第189話 加護精霊
単に俺が馬の扱いに慣れてないのか、それとも馬に嘗められてるのか。他の三騎の戦車が襲歩で力強く駆けていくのに、俺とクララが乗る戦車を曳く馬二頭は駆歩で、お上品と言うか余裕をかまして駆け足してるようなものだ。遅れて離されてしまった。
そのおかげで、あまり揺れず助かったと言えなくもないが。クララは生き別れになって数年、やっと再会できた姉を亡くしてしまい、それから意気消沈していたが、やっと喋ってくれた。普段よく喋る娘だけにちょっと心配だった。一安心だ。
「ねえ、了ちゃん。一寸聴いて。」
「お、おう。なんだい?」
クララは風の精霊のヤンマも呼び出した。ヤンマにも聴いてほしいようだ。
「あたしね、魔法使えるのよ、多分ね。十年くらい使ってないけど。」
「あ、そうなの?」
俺としては、どう反応していいか良く分からない。ヤンマが突っ込んで訊く。
「やっぱり、そうかあ。俺たちみたいな精霊が契約したり加護を与えたりするのは、強い魔力の持ち主だ。精霊として力を貸す代わりに報酬として魔力を分けてもらうからな。魔力を持っていても魔法を使えない人間はたくさんいるけど。魔法を使えなければ、魔力もそんなに強くはならないはず。」
「小さいころにね。ソフィア姉さんと一緒に悪戯して大魔法を使って、母に怪我をさせてしまって。父に魔法を使わないように止められたの。でも、姉さんは、クララのせいじゃないから気にしないで使いなさいって。」
クララは、また顔を伏せてしまった。声が震えている。
「その姉さんも死んでしまって遺言になったから、魔法を使ってみようかと思うの。ヤンマ、手伝ってね。」
「合点だ。」
クララが魔法を使えるようになれば心強い。この土壇場で戦力アップすることになる。
「クララが魔法を使うことで、お姉さんの供養になるかもしれないな。」
並走していたロデムが、遅いことに痺れを切らしたらしく、唸り声を上げて馬を煽り始めた。戦車のスピードが上がる。ナイスだ、ロデム。これで皆に追いつける。
これまでトリスタンの相棒は部下であるパーシバルが務めて来た。弓の名手であるトリスタンの前衛に槍の名手パーシバル。しかし、そのパーシバルは、今はもういない。
セントアイブスの騎士団長ロジャーは、田舎町の出身の若者ではあるが、優秀さから領主ページに取り立てられた。状況を分析し、持ちうるリソースをどう使い成果を上げるかという知略に優れ、騎士団の作戦指揮官としての度量を買われた。馬の扱いも上手い。
そのトリスタンとロジャーが同じ戦車に乗っている。ロジャーが戦車を操り、トリスタンは射撃に専念。これは良いコンビになるのではなかろうか。
毒を受けよろけながらも立つフォーゼを逃がすため、矢継ぎ早に悪魔のヤギ頭に向けて撃つトリスタン。ブライアンとジーンの乗る戦車がフォーゼを拾うのを見届けると、宇宙樹へ寄ったときにもたらされた眠りの精霊を呼び出した。
「ジェームス! サンドマンのジェームスよ! 力を借りるぞ。」
「やっと出番かい? まかせろや。」
ロジャーが戦車を蛇行して走らせ、トリスタンは戦車が方向転換するたびに矢を放つ。その矢が悪魔三男爵の最後の一角マッハの身体に命中すると、マッハが引き抜こうとする前に崩れて砂のようになり落ちてゆく。しかし、その砂は細かく軽く、埃がたつように風に舞い上がる。マッハの上半身、顔に近い矢が砂に変わると、それは眠りの精霊サンドマンの魔法の砂だ。眠気を誘い、動きが鈍る。
フォーゼを安全な場所へ下ろし、ディーコンとレイチェルが魔法で解毒と回復を施す。戻って来たブライアンとジーンは、マッハへ攻撃。
「曳光弾!」
これは俺が良く使う衝撃同様、基本的な攻撃魔法。使うマナが赤か白かの違い。光の精霊マメゾウの加護を受けたジーンには白マナの魔法が使い易い。そしてトリスタンの矢からサンドマンの睡眠の魔法を受けているマッハには、簡単に曳光弾が命中する。
だが、これでは攻撃力が足りない。そして、マッハはそれを見越して避けるでもなく全て喰らっているのに平然としている。眠いだけなのか?
