第187話 結集
そろそろ野球でいえば9回のクライマックスに入ります。
8回の攻防で、かなりの死傷者がでてますけどね。
バルナック城中央のララーシュタインの執務室へと逃げ帰ったウィンチェスターは、正面の城門が突破されることを報告した。上空からフェザーライトやエルフの飛行船が支援攻撃をすることで城壁のバリスタやカタパルトが潰され守備が薄くなり、シンディが操るゾンビ軍団も火に焼かれて予想した活躍はない。いや、ミッドガーランド軍が良くやったと言うべきか。
「すでに跳ね橋が降ろされ、扉を破られるのも時間の問題かと。」
こう話す間に扉は破られミッドガーランドの兵たちが城内に雪崩れ込む。反対側、地形がやや複雑になる北側からはドワーフの軍も迫っていた。
「城内にまだゴーレムが残っているはずだな? 」
「はっ! ハイルとハイルVです。現在は作業用に使用されておりますが。」
ララーシュタインの問いに通信兵の一人が即答。するとウィンチェスターに命令した。
「城内のゴーレムの運用を任せる。入り込んでくるアーナム人どもを踏みつぶせ。」
「お、お任せください。」
ウインチェスターはハイルとハイルVに棍棒を装備させ、城内中央の大きな宮殿の前で待ち構えた。当然、その周りには小銃や手榴弾を持った兵士たちが取り囲む。
タロスはバルナック城の西側へ向けて北上し、ゴーレムや銃火器を製造する工廠で暴れ回っていた。稼働するゴーレムがいないゴーレム工廠など、当然タロスに応戦はできない。後顧の憂いを断とうとタロスは工廠を破壊し尽くした。
ララーシュタインのインヴェイド・ゴーレムは胴体の部分は同じパーツでできている事が多く、陸上型の物は基本的に同じ構造である。六本腕も、通常の腕を肩から外し、算盤の駒のような円盤状のパーツを挟み、同じ腕の数を増やすだけという効率の良さだった。一番最初に試作されたハイルから、設計思想としては正しかったのだろう。そのハイルもすぐに肩関節や股関節を改良されてハイルV型に代わったのだが、最初に三体造られ、サキ、シーナ、俺が乗ったタロスに一体を撃破されて、残りの二体はすぐに作業用、翼を羽ばたいて飛ぶメッサーの離着陸補助に回されていた。
そのハイルと改良型のハイルVがバルナック城内にまだ残っていた。タロスと戦うには戦力不足であること、装輪型ティーゲルや人馬型のスプリンゲルに比べて移動力が劣るのも城内に残された理由の一つではあるが、人間や亜人の兵が相手ならば活躍の機会を得るだろう。また、ミッドガーランド軍魔法兵団が操る三体のストーンゴーレムには、当然このゴーレム、ハイルとハイルVが対処すると思われる。
続いてマッハ男爵からララーシュタインに報告があった。まだ奥の手を隠している。
「そろそろアレが目覚めます。孵化が間もなくです。」
「そうか。エルフどもが騒ぐであろうな。」
「飛行船は引き揚げていくでしょう。そうなれば上空からの攻撃は収まります。懸念としてはドレイクの数が少ないことですが。」
「それは仕方がない。我らも飛行型ゴーレムは失ってしまったからな。」
ついにバルナックの城門を破った。一斉に城内への侵入を目指す軍の移動で城門、空壕の前は大渋滞だ。俺たちも戦車で先を急ぐが、まだ時間は掛かりそうだ。
すると、ホリスターが空を眺めて言った。
「よお、クッキー、クララ。俺はここで降りるぜ。先走って突入していったフォーゼたちを頼む。」
「えっ、ホリスターさんは、どちらへ?」
「クララ。サキから聞いてねえか? 俺たちの本当の目的。」
「ダークエルフの都、ラヴェンダージェットシティの再興ですよね?」
「ああ、そうだ。その前にやることがある。ここで説明しておくよ。」
この世界の人間に人種や民族があり、亜人にも幾つか種族がある。それは神々も同様だ。そして、神々からそれぞれの人の種族の王や高僧、神職へ神託が下されるのだが、それを白い月から持って行くのは天使の役目だ。
天使には九つの階級があり、霊的な存在の天使が地上の世界に実体化するのは、一番下の階級の天使か、下から二番目の大天使。上の階級は、滅多に地上に実体化することはない。
