第190話 崩落
火の精霊サラマンダーのジラース、地の精霊ノームのオキナが力を貸してくれたおかげで、魔素粒子加速砲同士がぶつかったエネルギーの爆発から、皆助かったようだ。特にオキナが造った土の壁は見事な働きだった。
しかし、当然マッハを庇う者はいない。相当なダメージを受けたはず。一気に畳みかけたいところだが、舐めて掛かるわけにもいかない。
「曲射弾道弾!」
壁から顔を出さずとも攻撃できる迫撃砲で様子を見る。追尾式の魔法の矢の一種なので、外れることはない。当たると同時に銃剣を構えて立ち上がり衝撃を撃てばよい、と思っていたが。トレンチモータルが命中すると、俺よりも先にクララが土の壁を乗り越えマッハに向かった。パーティでは斥候として単独先行することが多いため、思い切りが良い。
両手にダガーを持って斬り掛かる。マッハもすぐに対応。長く伸びた爪でダガーを撥ね退ける。クララが退くと、その隙にトリスタンが弓を撃ち、ブライアンが弩砲を撃つ。そしてジーンが曳光弾の呪文。ここまでやっても、まだマッハは倒れない。
「ええい、いい加減にしろォ!地中貫通爆弾!」
上級デーモンが使う黒魔術だ。十字架を含む魔法陣が跳ねるように動いたかと思うと城内の地面の石畳が爆ぜた。大きな穴が開いた。その穴がどんどん大きく広がって石畳がガラガラと崩れて落ちていく。地下は空洞なのか?
「きゃあああああ!」
「クララ! 」
その大きく開いた孔にクララが落ちて行った。足下の石畳が斜めに崩れ、滑り台を降りるように尻もちをついて足から滑り流れていく。傍からは遊んでいるようにも見えた。しかし、真っ暗で底がどれくらい深いのか分からない。クララの悲鳴はどこまでも長く響き、小さくなって消えていった。
「しまった!地下墳墓があったんだ!」
ゾンビをさんざん焼きまくった事を思い出した。あのゾンビが何処から湧いて出たのか? 火炎奇書の取引によってララーシュタインに味方する魔女シンディが死人使いであるという情報が伝わっていた。当然、留意すべきだったのだ。
「グアアアッ、ガルルルル!」
黒い鞭のような触手が俺の肩をポンポンと軽く叩くと、ロデムが一声鳴いて地面に開いた大孔へ飛び込んでいった。クララの事はまかせろと言うのだろう。
「クララを頼む、ロデム! 」
ひょいひょいと左右に飛び跳ねながら降りていく。ロデムの黒い影が見えなくなり暫くすると、地の底から爆発音が響いた。熱い風が下から吹き付ける。
バンカーバスターという呪文名からすると、地面を突き破って地下の構築物を吹っ飛ばす爆弾のことだ。クララとロデムがどうなったか非常に心配だが、こちらも大変だ。この厄介な呪文を使ったデーモンのマッハは蝙蝠の羽根を羽ばたかせ、宙に浮いていた。さて、どう戦う?