俺たちが遅れて戦場に到着すると、ジーンは戦車を降りて攻撃魔法を撃ち、ブライアンはマッハへ接近。トリスタンは火力のマナアローを構えようとしていた。トリスタンならば外さない。火力魔法の矢が当たれば効果はあるはず。
おもむろにマッハが蝙蝠の翼を広げ飛び上がった。しまった。悪魔が飛べることを忘れていた。トリスタンが撃った矢は命中するが、さらに上空へと逃げる。
「了ちゃん、あたしがやるわ。ヤンマ、お願いね。」
「やるって何を? 」
「まかせろ。やってやるぜー!」
「雷の力を蓄えた積乱雲の底より来たれ。風の流れを変えてみせよ。千切れ雲!」
初めて見るクララの魔法は、やはり風の魔法だが、想像以上に力強い。和紙を千切ったようなギザギザした形の雲が幾つも湧いたかと思うと、バラバラの方向へ流れ、最終的にマッハの身体を包むように集まった。旋風のように回りながら、火花が散る。電撃だ。マッハの大きな身体を地面に叩き落とした。
「ふん。目が覚めたかと思ったら、さらに強い刺激がきおったか。
それにしても、眠りの妖精、光の妖精と悪魔の天敵のような連中をよくも味方につけたものだ。だが、我には効かん。」
隙を与えたら拙い。トリスタンは弓、俺は銃剣での呪文無詠唱の衝撃を撃ちまくった。何度も撃ち込むうちに防御に回していたマッハの魔力も尽きて来たらしく、蝙蝠の羽根の皮膜を破いた。
「このままでは埒があかん。おい、おまえ!」
マッハが俺を指差した。悪魔に名指しされるような憶えはないが、なんだ?
「この中では、一番魔力を多く持つのはおまえだ。諜報部からの報告では、たしかクッキーと言ったな。そして、おそらく、おばば様の占いにあった戦車のカードはおまえだろう。」
何の話をしているのやら分からない。だが、喧嘩を売られているのは間違いないだろう。俺は戦車から降車し、マッハに近づいた。
「クッキー殿、挑発に乗るな!」
トリスタンは注意を促し、クララとロデムは俺に駆け寄って来る。
「ここでは、おまえさえ倒してしまえば、あとはどうにかなる。悪魔には人間の物理攻撃は効きにくいからな。我と勝負する気はあるか? 」
「さっさとやれ。」
マッハの目尻がつり上がった。そして五芒星の二重の魔法陣が浮かび上がる。俺も黙って魔法陣を組み立てた。
「遠い世界で静かに眠れ…。」
まさか、こいつ! 俺と同じ呪文を使うのか!
「「……。汝の使命はここで終わる。争いを止め平穏を求める声に耳を傾け、目を閉じよ。魔素粒子加速砲! 」」
レインボーカラーに輝く二条の太い光の束が真っ直ぐに飛び、正面衝突。マナとマナがぶつかり合い、爆発を起こした。光の洪水と強風が押し寄せる。拙い。仲間を巻き込んでしまう。
「大丈夫だ。おまえさんには、精霊の加護があるのを忘れたか?」
これは、ジラースの声か。火の精霊。普段、高見の見物で、頼りにしても協力してもらえないと思っていたのだが。
ジラースは炎の壁を造り、上昇気流を起こして爆発のエネルギーを上空に逃がしてくれたらしい。そして、地の精霊のオキナも土の壁で皆を護ってくれたそうだ。
助かった? しかし、仲間は? 怪我はないのか?
それから、悪魔は? マッハ男爵はどうした?
煙というか、土埃か。おさまって視界が晴れてくると、そこにはまだ、あのひょろっと背の高い悪魔が立っていた。
「まだ、やるか!? 」
俺は銃剣を構え、魔法陣を組み直した。この遠征までの間に瞑想をかなりやったおかげか、魔素粒子加速砲を撃っても、まだ魔力は十分に残っている。戦える!
トリスタンの加護精霊
眠りの妖精 サンドマン
ネーミングはメタリカのギターボーカルから。