ヴァン神族からダークエルフの王へ神託を渡す役目を担っていたのが、天使タルエル。ダークエルフの王とは、オズマとオズワルドの父親。その頃、エルフの外交官としてエルフの空中都市アッパージェットシティからダークエルフのラヴェンダージェットシティへ派遣されていたのが、サキだ。
そして、白と黒の妖精の国の土地はほとんどが森林。あまりに大きく深いことから『迷いの森』と呼ばれる。針葉樹、広葉樹、様々な植物が自生するが、世界樹という独特な木々が生える。これは大きく育つと宙に浮かび、板根は大気中の水蒸気を吸う。水蒸気と一緒にマナを吸っているというのが学者の見解だ。一番大きな世界樹は宇宙樹と呼ばれ、地上と月の世界の中間に浮かぶ。上位の精霊たちが棲み、天使と大天使が立ち寄る中継地。二番目三番目に大きな世界樹はエルフとダークエルフの空中都市となった。フェザーライトなどの飛行船は、世界樹から切り出した木材を骨組みとしている。
この宇宙樹を疎ましく思うのが、悪魔と堕天使である。赤い月から地上に行こうとすれば、宇宙樹の妖精や天使たちが立ちはだかる。
世界樹には様々な生物魔物も住むが、それらの中には天敵となるものもある。邪竜ニーズヘッグだ。世界樹の根を食べる魔物を悪魔が焚き付け、根を枯らそうとすることがあった。
犠牲となったのがダークエルフの都市、ラヴェンダージェットシティ。オズボーン王家を中心にダークエルフたちは勇敢に悪魔や魔物と戦ったが、オズマ、オズワルドの父の先代王は戦死。空中都市は瓦解。わずかに生き残ったダークエルフたちは散り散りに逃げた。ラヴェンダージェットシティで工房を開き、商売をしていた鍛冶師集団ホリスター派はオズボーン兄弟に助けられた。
このときにダークエルフと共に戦い、死んだ天使がタルエル。再び悪魔や魔物と戦うためにサキ、オズボーン兄弟、ホリスターはミスリルゴーレム『タロス』を造りあげ、天使タルエルの魂を封入した。
『タロス』に戦術、格闘術、魔法を学習させるためにサキは冒険者となりタロスで大物狙いの狩りをし、操縦者としてマチコや俺たちを集めた。オズマは生き残りのダークエルフを保護してドワーフの鉱山都市の一部の地域に移送させ、魔王であり次元渡りができるオズワルドは情報収集。ホリスターたちドワーフは武具や魔法具の開発をしながら、経済面でダークエルフたちを支えている。
「そうかあ。そこまで詳しくは聞いてなかったなあ。そんな事情があったか。じゃあ、今から、タロスで世界樹を食い荒らすニーズヘッグを退治しに行くってことか?」
「そういうこった。もうすぐ、そのニーズヘッグがまた動き出すって神託をオズワルドが受け取ったからな。俺はサキたちと合流してタロスに乗る。」
「なるほど。このバルナックへの遠征で、サキが俺たちじゃなくガラハドさんとマリアさんをタロスに乗せたのは、タロスに学習させてもっと強くするためだ。納得。」
「ああ。ここが大事なんだが、聞いてなかったろう。サキとオズマ、オズワルド、俺の四人が乗って戦うことが前提なんだよ。俺たち四人でタロスは最高の力を発揮する。だが、それでもニーズヘッグに勝てるとは言い切れない。それでお前たちの戦い方をタロスに学習させてきたんだ。
じゃあ、俺は行くぜ。レイゾーと一緒にララーシュタインを倒してくれ。俺たちの考えが正しけりゃあ、ララーシュタインとニーズヘッグには繋がりがある。」
ホリスターは戦車を降りると、トントンと跳ねながら西へ向かった。ホリスターは魔法通信を使ってメイに連絡する。
魔法通信は便利なものだが、制約も多く一部の魔法使いが、条件が揃ったときにしか使えない。精霊魔術の風、高等魔術の黄色やシアンのマナなど、音に関係する同じ魔法を双方が使えること。また積乱雲が発生しているなど悪天候では使えない。サキの使い魔のリュウなどは、その隙間を埋めるためにいる。
ホリスターは鍛冶師として火、地、風、水と窯を操り鉄や鋼の温度を調整するために要りそうな魔法は一通りマスターしている。メイはオズボーン王家の一人として魔法には明るい。フェザーライトに乗り、バルナック城の上空にいるため、通信の中継としては良い位置にいた。オズマもこの時には高空で鬼火と戦っていたが、メイからの知らせを受け、サキに合流した。タロスの本来の乗員が結集する。
タロスの本当の乗員は サキ、オズマ、オズワルド、ホリスター の四人。




