのだろうが、マリアが自分の跡を継がないのならば、いっそのこと全て滅んでしまえば良いとでも思ったか。
「却下!」
マリアは後悔しながら、禁呪に対する打消し呪文を使った。自分の行動が、シンディを追い詰め、禁呪を使わせることになってしまった。一瞬で勝負をつけていれば良かったのに。そして、オリヴィアに習った却下も完全に身に付いたのかどうか分からない。ここへ来るまでに相当な魔力を消費しているために、魔力が足りないかもしれず、古代魔法の術式が起動するかどうかも怪しい。
(ごめんなさい。ガラハド、クララ、サリバン先生…。)
マリアは固く目を閉じたが、何も起きない。不思議に思い目を開けると、息を切らして肩を上下に揺らして呼吸するシンディが見えた。そして、ガラハドが幾つもトークンを消費して見舞った拳が、防御結界にひびを入れ、そのひびが広がっていく様子も。
「この機会を逃がしちゃいけないわね。」
マリアは、六つの魔法陣に意識を集中。小さな円盤だったものが、直径二メートルほどの大きさまで展開。小さいときには分からなかったが、五芒星が二重になった立体魔法陣。超高等魔術のものだ。無彩色のマナをも操れるので、時間、空間にまで影響を及ぼす。
「魔の密室!」
その魔法陣がシンディの前後左右、天地を取り囲み、立方体の中に閉じ込めてしまった。サイコロ状の魔法の檻だ。
「な、なんだい、これは? 」
シンディは領域渡りを使って魔法陣のサイコロから出ようとするが、当然出られない。打撃系の呪文も、そのマナ、魔力を魔法陣に吸収される。完全に動きを封じた。それを見たガラハドも一安心。
「ロックしたな。マリアの勝ちだ。サリバン先生も草葉の陰で褒めてくれてるだろう。」
カメラオブスクラ、またはカメラオブスキュラ。
閉じた部屋、密室、暗室を意味するラテン語。
カメラ(写真機)の語源。