巧なバランス感覚で体勢を崩す事なく地下墳墓の底まで滑り落ちていったクララだが、後から落ちて来る瓦礫までは避けられなかった。
最下層の床に足を付け立ち上がった途端、石礫のような瓦礫が降って来る。クララを追いかけてきたロデムがクララに覆いかぶさり、伏せて庇った。頭と胴、急所は守られたが、手足は盾となったロデムからはみ出していた為、瓦礫が当たった。左脚には、大きな瓦礫が。
「いったあああい。これ、骨をやっちゃいましたか。」
裾をめくりあげてみると、皮膚の色が赤を通り越して青くなっている。風のダガーの鞘を添えて縛り、簡易的なギプスとした。風のダガーは、鞘から抜いて左手に持ったままのことが多い。他の三本は投擲してしまうが、標的の特徴に応じてどれを使うか替える。が、風のダガーは投げても、そのまま刺しにいっても使い勝手が良いので、手許に残しておく事が多い。
そして、地と水のダガーを患部に当てると、怪我の治癒回復がある程度できる。しかし、脛の外側の骨、腓骨が折れており、これは魔法でも簡単に治るものではない。医療としても脛の骨折は治療が難しい。
クララは自分とロデムが落ちて来た城の床孔を見上げた。斜面を利用して建設されたらしい地下の何層もの床が抜けて天井からは斜陽がさしている。だが埃が舞い、地上の様子は分からない。
「うーん、脚を怪我して、登るのは無理かなあ。ルンバ君ならいけるけど、ロデムは乗れないし。」
冒険者パーティ、レイドでは斥候であるため、集団の先頭を先行し、単独での情報収集や危険排除など馴れているのだが、考えてみれば単独行動となるのは久しぶりである。クララは急に不安になってきた。
「了ちゃんと会ってからは、ずっと一緒だったなあ。」
すると、ロデムは尻尾があたるくらい近くに背中を向けてお座り、首だけをくるりと回してクララの顔を覗き込んだ。喉を鳴らしている。
「背中に乗せてくれるの? ロデムはいい子ねえ~。モフモフだわ~。」
クララは黒豹のようなネコ科動物っぽい毛皮を撫でる。ロデムは馬のようにクララを乗せると両肩から伸びる鞭のような触手でクララの身体を支え、地下墳墓の中を駆け始めた。地上へ出る通路や階段を探す。カタコンベ内部を彷徨い、外に出そびれたゾンビどもが襲ってくる。
「衝撃!」
アンデッドは火に弱い。クララは火の呪文を唱えるが、何も起こらない。
「どうやらクララが使える魔法は風だけみたいだな。」
「ええ~。そんなあ。ちょっと残念。」
風の精霊ヤンマが飛び出すと風圧でゾンビを切り裂き、クララは普段やっているように火のダガーを投げつけて進んで行く。今までも『精霊のダガー』を使って戦い生き抜いている。魔法は選択肢が一つ増えた、程度に考えることにして気持ちを切り替える。まあ、何事もそう都合よくはいかない。
そして、地上を目指して一つ上の層に上がると、物音が聞こえるので向かってみると、そこではガラハドとマリアが戦っていた。無数の骸骨である。鎧、剣、盾で武装している。
ガラハドとマリアにとっては、大したことのない相手なのだが、数が多い。ガラハドの拳が骨を砕き、マリアの炎が焼き払うがなかなか前に進めない。後衛のマリアがクララに気が付き声を掛けて来た。
「あら、いらっしゃい。応援に来てくれたの?」
「がんばれ、がんばれ~。」
「そういうボケは要らないわよー。クララだけなの?」
「へへえ、孔におっこっちゃいました~。」
「ドジったのね。まあ、いいわ。こっち手伝って。」
ガラハドとマリアが骸骨を叩く間にクララとロデムで通路を調べ、また一つ上の階層へ上がった。ようやく落ち着いて話せる。
「まあ、クララ嬢ちゃんは、せっかくこっちへ合流したんだ。一緒に魔女を倒しに行こうぜ。」
「あら、ガラハド、やっぱり気が付いてたのね。」
「ああ、当然だ。おまえはサリバン先生のことが大好きだからな。魔女にこだわるだろうと思ってた。とりあえず、シンディ婆さんと話すんだろう?」
「六人の魔女の筆頭だものね。そして、この戦争でララーシュタインに加担してる。問い詰めてやるわ。」
マリアは魔女と話しに。ガラハドは魔女を倒しに。ちょっと食い違う。クララは不思議に思った。
「え、ガラハドさん、魔女を倒しに行こうって言いましたよね~?」
「おう。どうせ、そうなるんだろう。ララーシュタインに与してるんだからな。」
カタコンベの管理をする墓守がいると思われる教会の礼拝堂近くの地上への出口に行けば、そこで魔女シンディに会える、とマリアは予想していた。そして、そこまでの道程には、ミイラ男の群が巣くっている。