第186話 スコット
両軍とも大きな被害が出ております。
ベネディアはスコット王子の姿を写し進路を塞ごうとするアンデッドの存在が腹立たしくて仕方がない。何事もなければ今頃は、このスコット王子が王位に就き、自分たち古参の騎士たちが仕えていたのかもしれない。
ライオネルは、ベネディアに比べればまだ落ち着いて見えるが、やはり内心穏やかではない。自分たちを愚弄する、上位種らしいアンデッドを屠ってやろうと躍起になっている。
それにしても、このスコットのアンデッドは、とんでもなく敏捷な動きのうえにスタミナも桁違いだ。この二人の騎士、レイゾー、ゴードンとアランの二人の王子。五人に囲まれて立ち回って致命傷がないのである。次第に息があがってくる人間と違い、アンデッドは何事もないように動き続ける。
三年前に同じパーティのメンバーとして活動したレイゾーは、ただスコットの姿を写したものではないと気づいている。剣を振るう腕の強さ、攻守の切り替えの早さなどスコットの癖がそのままで、スコット本人としか思えないのだ。
ララーシュタインの味方をする魔女シンディが死人使いであるという情報も掴んでいるし、城壁の下ではゾンビの群がウヨウヨしている。ジャザム人の神事ハーロウィーンの影響の鬼火も見た。なにより、元の世界でのバンド仲間、一緒にこの世界へ転移してきたパーティメンバーを先程、自分自身の手で葬送した。そして、このスコットについても、自分でけじめをつけようと思っている。スコットが最高の騎士であっても、怯むわけにはいかない。この戦争を終結させるには斬らねばならない。魔剣グラムを振るい続ける。
ゴードンとアランも単にスコットの姿を写したのではなく、スコットそのひとであると気づいている。それと同時に兄弟のなかでもずば抜けた才能の持ち主であるスコットのアンデッドに畏れを感じていた。自分たちでは敵わないと。
グリフォンを駆るゴードンが上から、二本の小剣を持つアランが距離を詰め、連携して攻め込んでも軽くいなされる。
ライオネル、ベネディアは。なまじ年齢、経験で頭が固くなっているのか、スコットはただのアンデッドモンスターがスコットに化けているとの考えから抜け出せず、ミッドガーランドを侮辱するものであると憤っている。このベテラン騎士が血気盛んなのに比べ、スコットの弟二人が意気消沈してしまっているのは、レイゾーには残念でならない。
レイゾーは考え直した。スコットも自分の手で倒そうと思っていたが、スコットにしがらみを持つのは自分だけではない。兄弟であるゴードン、アランに譲るのが良いのではないかと。
しかし、今のままでは埒があかない。持てる戦力は全てつぎ込むべし。出し惜しみをしていては、ララーシュタインを斃すどころではない。
レイゾーは跳び上がってグリフォンの背に乗り、ゴードンに耳打ちした。スコットには、この三年間の情報がないはず。三年間で習得したスコットが知らない技を試すように。続いてアランにも同様の事を伝える。
ゴードンは風の精霊の加護を受けている。スコットの死後、一時期ゴードンが AGI METALのメンバーとなり、その時に獲得したものであるので、スコットは知らないはず。そしてアランもつい最近になって、ララーシュタインとの対決に備えて戦乙女の加護を受けた。これを上手く使えばスコットに勝てる。
「ミカ! 久しぶりに出番だよ。加速してくれる?」
レイゾーは時の精霊を呼び出した。昆虫のような恰好をしている不思議な生き物。トンボとクワガタを合わせたような意匠だが、大きさは五十センチ以上ある。
「先に呪文で加速してから戦い始めれば、アタシを呼ばなくてもいいでしょうに。」
「まあ、そう言うなよ。戦ってみないと相手がどれだけ強いか分からないでしょ。相手が悪い。ソーサリー呪文を使ってる余裕がないんだよ。」
「しょうがないなぁ。」
走り回り剣劇を繰り返しながらの会話である。ミカもアンデッドとなったスコットの強さを実感し、文句を言わなくなった。
時の精霊ミカの加護で、普段からレイゾーは人並外れた敏捷性を誇るわけだが、ミカが本気を出すとさらにとんでもない速度になる。単純に動きが速くなるだけなく、思考や判断が速くなり、動体視力までが上がるのだ。
レイゾーやライオネル、五人に囲まれても退くことがなかったスコットが、レイゾーの連続攻撃に押され始めた。大きな両手剣である魔剣グラムは長く重く、振り回すために大味で単調な攻撃になりがちで、防御としてはバックステップで躱す事が多い。しかし、扱いにくい分、グラムは強力。盾で受けても盾が火花を上げて傷つき、剣で斬り結ぶと相手の剣は刃こぼれを起こす。その火花がだんだんと激しくなっていく。
レイゾーが優位に立つと、ライオネルは挟み撃ちにするようにスコットの背後から斬りかかり、ベネディアは魔法攻撃。そしてゴードンとアランも切り札を切った。
「風圧刃!」
「天恵の渦!」
ゴードンは風のインスタント呪文を使った。精霊魔術では威力が小さく、長い文言を詠唱するソーサリー呪文でなければ、ほとんど効果がないのが普通だが、ゴードンはAGI METAL のパーティメンバーでいる間に風の精霊シルフィードの加護を受けた為、インスタント呪文であっても大きな効果を得られる。強い風がスコットに押し付け風が巻く部分では、風圧が強まり皮膚が触れれば切り裂かれる。
一方アランは、戦乙女の加護のおかげで疑似的な「勇者」となり、勇者だけにしか使えない『天恵』系の魔法が使える。いや、これは魔法の枠に入らない。戦乙女が直接働きかけるわけでもなくマナも消費しない。魔法とは別の術式で起きる何かである。
『エーテル』と呼ばれるエネルギーが渦を巻いてスコットに襲い掛かる。前後に挟まれて剣劇、左右から魔法攻撃を受けた。スコットの動きが止まるとベネディアがさらに火力呪文を撃ちこみ、ライオネルがスコットの背中を斬りつけた。
ライオネルの剣が届いたことを確認したレイゾーは魔剣グラムを上段に構え、一気に振り下ろす。剣の重さ自体で叩きつけられるだけでなく、レイゾーの速さが加わった斬撃。スコットの盾を弾き飛ばし、身体を鎧ごと斬り伏せた。まさに一刀両断。
スコットの遺体から血は出ない。レイゾーはスコットの遺体の前に立ち、その傷口を凝視したが、スコットの剣がない。落としたのか?
レイゾーの後ろで物音が聞こえた。振り向くとベネディアが仰向けに倒れていた。腹にはスコットの剣が刺さっている。最後に投げつけたようだ。ベネディアの魔法を止めようとしたのだろうか。
ベネディアは内臓が傷つき、ほぼ即死だったようでゴードン、アラン、ライオネルが助けようとするが回復魔法薬も効かず天に召された。ライオネルは同僚の死に黙祷。
「ベネディア卿よ。腐っていた魔法兵団を指導して立ち直らせた卿の手腕は見事だった。陛下も評価してくださる。安らかにな。」
レイゾーはスコットの遺体から、チェーンが切れたペンダントを拾い上げた。レイゾーも見覚えがある。ゴードンにペンダントを渡した。
「それは・・・、姉上が、いや、女王陛下が三年前に兄上に贈った物です。戦勝祈願のお守りです。私から女王陛下にお渡しします。」
ベネディアの遺体はアランのストレージャーへ。スコットはアンデッドとして甦ったため、遺体を本国に運ぶわけにもいかない。レイゾーはスコットの遺体を魔法で燃やし、目を閉じ合掌した。
「大きな犠牲だけど。無駄死ににさせないためにも、先へ進もうか。ララーシュタインを倒そう。」
レイゾーたち四人は城壁の上から見張りの塔へ移動し、そこから城内へ進入した。目的はララーシュタインの首。
城の正面では、城門を破ることに成功したが、破城槌の鐘楼のような櫓の下を通り城の中へ潜入したのは、まだ体の小さい斥候や歩兵ばかりだ。ホリスターの鍛冶師としての弟子の三人、スカイゼルとグランゼル、フォーゼが含まれるが、城内で苦戦してはいないだろうか? できるだけ早く、大勢の兵を城内へ攻め入れさせなければならない。
「軽装の者は、左右の攻城塔の上に登り渡って壕を越えろ! ストーンゴーレムは跳ね橋の上の破城槌の瓦礫をどけるんだ。いや、ただどけるんじゃなく、その瓦礫を敵の弩砲や小銃部隊に投げつけろ! 」
ストーンゴーレムを投石器の代用にしつつ、跳ね橋の上が片付けば、騎馬や戦車が進軍できる。俺はそう考え、ふと|戦車隊の方を見るとフレディの戦車が横倒しになっており、あとのロジャーたちの三騎とホリスターが駆けつけていた。俺もフレディの方へ走ると、クララを乗せたロデムもついて来る。
フレディを守るように三騎の戦車が取り囲むと、ホリスターが一人で横倒しの戦車を持ち上げ起こし、元に戻した。ドワーフは力が強いとは聞いているが、これほどとは思わなかった。戦車を曳く馬も驚いているのではないだろうか。そして、傍にはフレディと自動人形が倒れている。
フレディの戦車が倒れたのは、直接には投石帯からの手榴弾の爆発によるもの。だが、自動人形には幾つもの銃痕がある。フレディを守る盾になったのだろう。戦車の側面にも矢が数本刺さっている。
フレディも酷い怪我を負っており左半身は血だらけだ。止血をするが、間に合わない。
「すまないですが、あとを宜しく頼みます。」
ディーコンが涙目で「しっかりしろ! 」と声を掛けたが、すでに聴こえていないようだった。また犠牲者が出てしまった。
しかし、おろおろしている場合ではない。城門の跳ね橋の上の瓦礫が除去され、重歩兵や騎兵も城への侵入が始まっている。フレディの戦車には、俺とクララとホリスター。あとの|自動人形《オートマトン付きの三騎には、それぞれロジャーとトリスタン、ブライアンとレイチェル、ディーコンとジーンが乗り、城内へ向けて走り出した。




